3-13 ♂ ぜんぶは忘れないでくれっ ♀ 

「うー……!」

 

 引き続き真夜中の公園。

 ベンチに座って俺は頭を抱えていた。


「す、すまん……! 俺、また頭が真っ白になって……!」

 

 俺は隣にいる龍斗りゅうとに謝るように続ける。


「龍斗と……あ、あんな、……っ」

 

 うー……とふたたび俺は顔に熱を集めながらうなった。

 

「ん――べつに、いい」

 

 龍斗は口元を手の甲でおさえながら、珍しく頬をわずかに赤らめて言った。


「……っ」

 

 そのギャップのある仕草をみて。

 俺は心はどきりと高鳴る。


――わすれる」と龍斗は続けた。

「……あ」

「なに?」

 

 龍斗が俺の方を向いてきた。

 灰色の瞳は心なしかいつもよりも熱を帯びているようにみえる。


「えと、……その」


 俺は豊満な胸の前で指をからませながら躊躇ためらうようにする。

 

 俺の【淫魔化】はすでに解けていた。

 もとの黒髪美少女のカラダだ。

 

 そして。は――

 

「わ、忘れないでくれっ‼」

「――え?」

「ぜんぶは……忘れないで、くれ」と俺は繰り返す。「た、たしかにっ! 後半は、ヤリすぎてたとこもあったけどっ……前半は、いい」

 

 前半。

 それは龍斗に対して俺が〝愛〟を伝えたところだ。


「あの時の言葉は、感情は! ホンモノだ」

「ほんもの?」

 俺は頷いて、「ああ、そうだ! お、俺は――龍斗のことが、、なんだっ……!」

「――ミナタ」

「うー……! やっぱり、はずか、しい……」

 

 俺は顔を覆うように腕をあてた。

 鏡を見なくたってわかる。今、俺の全身はきっと深紅に染まっていることだろう。

 

 ああ。好きな人に、好きと伝えるのは。

 こんなにも勇気がいることで、恥ずかしくて――ドキドキするものなんだと。


 身をもって思い知る。


「…………」

 

 龍斗は。なにもしゃべらない。

 人形みたいな瞳をかすかに震わせながら、俺の瞳を覗きかえしてくる。

 

 俺はなんだかいたたまれなくなって続けた。


「だ、だから……その……」

 

 おずおずとしながらも、最後の勇気を振り絞って。

 息を落ち着かせて。こくりと夜の空気を飲み込んで。


 俺は言った。


「お、俺と、――付き合って、くれないかっ‼」

 

 言った。言った。言った。

 

 風が夜の樹々たちを揺らす。虫たちの声はピークを終えたらしく、今ではささやかな会話のようにしんみりと響いている。外灯の光がじじじと揺らめき明滅した。


「………………」


 龍斗は。

 様々な意味合いを含んだ沈黙を長いこと続けたあとに。

 


「ごめん。ボク、ミナタとは――つきあえない」



 と。

 目を伏せて言った。


「え……」


 たまらず俺は目を見開く。一瞬呼吸が止まりそうになる。唇を噛んで。

 ひりついた喉からどうにか言葉を絞り出す。

 

「あ……そ、そうだよなっ」

 

 龍斗の言葉をそのまま受け入れることができなくて。

 俺はすがるように会話をつなげた。


「ふつうは、びっくりするよな……! だって俺はもともと〝男〟で、龍斗とは親友だったし」

「…………」

「だ、だけど! 今の俺は〝女〟のカラダだしっ? はたからみれば、全然おかしなことじゃないっていうか。高校生どうしのカップルに、みえるわけだし」

「…………」

「た、たしかにっ。最初はどうしても違和感はあるかもしれないけど。俺、もっと――、なるしっ!」


 いやだ。龍斗を離したくない。

 そんな一心で俺は喋りつづける。


「これからもっと女の子らしくなるし――か、かわいくなるから!」

「…………」

「あ、そうだ! 龍斗って〝好みのタイプ〟とかって、あるのかっ⁉ そういや俺たち、男同士のくせにそういう話全然してこなかったよな。あ、今は俺は〝女〟だから、こういうこと話すの、変かもだけどっ」

「…………」

「でもっ! 言ってくれたら、俺――なんでもやるしっ。髪型も、メイクも、……コ、コスプレとかでもっ。性格だってなおせるところはなおす! とにかく〝龍斗の理想〟に近づけるように、俺、がんばるからっ――」

 

 懸命に喋りつづける俺に向かって。

 ようやく。龍斗は。


「――ちがう」

 

 と。

 短く言って首を振った。


「……え?」

「ちがう。そういうことじゃなくて」

 

 龍斗は迷ったようにしながら。

 目を伏せながら。眉間に皺を寄せながら。


「ん……ミナタが、正直に話してくれたから。今度はボクの、ばん――」

 

 躊躇ためらうように短い息を吸って。意を決したように吐いて。

 俺のことをみて。俺のことをみて。

 

 言い切った。

 

 

 

「ボク――愛音あーちゃんのことが、すき、なんだ」

 

 

 

 俺の視界が一瞬、ぐらりとゆがんだ。


「ずっと昔から、あーちゃんのことが、すき。だから……ミナタとは、


「――っ⁉」




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