第27話 ひとつの結末を迎えて

 怒る民衆が決起した日。


 教えに反してまで、国民に手をかける事ができない騎士団は、群衆の波に押され、城内への侵入を許してしまっていた。


 群衆に対して、そのまま何もできなければ暴徒と化してしまうおそれがあった。


 そうなれば犠牲者が出てしまう。


 そんな中、混乱した状況下でも高潔なその方の姿は、誰よりも際立っていたと後に聞いた。


 興奮状態にあった人々の前に、王家の紋章が縫い込まれた純白のマントをまとったティメオ様が現れると、一瞬で全ての人の視線を惹きつけていたそうだ。


 その姿に、誰もが目を見張り、動きを止めて、固唾を呑んでいたと。


「陛下は、悪女にそそのかされ神の怒りに触れてしまいました。心を病み、今はその御身を浄化する為に神官の手に委ねられています。皆はどうか心を鎮め、隣人を気遣い、信徒として恥じない行いをしてください」


 静かに語り始めたティメオ様の言葉を、群衆が耳を傾けて聞いていた。


 声を張り上げていたわけでもないのにその声はよく通り、誰の耳にも届いていたと。




 アルテュールが、子供のまま全く成長できなかったことが悲しい。


 アルテュールが自分の責務を理解すれば、こんなに拗らせることはなかったのか。


 過ぎた事を悔やんでもどうしようもない。


 ティメオ様によって騒乱が終息すると、私は、大聖堂の地下牢に幽閉されているアルテュールに会いに行った。


 彼がここにいるのは、神の怒りに触れたアルテュールを守るためと、表向きはなっている。


「マヤさんの事が大切なら、どうして、もっと考えて行動できなかったのですか?」


 無駄だと思っても、それを問いかけていた。


 私が声をかけた途端に、アルテュールは鉄格子に飛び付いてきた。


「お前だ!!お前が俺達の幸せを邪魔して嵌めたんだ!!」


 怒りに任せたアルテュールの叫び声だけが虚しく響く。


 何故こうも愚かになれるのか。


 でも、私もこんな風になっていた可能性もあると思うと、そんな彼の姿を憐れに思っていた。


 なんの責任も顧みずに、己の心のままに行動した結果が、今、目の前にいる人物なのだ。


 国に混乱を招きたくはなかった。


 ただ、耐えることから逃げた私に、やはり責任の一端はある。


 アルテュールとマヤの結婚式の騒動だけは、ギャバン様が紙に細工をしたとは聞いたけど。


 ギャバン様は、必要な事であったとしても罪を犯したからと、今は神官を辞して見習い聖職者と共に奉仕活動に従事されている。


 いくら子供に罪は問わないとは言え、鹿狩りの一族の者を国母とする事はできなかったのだ。


 マヤを引き取った両親も、自分達が貴族になるとは、当初は思っていなかったとも話していたし。


 彼らは、今は爵位を返上し、地方に移り住んで静かに余生を過ごしている。


「私が行ったことは、貴方と離婚しただけです。その後に、ティメオ様から再婚の提案をいただいたから受けたのです」


「貴様が叔父貴と再婚とはな。叔父貴は騙されているんだ。どうやって、叔父貴を誑かしたことか」


 今もなお、アルテュールは憎々しげに私を見ている。


 この人も私に、結果の責任をなすりつけたいのだ。


「今までは、私の家がマヤさんの秘密がバレないように尽力していました。私も、縁があってアルテュール様と結婚したのだから、王家の安寧の為に王妃として王の愛妾を守るつもりでした。でも、離婚したことによって、私達は貴方とマヤさんの関係に何の義務も無くなりました。だから新聞社は自由に報道を始めたのです。保守派の者達が傲慢に振る舞うマヤさんの秘密を暴く為に」


 アルテュールに知らされていなかった事を告げる。


「マヤさんは、アルテュール様が街でお会いした女の子ではありません」


 今だからわかる。


 町で出会った少女と仲良くなったアルテュールの事も懸念して、お父様達は私とアルテュールの婚約を進めたのだ。


 まさか暴力を振るうまで私の事を虐げるとは思わなかったようだけど。


「ティメオ様も、ただ、目の前の義務をこなしただけです。ティメオ様は、貴方がしっかりしていたのなら、誰とも結婚するつもりはなかったと仰っていました。私が可哀想だったから結婚を考えてくれただけです」


 アルテュールと国の事を想って。


 英雄と呼ばれた行為も、たまたまだ。


「不運にも密猟者が現れて、愚かにも公道を破壊して、だから鎮静と復興に務めた」


「マヤが偽物だと言いたいのか!マヤはどうした!!貴様、マヤに手を出したら」


「マヤさんには選んでもらいました。アルテュール様と共に生涯幽閉されて緩やかな閉塞の中で暮らすか、不自由無いお金を受け取って、元の名前に戻り、自分の生まれ故郷で慎ましやかに暮らすか。本当は今日この場にお連れするつもりでしたが、彼女はもうすでに城から出て行きました」


 アルテュールにマヤの最期を知らせることはしなかった。


 マヤを殺めたティメオ様に、アルテュールの憎悪は向けられる。


 本当は、マヤの遺体を国民の前に晒すべきなのかもしれないけど、でもそれは異教徒への反感を煽るようで、これ以上のことは避けたいとティメオ様に進言した。


 他の子供達が迫害を受けることのないように。


 そして、ティメオ様とアルテュール様の対話の道が閉ざされないように。


 彼女の遺体は、義理の兄であったジェイデンが引き取り、故国に埋葬してあげるためにと、彼は一人、国を出て行った。


 今回、親が罪を犯したその子供が、再び復讐に走ったことで、シシルカの博愛主義に則った方針を検証する必要はあった。


 引き取られた子供がどうなったか、これからは監視と見守りが強化される。


 私の嘘を聞かされたアルテュールは、彼女がここにいない時点で何を選択したのか結論に至ったようだ。


「マヤは……きっと……俺の負担にならない為に……自ら身を引いて……」


「ええ。きっとそうだと思います」


 それがアルテュールにとって都合の良い解釈なら、それでいいと思っていた。


「できるだけ不自由のないようにしますので、どうか、ご自分を大切になさってください」


 アルテュールは驚いた様子で私を見た。


 まさか私が気遣うような言葉をかけるとは思わなかったのだろう。


 今、初めて私の姿をちゃんと見たといった様子だ。


 膝をついて、鉄格子を握りしめて、呆然と私を見上げていた。


 これでもう話すことは無くなったと、私は背を向け出口へと足を運んだ。


 その去り際だった。


「ま、待ってくれ。俺は君とやり直す。今度こそ、君を大切にする。だから、ここから出してくれ」


 そんな声がかけられた。


 その場しのぎの言葉に、私とやり直すなどと口にしてもらいたくはなかった。


「今さら、あり得ません。私はティメオ様と結婚します。それは、神の前で誓ったもので、覆すことはできません。もう、貴方に尽くす気持ちは無惨にも壊され、踏み躙られてしまいました。もう、二度と修復は叶わない事でしょう」


 振り返らずにその場を後にし、二度とアルテュールと会う事はなかった。




 

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