第27話‐小鳩たちの巣立ち③・後編
※今回は一話で掲載すると少し長すぎるので、前後編にします。
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「……」
その二人の盛り上がりを、【GLORIOUS MEMORY】の路地裏で見つめる人物が一人。彼らの陽気な表情とは裏腹に、彼女——キキの表情は陰鬱そうだった。
ペタリ、と。立てていた聞き耳を下げた彼女は「はぁ~……」と、暗い溜息を一つ吐きながらその場にしゃがみ込んだ。
「——お前、ここで何してる?」
「ひぇあ!?」
と、そんな時である。
いつの間にか隣で自分と同じ態勢でしゃがみ込んでいたミーシャが、エールジョッキを片手に、抑揚のない声で話し掛けて来る。
あまりにも突然だった為、キキは素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「な、何よ……いきなりっ? ビックリさせないでくれる……?」
「金髪がアンニュイな顔して浸ってるのが悪い……ひぃっく……」
「……誰よ金髪って……? もしかして私の事? ……って、それより……もしかして酔ってる?」
「酔ってない。まだ二十二杯目。こんなんじゃ酔えない」
「……何でそれで酔い潰れてないのよ」
明らかに焦点の合っていない目でそう宣ったミーシャに、キキは呆れて半眼を向ける。しかし、気にせずグビグビとエールジョッキを飲み干した彼女は、何故かそのまま動かなかった。
「……」
「……」
気まずい沈黙である。
何の用なのか、なぜ隣に座ったのか、意図の掴めないミーシャの行動に、キキが若干の居心地の悪さを感じた。きっと今、鏡でも見ようものなら酷い顔をしているだろう。
「……金髪も気付いてたと思うけど、冒険者はもう稼げない仕事」
そして、ポツリと。
どこか寂し気な表情で語り始めたミーシャは、先ほど見たジャンと同じように、遠い過去でも懐かしむように夜空を見上げた。
「……何よいきなり? もしかして諭してるつもり?」
「うん。そう」
「……」
即答したミーシャの回答にキキは言い詰まった。
「金髪も知ってると思うけど、ミーシャたちみたいに銃を使う若い冒険者は『終わりの世代』って呼ばれてる。その由来は、ミーシャたちみたいな若い世代の冒険者が、世間からは最後の世代の冒険者になると思われてるから」
「……そのくらい知ってるわよ」
「それは知ってるだけ。
ミーシャの意味深な言葉にハッとなり、自然とキキはミーシャの方を見た。
すると、酒で焦点が合わない筈の瞳を真っ直ぐとこちらに向けている彼女と目が合う。元々、表情の薄い人柄ゆえか、特に変わらない顔からその心情を伺い知れることは出来ない。
しかし、淀みなく自分を見るその瞳を見て、真剣に話しているのだと理解した。
「……冒険者の需要が、表社会から裏社会に移ったのはもうずいぶん前の話。今はまだ、少ない需要を同業者同士で取り合う位の依頼は表社会にはあるけど……その内、取り合う仕事すら表社会から無くなると思う」
そうなったら終わり、と。ミーシャは言葉を続けた。
「冒険者の仕事は完全に裏の仕事に移る。今のミーシャたちみたいに、表社会で居場所を失って、裏の世界で生きて行くしかなくなる」
「……」
「……ミーシャは色々な子を見て来た。新しく冒険者になった若い子たちが、後戻りできなくなって、人生を棒に振る姿を。今の時代は、冒険者じゃなくても、どこかで雇ってもらうのも難しい。冒険者なんてやってたら、もっと難しい」
「……、……さっきから、何が言いたいのよ」
拗ねたようにキキは聞いた。勿論、ミーシャの顔を見ずにそっぽを向いてである。その問いに少しだけ気遣ったような間が空いたかと思うと、ミーシャは優し気な声のトーンで口を開いた。
「……
そして、そう言った。どこか申し訳なさそうに、しかし力強く。
彼女が何を言わんとしているのか、その一言でキキは理解する。つまるところ彼女は、こう言いたいのだろう。
——自分達のようになるな、と。
キキよりも長く冒険者をやっている先人として、キキよりも長くこのリベルタスに住んでいる大人として、キキの将来の道行きを心配してくれているのだ。
「……」
「簡単に決められる話ではないと思う。冒険者になるような奴は、みんな陽気にしろ陰気にしろ、それなりの何かを抱えてなった奴が大半だと思うから。だから……」
別に今すぐ決めなくてもいい、と。
最後にそう言い残したミーシャは、黙りこくったキキに一度だけ視線を遣った後、何も言わずにその場を去って行った。
「……、……はぁ~、来るべき時が来たって感じ、かしらね……」
気付いていなかったわけでは無い。
自分が『終わりの世代』という冒険者世代であると自覚したのは既に三年も前になる。いつの日か、冒険者という存在の終わりを看取る冒険者であろう事は、頭の隅っこで理解していた。
しかし、考えないようにしていた。
自覚してしまったら、考えなければならない。ミーシャが言ったことを、である。
冒険者という仕事を続けるのは、既に難しいという現実。
それでも続けようとするなら、仕事は裏社会にしか転がっていないという事実。
それを理解した上で、自分は冒険者を続けるか否か、という事をである。
「……」
——と、暗澹とした感情が頭の中をグルグルと回っていた時だった。
「——何してるんですか? キキさん」
「ひゃぁ!?」
当然、真横から掛けられた声に驚き、キキは再び素っ頓狂な声を上げてしまう。
左耳を押さえながら反射的に振り向くと、そこには半眼を作ったルースが自分を見ていた。「な、何でアンタ達はいきなり話し掛けて来るのよ!」と、キキは後輩の顔を見た瞬間、苛立ちで少しだけ顔を赤くしながら抗議の声を上げる。
「……いや、別に。何か聞き覚えのある声聞こえたんで気になっただけですよ」
「も、もしかして……話聞いてた?」
「まぁ、ちょっとは聞こえましたけど……ってか、盗み聞きしてたのはお互い様でしょう?」
「うっ……べ、別にいいじゃないのよ。何かシリアスな空気出して外行くから気になっちゃっただけよっ、もうっ……悪かったわよ。その……盗み聞きしちゃって……」
どうやらお互いに盗み聞きしていたのがバレていたらしい。
少しだけ決まづい沈黙の後、キキが少しだけ恥ずかしそうに「……ねぇ」と口を開く。モジモジと何かを言いたげな様子の彼女は、唇を尖らせながらルースに聞いた。
「……この後ちょっと時間ある?」
意図の掴めない先輩冒険者の質問に、ルースは一瞬だけ目をパチクリとする。
どこか間抜けな沈黙の後に、彼の口から出た言葉はたった一言だった。
「え?」
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