第17話‐DANGEROUS SPEEED④・前編

※今回は一話で掲載すると少し長すぎるので、前中後編にします。

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 「いでぇ……! あだっ! ぐふぁ……ッ!」

 「——よっ、と」

 「ぐえぇ……ッッ!?」


 空を飛ぶこと約三秒。


 瞬きの空中旅行を終えたルースは、すぐに地面への直帰を果たす。モロに顔面から落ちた彼は、そのまま地面の上を転がり仰向けになった。そんな彼の腹の上へと着地を遂げたキキは、虫でも取り払うように、慌てて腰のフックを取り払う。


 「……キキさん、この扱いはないっスよぉ~……」

 「あー……ごめんごめん、アハハ……」


 少しバツが悪そうに足を退けるキキ。


 少し恨めしそうに睨んで来る後輩から視線を逸らし、「でも、しょうがないでしょ?」と、少し開き直ったように唇を尖らせると。


 「……私一人でアレ二人・・・・とか、流石に無理よ。アンタも手伝ってよね?」

 「……、……まぁ、一理はあるっスね。あとで何か奢ってくれたら許します」

 「……OK、考えとく」


 眉根を少し寄せ、睨みつけるように後方へ視線を遣ったキキ。ギュルンっ、ギュルンっ! と何かを巻き取るような音と共に、フック付きワイヤーがどこかへ引っ張られて行く。


 そのワイヤーの先にいたのは、殺気立った二つの影である。


 「来るわよっ!」

 「分かってます!」


 キキの忠告後、数秒の間すら置かず。


 二つの影の内の一つが、その凄まじい身体能力に任せてジャンプする。


 太陽を背に巨大な影を地面へと落とした襲撃者は、二人の喉元を掻き切らんと凶悪な爪を振り上げた。


 「やってくれたなッ! ガキ共ッ! ただで死ねると思うなよッ!?」


 襲撃者——ジャンの大声が木霊する。爪の振り下ろしが当たる刹那、咄嗟の判断で二人は左右に転がり、寸でのところでそれを回避した。


 空ぶった爪が砂利の地面を抉り砂埃が上がる。それを煩わしいとばかりにジャンが腕で振り払うと、阿保のような大口径ソードオフ・ライフルを片手に、獰猛な牙を剥き出しにしたジャンの姿が露わになった。


 キキはリボルビングライフルを、ルースはリボルバーを反射的に構え、引金に指を掛ける。だが、しかし。それぞれの銃口から弾丸が発射されるよりも早く、数発の銃撃音が二人を牽制した。


 「本当によくやってくれたっ。温厚な私でもカチンと来るレベルっ!」


 カーチェイスの際の平坦な声音とは違い、もう一人の襲撃者——ミーシャの声には、明確な怒りの感情が滲んでいた。


 彼女の言葉通り、余程にカチンと来ているのだろう。


 機械的なデザインの二丁の回転式蒸気銃——小型の蒸気機関で動くワイヤーの巻き取り機を搭載した銃——を構え、鬼の形相で睨んで来る。


 「あら、随分嫌われちゃったみたいね? でも、犯罪者に手を貸すような奴らにへりくだってあげる程、私達は殊勝な心なんてもの持ってないわよ?」

 「警察の犬に成り下がった裏切り者に、そんなの期待しないっ」


 挑発的に口元を吊り上げたキキ。そんな彼女の物言いがますます気に入らなかったのか、目を見張る程のスピードでキキの目の前まで迫ったミーシャが、至近距離からの銃撃を放つ。


 躊躇なく頭を狙ってきたその銃口の軌道を読み、反射的にキキは上体を反らした。


 しかし、その回避を予想していたのだろう——。重心が後ろに寄ったところを狙われたキキは、ミーシャの足払いによって一瞬の浮遊感に襲われる。


 「やば……っ!?」


 敵ながら天晴な技の繋ぎに対して、驚嘆の表情を露わにする。


 重力によって背中から地面に叩きつけられようとした、その瞬間——「ふん……!」と、キキは短い呼気を一つ。咄嗟に左手を地面に着き、それを支えにして右足による渾身の蹴りをミーシャへと見舞う。


 流石にこの反撃は予想外だったのか、回避の間に合わなかったミーシャは、両腕を交差してこれをガード。その上から更に、キキは空中で身体を回しながら今度は、左足による渾身の蹴りをもう一発お見舞いした。


 体格差の影響だろう。ミシ——ッ、という抉り込むような音と共に、小人種コロロプスである彼女の軽い身体が宙へ浮く。


 「……うぐっ……!」と、苦しそうに呻いたミーシャ。肉弾戦は不利と感じたのか、逃げるようにバックステップで距離を取った。


 「……軽いわね! 格闘じゃ私の方が有利かしら!?」

 「黙れ、クソガキ……! その生意気な口ごと頭を吹き飛ばしてやる……!」

 「やってみればっ? ……やれるならね!」 


 戦いの高揚感でハイになっているのか、キキの表情が好戦的に歪む。


 読み合いに次ぐ読み合い、一手・二手・三手先を読み、常に相手に対して優位な戦況に立とうとする二人は、すぐに態勢を整え、相手に銃口を突き付ける。


 ミーシャは得意の早撃ちを主体に、キキはリボルビングライフルをまるで槍のように振り回しながら、時おり銃撃を混ぜ、格闘を主体に戦闘を繰り広げて行く——。


 その実力は五分と五分といったところだろう——お互い、相手を貶すように悪態を吐き、自分の方が上だと威嚇し合うも、相手に必殺の一撃を突き付けるタイミングは悉く同時である。


 白熱するキャットファイト、負けられない女の戦いがここにはある。双方の銃口から放たれた弾丸が、勝負開始のゴングを鳴らした——。


 「——さてッ、貴様の相手はおれ様だ小僧ッ! ビーフジャーキーは貴様の頭で良いんだなッ? グルルルルルル……!」

 「……」


 そして、彼女たちに負けられないキャットファイトがあるのであるように、彼らにもまた、どうしても負けたくないドッグファイトが存在するのである。


 キキとミーシャが銃撃戦を繰り広げる最初の小路から、数メートルほど離れた場所——道幅が一台分しかない小路で、先ほどのルースの挑発を引き合いに出し、獣のように牙を見せて唸るジャン。


 凶悪なその見た目も相まって、物語に出て来る怪物のように恐ろしい。


 「(……よりにもよって俺の相手コイツかよ……クソ……ッ!)」


 正しくる気まんまんといった表情で自分を睨む彼を見て、小声で愚痴るルース。『挑発なんてするんじゃなかった!』と今さらながらに後悔する。


 ——『淆原種ベオルヘジン』。それは亜人種の中においても、高い戦闘技術を持つ人種である。


 動物と人間種のハイブリットである古代の獣人——キメラと呼ばれる合成獣の特徴を色濃く残す彼らの種族は、優れた五感に加え、恐るべき身体能力と生半可な口径の銃ならば弾き返してしまう固い筋肉の鎧を持っている。


 おそらく、ルースの愛銃では歯が立たないだろう。フィールドも悪い。この狭い直線の小路では否応なしに肉弾戦になる。やるなら剣、接近戦である。


 先ほどの跳躍力と爪の振り下ろしを見ても分かる通り、一撃一撃が必殺の威力を秘めていることは明らかだ。加えて、警戒すべきはあの水平二連式の大口径ソードオフ・ライフルである。


 見たところ単発式。一発撃つごとにリロードが必要な取り回しの悪い銃だ。しかし、そのぶん威力は折り紙付きである事に間違いはない。あんなもので撃たれれば、掠っただけでも四肢が吹き飛ぶ。


 ——仕方ない、覚悟を決めろ……!


 内心でそう呟き、ルースは剣帯からサーベルを引き抜き「ふぅぅぅ……」と息を吐く。柄を握る手に力を込め、腰を深く落とし、こちらを睨むジャンの視線を真っ直ぐと睨み返す。


 一拍の時間を置いて——。


 「行くぞッ、小僧ぉぉぉッッ!!」


 獣染みた咆哮を上げたジャンの叫びに弾かれて、ルースは全力で突貫した。


 淆原種べオルへジン相手に小細工無しの正面戦闘を挑んで来たルースの選択に対し、ジャンがまず取った行動は、大口径ライフルによる銃撃だった。


 空気をビリビリと震わせるような凄まじい銃撃音が鳴り響き、二発の弾丸がルースに襲い掛かる。ギャリィィィン……ッ! と、金属と金属が擦れる金切り音が鳴った。


 一瞬で眼前まで迫ったアホのようにデカいライフル弾を、ルースが剣の腹を滑らせるようにして逸らしたのである。


 「ほうッ、存外やるものだッ!」

 「どーもっ!」


 ジャンの軽口を一言で流し、ルースは怯まず前進する。


 三メートルほどあった距離を瞬く間に詰めた彼は、飛び掛かるようにしてサーベルを振り下ろす。分かりやすいその上段からの斬撃を、ジャンはソードオフ・ライフルの銃身で受け止めようとする——、しかし。


 次の瞬間、刃とバレルの間で火花が散るようなことは無かった。


 フェイントである。


 刃と銃身がぶつかる瞬間、ルースは伸ばした手を胸元に引き、そのまま上段切りから喉元への突きへと移行したのだ。


 ——取った……っ!


 完璧なタイミング。ルースの内心に浮かんだ勝利の確信。


 「——んな!? マジか……!」


 しかし、その見事なフェイントを嘲笑うかのように、サーベルの刃を噛んで白刃取った・・・・・・・・ジャンは、そのまま頭をグルグルと振り回してサーベルごとルースを投げ飛ばす。


 「ぬるいぞッ! その程度かッ?」

 「……!?」


 ——ヤバいっ! ルースの脳が警鐘を鳴らす。


 ジャンは慣れた手つきでリロードを終えると、空中で身動きの取れないルースへ向けて銃口を向ける。間髪を置かず、再び大音量の銃撃音が鳴り響いた。


 「ぐぅ、おぉぉぉ……っ!!」


 お返しとばかりに喉元に飛んで来た弾丸をサーベルの腹で受け止める。


 あまりの衝撃にルースは、表情を焦りの色に染め上げながらも、何とか渾身の力を振り絞った。身体をこれでもかと捻り、力任せに銃弾を逸らす。


 逸れた銃弾が工場の壁を破壊した音を後ろに聞きながら、半ば打ちつけられるようにして着地したルースは地面に仰向けで転がった。「はぁ……はぁ……!」と肩を息をした彼は、ギリギリだったと冷や汗を流す。


 ふと、ライフル弾の被弾先へと視線を遣る。


 そこには大破した壁に人一人が通れそうな大きな穴が開いていた。


 「殺し合いの最中に余所見かッ! 余裕だなッ!」

 「っ!?」


 もし、今のが当たっていたら——と、額の冷や汗を拭う間もなく、太陽を背にした巨大な影が、凶悪な爪を振り被りながらルースが寝転がる地面へと落ちて来る。


 弾かれるようにしてその場を転がり、それを回避して飛び起きたルースだった——が、逃がさないとばかりに追って来たジャンが、再び爪を振り下ろして来た。


 ——これは躱せない……!


 咄嗟にサーベルでその攻撃を受け止めるも、まるで空から小型の蒸気外輪船パドル・スチーマーでも降って来たのかという程の、重い、重い、重い一撃。


 一瞬にして膝を着かされたルースは、全身の筋肉をフル動員して攻撃を耐える。


 「フハハハハハッ! これも受けるかッ、小僧ッ! まさか、ここまで耐えるとは思わなかったぞッ!」

 「……っぐぅぅぅぅ、っ……っ!」


 ギリリィ、ギリリィ……ッ! と。


 ルースのサーベルが、火花を散らせながら嫌な音を立てて軋んだ。


 やはり体格差、というよりも種族差と言うべきか——。純粋な身体能力の差を技だけで埋めることは困難である。力任せにジリジリと圧しこまれ始めたジャンの爪が、ゆっくりとルースの額を捉え始めた。


 「舐めん、なよぉぉぉ……っ!?」


 だが、ルースも冒険者の端くれ。


 このままやられはすまいと、気合で押し返したジャンの爪をムリヤリ横に往なし、下から抉り込むように——。右斜め上にジャンの首元目掛けて斬り付ける。


 「あぁ、舐めてはいないともッ?」

 「……クッソぉ……!?」


 しかしジャンは、涼しい顔をしてそれを躱す。ルースはヤケクソ気味に返す刃で斜めに刃を振り下ろすも、それさえ難なく躱されてしまう——それどころか、右から飛んで来た蹴りが、カウンター気味にルースの脇腹へと突き刺さった。


 「が、ぁ……!」と、呻き声を上げたルース。


 ジャンが硬いブーツを履いている為か、よりいっそう重く感じるその攻撃によって、ルースは本日何度目になるかも分からない空中散歩を体験し、小路の奥へと蹴り飛ばされる。


 ズザザザ……ッ、と。砂利の地面を転がったルースは、肺から空気を押し出されながら何とか立ち上がった。よろよろと押せば倒れそうな彼を嘲笑うように、一度攻撃の手を止めたジャンは、欠伸をしながら近付いて来る。


 「……まったく、しぶとい小僧だッ。その負けん気だけは認めてやろうッ」

 「は、ははは、は……俺も、認めてもいいっスよ……。アンタは、本当に強い・・・・・


 「だけど」と一度言葉を区切ったルースは、嫌悪に満ちた眼差しでジャンを見た。


 「……だからこそ、もったいないっスよ。それだけの腕を持ちながら、何で『シャーウッドの会』みたいな犯罪者の用心棒なんてやってんですか……?」

 「……、……はっ! 聞きたいか?」

 「……っ!!?」


 ルースの疑問を一笑したジャン。次の瞬間、凄まじい力で地面を蹴り上げた彼は、瞬きの間に彼我の距離を埋め爪を振り上げた。


 咄嗟の不意打ちに驚くも、ルースは後ろへバク転しながら回避する。


 「おれ様に勝てたら教えてやるッ! 勝てたらだがなッ!」

 「……こんのっ……! 絶対、泣かしてやる……!」


 突然の不意打ちに苛立ち額へ青筋を浮かべたルースは、ジャンを睨みつけながらサーベルの柄を握り締める。彼の啖呵を合図に、再び戦いが再開された。


 しかし、口から出た強がりとは裏腹に、ルースの防戦一方の状況に変化はない。


 「どうした小僧ッ! やはり威勢だけかッ!?」

 「っ……!」


 ——息を吐く間もないとは、正にこういう事を言うのだろう。


 蹴りに拳に爪に銃——骨を砕く横薙ぎの回し蹴り、そこから流れるような繋ぎでアッパーカットを繰り出したかと思えば、次の瞬間には爪の振り下ろしが来る。


 多種多様なジャンの攻撃手段は、勿論それだけではない。


 ルースよりもなお慣れた手つきで空中リロードを決めると、即死必至の銃弾を放つジャンの銃撃。たとえそれを捌こうとも、ジャンは完璧にこちらの動きを読んだ上で、次の一手をこれでもかと打ってきている。


 まるで嵐。あまりにも見事な近接格闘術と近距離射撃の見事な融合。


 ——コイツ、本当に強い……っ! と。


 目をグルグルと回しながらギリギリのところで耐え抜くルースは、反撃の隙を一切与えない超連撃に、守備に徹する他なかった。


 「——あら……っ? 随分っ……押されてるっ、みたいね……っ?」

 「そっちこそ……っ。息っ、上がってますよ……っ?」


 そんな時だった——ポフ、と。


 追い詰められた先で、誰かと背中がぶつかったのを感じた。

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