第152話 クレイ、家具職人と知り合う

クレイが転移魔法を使う手強い相手であるとしても、侯爵から暗殺指令を受けた以上、侯爵家の暗殺部隊【闇烏】が『できません』とは決して言えない。


さて、どうするかと次の手をブレラが思案していると、マリーが焦ったように言った。


マリー 「…つっ、次はうまくやります! 転移魔法だろうと、眠らせてしまえば…」


ブレラ 「マリー……お前だって分かっているはずだが? 一度失敗した手は二度は使わない。これは暗殺者の鉄則だ」


マリー 「…っ、そのルール、誰が決めたんですか?」


ブレラ 「先人の知恵だと聞いている。実際、それを守らず死んでいった者も居るんだ。自分一人で自滅してくれる分にはいいが、組織に累が及ぶリスクもあるのを忘れるな。


…守れないと言うなら、やらかす・・・・前に処分する必要があるが?」


マリー 「まっ、守ります、鉄則ですからね」


ブレラ 「眠らせられれば楽だったが、失敗してしまった以上同じ手は使えん。だが、魔法を使う暇もないほど一瞬で意識を断てば同じ事だ。多少の強硬手段はやむを得んな。


アンリを呼べ!」


ブレラはもっと直接的で簡単な方法を取る事にした。それは【狙撃】である。


マリーに代わって呼ばれたアンリは、高度な弓のスキルを持っている。遠く離れた場所からでも正確にターゲットを射抜く事ができるスキルである。


アンリは、その弓の腕で名を馳せた時代もあったが、歳を取り引退すると、やがてその名も忘れられていったのであった。


引退後のアンリは、弟子を育成しようと弓術の道場を開いたのだが、アンリの弓の腕は【スキル】によって補完されていたため、スキルのない者を育てる事はできなかったのであった。


成果を出せず、徐々に生徒は減っていき、アンリは金に困る事になった。そこを闇烏にスカウトされたのである。


老いたとは言え、アンリの弓の腕は衰えてはいない。アンリはスキルを発動すれば目隠ししていても的を外さない。つまり、何も見えないような闇の中でも正確にターゲットを射抜く事が可能なのである。


そのスキルを生かして夜歩きしているターゲットを狙うのが常套手段である。


だが、闇烏からの情報によると、ターゲットは夜遊びしないらしい。仕方がないので昼間狙う事にした。それでも問題はない。アンリの腕なら雑踏の中を歩くターゲットを遠方から射抜く事が可能である。白昼堂々の暗殺でもアンリは自信を持っていた。


アンリはターゲットを観察しながらチャンスを待った。




  * * * *




クレイは、今日は家具職人の工房を訪ねて、製品を見せてもらっていた。前世から、クレイはいわゆるカントリー調の家具や家のデザインが好きだったのだが、それに近いデザインの家具をみつけ、その職人の工房を訪ねて、色々な製品を見せて貰う事にしたのだ。


職人の名はブラーと言った。親方ブラー一人に弟子が一人の二人しか居ない小さな家具工房であった。


そこでいくつか制作中の家具を見せて貰ったところ、前世の記憶が色々と蘇ってきた。ぼんやりとしたイメージでしかなかったカントリー調家具の、細かい部分ディテールをかなり思い出したのだ。


時間もあるし、自分でデザインした食器棚でも作ってみるかと思うクレイであった。


それから、テーブルの足についても思い出した。通常、テーブルや椅子の足など、ただの角柱でしかない事が多い。貴族などの使う高級な家具でも、角材の表面に彫り物をしたようなものは多いが、角材自体の形状を加工するのはあまり主流ではなかったのだ。


だが、この職人は、足にも凹凸を着けたりしてデザイン性の高い足を作っていた。なんでも、短い木材をつなぎ合わせて長さを調整しようとして、太さの違う木を組み合わせたところ、そのデザインが面白いと思って始めたのだそうだ。


それを見て、クレイは前世にあったターニングレッグを思い出した。これは材料を回転させる工具台、いわゆる旋盤があれば簡単に作れるが、実はターニングレッグの歴史は古く、電動工具などない時代から存在している。その頃は、人力(手回し、足踏み等)や、弾力性のある木材のしなりを使う方法などもあったそうだ。


それを職人に話したところ、非常に強く興味を持ったようで、根掘り葉掘りその方法を訊かれた。


クレイが人力で使える旋盤を作るのも面白いかなと話したら、その職人も乗ってきて、ぜひその工具を作ろうという話になったのだ。


どうせ作るなら、単に材料を回転させるだけでなく、電動の旋盤に近いような強力なものを作りたい。そのアイデアを職人に話すクレイ。


構造はそれほど複雑にはならない、クレイの知識だけで十分に作れるだろう。


クレイは、馬車の車輪について質問した。この世界にも馬車や荷車はあり、当然、車輪がついているが、その軸受部分がどうなっているのか知らなかったからである。聞けば、ベアリング等はこの世界にはなく、すべてただ輪の中に棒を通してあるだけだという。地球で言うところの「滑り軸受」という構造である。


クレイ 「それでは摩擦が大きすぎて大変なんじゃないか?」


職人は家にあった荷車を持ってきて説明してくれた。実物の車輪は、地球のベアリングに比べれば劣るものの、それほど抵抗はなく滑らかに回る。


聞けば、摩擦を低減させる魔法があるのだとか。そう、魔法のある世界では、何か道具を工夫する前に、まずは魔法で解決できないか考えるのである。そのため、工業技術は進歩しにくいのだ。


ブラー 「この荷車は安物だから、あまり上質な魔法は使われてないがな」


クレイ 「じゃぁどうやって…?」


ブラー 「油分を多く含んだ木があるんだ。それをリング上に加工し、さらにたっぷりと油に浸け込んだモノが軸受と軸の間に嵌めてあるのさ」


クレイ 「なるほど……」


クレイはちょっと考えてみた。魔導銃の原理を使って、亜空間内に軸棒を入れ、そこに物体を移動させる魔法陣を回転方向のみに並べてやれば、回転する動力を作れるかも知れない…。


だが、そのアイデアは面白いが、それはひとまず置いておく事にしたクレイ。それよりも、この世界に未だないという、ベアリング構造を導入してみたいと思ったのだ。


それをブラーに説明すると、すぐに試してみようということになった。ブラーは荷車の車輪を分解してしまう。木工職人なので、木製の車輪を加工するのもお手の物なのだ。



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