第13話

 翌朝。

 午前5時15分。


 結局、わたしは一睡も出来ぬまま朝を迎える。眠っていないのは、テーブルに腰かけている城ケ崎も同様だ。


 城ケ崎は詰将棋の問題集を微動だにせず、じっと眺めていた。

 一晩中そうしていたようだ。

 よくもまァ、集中力が途切れないものである。


「…………」


 城ケ崎が真剣にならなければならない程の問題だ。かなりの難問であることは間違いないのだろう。

 だが、詰将棋の一体何がそこまで城ケ崎を夢中にさせるのか? 

 わたしには到底理解不能な行動だった。


「先生」

 呼びかけると、城ケ崎の視線が僅かに上がる。


「何だ?」


「あの、先生はどんな問題を解いているんですか?」


将棋図巧しょうぎずこう第99番『煙詰けむりづめ』」


「けむりづめ?」


「そうだ」


「…………」


 そう言われても、何のことだかさっぱり分からない。

 わたしはベッドから這い出ると、城ケ崎の持つ本を覗き込むようにして問題を眺めた。


「これは……!?」


 そこには予想外の光景が広がっていた。

 盤上には敵味方合わせた全ての駒が配置されている。

 否、正確には自分の王が一枚足りないようだ。


「これが、本当に詰将棋なんですか?」

 それは、わたしが知っている詰将棋とはかけ離れた姿をしていた。玉を詰ませるまでに一体何手かかるのか、想像すら出来ない。


 ――そもそも、本当に詰むのだろうか?


「作者は江戸時代の将棋指し、初代伊藤いとう看寿かんじゅ。玉を追い回す過程で、駒が次々に煙のように消えていくことから『煙詰』と名付けられた。詰め上がり時には、駒は盤上にたった三枚だけが残る。数ある優れた詰将棋の傑作の中でも、最も美しい作品だよ」


「……はァ」


 城ケ崎が何かについてここまで称賛するのを、わたしはこのとき初めて聞いた。

 殺人事件以外に、ここまで城ケ崎の心を揺さぶるものがあったとは。


「そんなことより眉美、そろそろ部屋を出る支度をするぞ」


「え?」


 時刻はまだ午前5時を少し回ったところだ。

 部屋の外の毒ガスがなくなるのは6時。そんなに早く準備をしたところで、どのみちまだ部屋を出ることは出来ない。


「もたもたするな、早くしろ」


「……は、はい」


 わたしはわけが分からないまま、城ケ崎に言われた通り、部屋を出る準備に取り掛かった。

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