第174話 クレイ、言い負かされる

クレイは、ダイナドー侯爵の屋敷に向かう前に、まず、平民街まで行き飲食店に入り食事を始めた。


やがて食事を終えたクレイは席を立ち、トイレに向かった。


個室に入り用を済ませ身支度を整えると、クレイはそこから転移で移動してしまう。(トイレの鍵はちゃんと開けておいたし、食事の代金もテーブルにそっと置いてきてあるので問題ない。)


これは以前から時々使っている手である。人目がある町中では、なかなか転移は使いづらい。人目がない場所を探して転移する事になるが、店に入ってトイレを借りてしまうのが手っ取り早かったのである。


また、今日は自分に監視がついている可能性も考慮していた。宰相は、王宮の諜報機関は優秀だと言っていた。そしておそらく、宰相も王もクレイの能力を知りたがっているはずである。まぁ国を預かる者として知っておきたいのも分からなくはないが、だからと言ってクレイも簡単に明かす気はない。


いくら優秀な諜報部員であっても、トイレの中までは覗かない可能性が高いとクレイは予想したのだ。


もちろん、転移先はダイナドー侯爵の屋敷の中、侯爵の執務室の裏にあるウォークインクローゼットである。(もちろん転移先マップでスキャンして、ここには誰も居ないのを確認している。)


ドアを開け、部屋を覗いてみると、執務室の中にはダイナドー侯爵が一人だけであった。虫眼鏡を使って書類を読んでいる。(侯爵も高齢なので老眼なのだろう。)


ドアが開いた音に気付いて顔を向けたダイナドー侯爵と目があう。


クレイ 「こんにちわ」


ニヤッと笑って見せるクレイ。


ダイナドー 「…っ! …お前か。侯爵家に忍び込むなど、けしからん奴だな」


そう言いながらダイナドーの手が机の下に入っていくのを見て、クレイが言う。


クレイ 「ああ、護衛の騎士は呼ばないほうがいいですよ。毎度彼らを痛めつけるのも気が引けるので…」


確か前回も、呼んでも居ないのに騎士が雪崩込んできた。おそらく机の下にでも騎士を呼ぶ装置があるのだろう。


ダイナドーはやれやれと言う顔で手を机の上に戻して言った。


ダイナドー 「…何しに来た」


クレイ 「いや、今日、王宮に呼ばれて、ミト王陛下と宰相様に会ってきましてね」


ダイナドー 「……」


クレイ 「そこで面白い話を教えてもらいまして……なんでも、侯爵閣下が王に、私に謀反の恐れがあると訴えたとか?」


ダイナドー 「それは……事実だな。儂も王都を守る防衛大臣なのでな、危険性があるなら報告だけはしておく必要があったのだ。


実際お前は『王都に高ランクの魔物を送り込んで壊滅させる』などと言っておっただろうが? それを報告したまでの事」


クレイ 「いやいやいや。なんか、話のニュアンスを曲げて伝える感じのやつ…? そういう事もできると言った気はしますけど、『実行するつもりがある』なんて言った覚えはないですが?」


ダイナドー 「そういう事を可能な人間が居る。それだけで脅威だ。王もそれを認識しておく必要があるだろう」


クレイ 「……私には、今後、手を出すな、関わるなと警告したはずですが?」


ダイナドー 「……約束は違えておらんぞ? 儂から直接手を下す事はしていない。儂はもう手を出さんよ。


だが、報告を受けた王がどう判断するかは王次第。まぁ、可能なら討伐してしまうという選択肢オプションは提示したがな」


クレイ 「屁理屈を…」


ダイナドー 「大体、お前は手を出すなとは言ったが、喋ってはならんとは言っていなかっただろうが。


ああ、お前が転移が使えるという事については口止めされていたから、その事は喋っておらんぞ。儂は約束はちゃんと守るんだよ」


クレイ 「…確かに、王も宰相もその事は知らなかったような……」


ダイナドー 「お前だって、儂がお前の事を王族や貴族に吹聴する事で、牽制になる事を期待していた部分があったんだろう?」


クレイ 「それは…そうですけどね」


ダイナドー 「期待通り、お前の危険性を吹聴してやっているつもりだが? だいたい、儂が『アイツは危険だから手を出さないほうがいい』などと言った所で、王族や貴族が素直に聞くと思うか?


お前の危険性を聞かされた後、どう判断し行動するかは儂の知るところではないさ」


クレイ 「なんか屁理屈で上手く誤魔化されている気がするのに、なんか言い返せない…」


ダイナドー 「儂は約束は違えていない。今後もお前に手を出す気はない。お前も約束を守れよ。もう儂もお前とは関わりたくはないさ」


クレイ(低い声で) 「……本当に、手を出していないなら、な…。


実は最近、何度も襲撃を受けているんだが?」


ダイナドー (ギクリ)


クレイ 「手口からして、プロの暗殺者のようだ。まさか、侯爵が命じてやらせているなんて事はないだろうな?」


ダイナドー 「…し、知らんよ。誰か他の貴族が仕掛けてきているのじゃないのか?」


クレイ 「王が、ダンジョン踏破の褒美をくれるというので、王家の諜報部を使って暗殺組織とその依頼者について調べてくれるように頼んだ」


ダイナドー 「……」


クレイ 「黒幕が判明したら、厳しい報復を考えている。命を狙われたのだから、命を取られる覚悟は当然あるだろうが、簡単には殺さない。それなりに苦しみながら死んでもらうつもりだ。


その対象がダイナドー侯爵、アンタでないといいな」


そう言い捨てクレイは転移で消えていった。


青い顔になっているダイナドー侯爵。


どうなっているのか、暗殺部隊【闇烏】にすぐにでも問い質したいダイナドーであったが、相手は神出鬼没の転移使いである。帰ったフリをしてどこかに潜んでいる可能性もあると考えると、性急な行動も躊躇われる。


それに、もし王家の “影” が動いているという事ならそれも危険である。


ブレラに暗殺中止を指示しようかとも考えたダイナドー。だが…平民の冒険者に脅されて言うことを聞いたというのも、それはそれとして、高位貴族としてのプライドが許さない。


まだ王家の諜報部と言えども動き始めたばかりなら証拠は掴んでいないはずだ。


闇烏が今まで暗殺に失敗した事はない。今回もきっと…とは思うが、いつもならすぐに結果が出るのに、未だにクレイは生きている。先程のクレイの言からすると、ブレア達は失敗を繰り返しているという事になる。


ダイナドーは執事のウスターを呼んだ。


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