第11話
12月25日。
午後8時5分。
食事の後、わたしと城ケ崎は残酷館の中を散策することにした。
毒ガスが発生するという午後11時までには大分時間があり、まだ事件が起きていない現状では他にすることもない。
まず最初に調べたのは玄関ホールの大扉、わたしたちが入ってきた外に通じる唯一の扉だ。入ってくるときはろくに観察出来なかったが、鋼鉄製の巨大な扉には禍々しい蛇の紋章が施されている。
「ダメだ。開きそうにない」
「入ってくるときは、烏丸さんが押しただけで簡単に開きましたけど」
しかし、大扉はわたしや城ヶ崎が幾ら力を加えても少しも動く様子はない。
「どうやら犯人は、わたしたちをこの館からみすみす逃がすつもりはないらしい」
城ケ崎が首を振って呟いた。
次に調べたのは一階大階段の両脇に飾られている拷問・処刑器具たちである。
玄関から向かって左側にあるのは女性を形どった像、鉄の処女だ。名称とは裏腹に木製で、胴体部にある扉の奥は空洞になっている。
扉の内側には長い釘が何本も突き出ており、内部に人を入れれば串刺しになる仕掛けだ。
拷問器具の中では、最もポピュラーなものの一つだろう。
「先生、これって本物なのでしょうか?」
わたしは鉄の処女の冷たい微笑にぞっとする。
「いや。今のところ、この世に本物の鉄の処女などというものは一つも見つかっていない。見つかっているのはどれもレプリカだ。本当にこんな代物が拷問器具として使われていたかすら怪しいところだな」
ということは、今目の前にある鉄の処女も何者かが作った模造品ということだ。
わたしの口から安堵の溜息が漏れた。
「但し、そっちの牛の置物は実際に使われた処刑器具だぞ」
「え?」
階段の反対側にあるのはファラリスの雄牛だ。
雄牛は黄金色の真鍮で出来ており、こちらも中に人を入れる為空洞になっている。下から火を炊いて中の人間を炙ると、悲鳴が牛の鳴き声のように聞こえる仕掛けだ。
「だが、ここに置かれているのは模造品だろう。残酷館の名にちなんで、主人がインテリアとして飾っているのだろうな」
「……インテリアにしては悪趣味過ぎますけど」
大階段を上がって二階の広場には巨大なギロチンが飾られている。幅二メートル、高さは四メートル程の大きさだ。
頭上の刃がギラギラと銀色に輝いている。
「……何だか西洋の拷問・処刑器具って、見た目が恐ろしいですよね。金属やら皮が剥き出しっていうのが、こう」
「それはどうかな」
城ケ崎が表情のない顔をわたしに向ける。
「江戸時代に日本で行われていた拷問や処刑だって、残酷さにおいては負けていない。例えば『
「……あ、あの、分かりました。もう結構です」
城ケ崎による拷問の講釈を聞いて、わたしは気分が悪くなってきた。
「何だ、ここからが面白いところだというのに」
城ケ崎は話を打ち切られたことが不満そうだ。
――人間の持つ残酷な想像力は斯くも恐ろしいものなのか。
「それらと比べれば、ギロチンは遥かに人道的な処刑方法と言えるだろう。何といっても受刑者に苦痛を与えない為に発明されたのだからな」
「……はァ」
わたしは改めてギロチンを見上げる。
幾ら人道的だと説明されても、やはりわたしにとっては死の香りがする不吉の象徴にしか見えなかった。
「これも模造品なんですかね?」
「恐らくそうだろう。刃こぼれ一つない。もし実際に使われた処刑器具があるとすれば、それは地下室だろうな」
地下室に眠る拷問・処刑器具。
それはネットの噂で聞いた話だ。
わたしたちは一階北東の階段から地下室へと降りる。
天井からぶら下がった裸電球の光は弱々しく、わたしたちは懐中電灯の光を頼りに進まなければならなかった。
「なるほど。これは大したものだ」
そこは拷問・処刑器具の倉庫というよりは、武器庫と呼んだ方が相応しい場所だった。
壁の至る所に刀剣や斧が陳列されている。その他にも手錠、足枷、猿轡といった拘束具や、槍に棍棒、ヌンチャク、鎖鎌、果てはブーメランといった古今東西の武器まで揃えられている。
「ここにある刃物の殆どは、人間の首を刎ねることを目的としたものだな。ギロチンが発明される前に使われていたのだろう。どれ、記念に一つ戴いておくとするか」
そう言って城ヶ崎が選んだのは陳列されているものの中で、一番小さなナイフだ。
「そんな小さなものでいいんですか?」
斧や刀なら他にもっと大きなものがそこら中にある。
「いや、これで充分だ。持ち運びし易く、服の中に隠せるしな。これは思わぬ収穫だ」
思わぬ収穫といえば、三階北東にある階段から屋上に上がれるという発見があった。屋上に出るには、階段の先のスチール製の引き戸を開ける必要がある。屋上には突起物や柵のようなものはなく、完全にフラットな空間が広がっていた。これではロープを引っ掛けて地上に降りることはできないだろう。
また、雪が降り積もっているとはいえ、命綱なしに高さ二十メートル以上ある巨大な建物から落ちて無事で済むとも思えなかった。
つまり、屋上は館からの脱出経路にはなり得ない。
吹雪は夜になっても止む気配はなかった。
「うう、寒い。こんなところ調べてもきっと何も出てきませんよ。先生、早く戻りましょう」
あまりの寒さに、わたしは屋上に出て五分もせずに音を上げる。
ガチガチと歯が鳴る。
我ながら情けない。
「……そうだな」
城ヶ崎は地上を見下ろしながら、何かを考え込んでいるようだった。
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