その日、私は龍に喰われた。
蒼井泉
プロローグ
藍色の空に張り付く星々。その全てを埋め尽くすように、紅蓮と焦茶の煙炎が烟る。
戦闘で崩れ去った城に天井はなく、さりとて月の光は煙に隠れて届かない。
幾度となく勇者たちを屠ってきた、人とも獣ともわからぬ巨悪の体現——魔王、その居城。
私は奴の前にたった一人で立ちはだかった。
物々しい赤褐色の亡骸も、鼻をつく焦げ臭さも、全て奴が殺したモノ達。私が魔王に挑む前、反乱軍による最後の抵抗が失敗に終わったようだった。
それでも、私は彼らより強い。
ただ一人だろうと魔王に挑む資格がある。
その時、人ならぬ声帯から、魔王は私に旅の目的を問うてきた。
「貴様を斃す為だ。その支配を終わらせるなら、本人の首を取る方が早かろう」
全身の産毛が異様なほどに逆立っている。この巨悪を屠れる機会は今しかない——その重圧が、私の魔法を激しく昂らせる。
少女の身でありながらさぞ長い旅であったろう。
魔王は言った。
三日だ。
私は答えた。
どこが手かも解らぬが、それらしきものを奴は私に向けた。瞬間、激しい重圧が私を襲う。
全身から汗が吹き出る。だが、宿敵と相対した私の心持ちは、恐怖でなく憤激に燃えていた。
喉が張り裂けるほど強く叫び、全ての魔力を拳に集める。世界が膨大な魔力に震え、制御を外れた電流が城の床を勢いよく伝っていく。
九つの幹部さえも、その手で仕留めたのか。
魔王は驚嘆と共に問うた。
「九人まとめて六十秒だ。虚を衝き封じるくらい造作もない」
魔王の笑い声とも取れる咆哮が響く。初めから部下には期待していない様子だった。
奴が指を鳴らす。地響きが起こり城が砕け、私の足場は僅か数枚の瓦礫のみとなった。
瞬間、魔力が爆発する。私の全身は魔王を殺す為に駆動し始めた。
双方、激しく血を流しながら争った。私の一撃が命中するたびに魔王の技が肌を掠め、その繰り返しが只管に続いた。生物の限界を突破した熾烈な争いだったと憶えている。
戦いは数時間に及び続いた。何度も雲を消し飛ばし、空を叩き割った。もはや辺りに転がる死体も、決着の直前には全て消滅しきっていた。
……激戦の末、先に存在を保てなくなったのは私だった。あと一撃疾く打ち込めれば、夜明けの空を陽光を浴びれたのは私だったかもしれぬ。それにしても、魔力で削られた体を保つ方法はなかったが。
とにかく、私は魔王の手で消滅した。強大な魔力同士のぶつかり合いの末、ついに形を保てず消えた。
——そのはずだった。
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