帽子被りの日常

青空一星

陽の出

プロローグ

 帽子とは、サイズが合いさえすれば誰にでも装着できる魔法のアイテムだ。種類は数多あり、それぞれに異なる被り心地・醸し出される雰囲気がある。装着すれば大幅な外的変化と共に内的変化すら起こす代物であり、時には人の心だって変えることができる。


これは、そんな帽子の中で

最もメジャーかつ最もカッコいい型と言える野球帽を被った帽子被り達の物語

───────────────────────


 僕は怪羅高校一年の尾上陽一、どこにでもいるつまらない凡人で夢も無い陰キャだ。引っ越してきた最初の三ヶ月はなんとか頑張ってみようと思ってたけど結局一歩が踏み出せず、今日までずるずると日々を過ごして案の定独りになった。

 幸い、イジメにはあってないけど誰からも話しかけられない。誰との繋がりも無くて、味方もいないから疎外感を感じる。

 周りがグループをつくっているなか、いつだって僕は独り。それを周りから憐れに思われていないか、嘲笑われていないか不安になる。だからなるべく地味な恰好をして、帽子を深く深く被って、誰にも気付かれないように日々を耐えることしかできない。


 そんな僕にも楽しみにしていることがある。放課後は部活に入ってないからフリーになって、よく心霊スポットに行く。この町はそこまで田舎という部類には入らないだろうけど心霊スポットの量は多いし、頻繁に空き家もできる。その理由は様々で自殺・失踪・殺人・不明等々物騒なものばかり。曰く付きで安値になった家が多くて、僕が住んでる家もその内の一つらしい。いくら夢の一軒家だからってこんな危険な町に引っ越すだなんて、母さんはもう少し考えてほしい。

 曰く付きだから始めは抵抗があって、すぐ家に帰らず町中をぶらぶらしたり、家の中の小さな物音にもびくびくしてた。でも、結局そんなのはまやかしでこの一年は特に何も起きてない。

 だから僕は本当に幽霊なんているのか知るために心霊スポットを巡っている。


 心霊スポットに行く前に欠かさずやっていること、それは家の近くにある神社への参拝だ。立派とは言えない地味な造りの神社で、お賽銭を持ってお願いをしに行く。

 お願いは「幽霊に襲われませんように」でも「幽霊と会えますように」でもない。もっと実用的に「幽霊が見えるようになりたい」とお願いする。

 もしかしたら僕に霊感が無いだけかもしれないし、心霊スポットだけに幽霊がいるとは限らないからだ。

 何度もこのお願いをしてるけど、今のところの実績はゼロだ。

 それでも行くのは神社の雰囲気が静かで、人もほとんど見かけず落ち着くから。今日は珍しく先客がいて、スーツを着た男の人だった。僕を見るなりそそくさと帰って行ったから何も話してはいないけど、もしかしたらあの人も僕と同類陰キャだったのかもしれない。


 仲間の安らぎを邪魔してしまったんじゃないかと少し申し訳ない気持ちになりつつ、

パンッ パンッ

と手を叩いて神様を呼ぶ。なんと今日は大奮発して五百円もお賽銭にした。いつも参拝させてもらっているお礼と、今回でたしか百回目の参拝だったからパーッと使った。趣味とかはそれなりにあるけど、一緒に遊ぶ友達なんていないからここまでの贅沢ができる。いやー、やっぱり独りって最高だなー。


 なんて余計な考えは一旦捨てて、

「神様、どうか僕に大抵の人が見えていない超常的なものが見えるようになる力をください。お願いします」

と願った。

 いつもみたいに手を放して今日の目的地に向かおうとした時、声と一緒に圧が降ってきた。


「いいだろう。お前の願いを叶えてやる。

 お前が帽子を前後逆さにした時、彼らの姿を捉えることができるようにした。

 死なぬ程度に使うことだ」

 そう言い終えると体の重圧が解かれ、手を放すことができた。もうこの現象だけでも幽霊を見たのと同じ位の衝撃なんだけど…お辞儀をして神社を後にした。


 そこからはもうウキウキだった。なんせ幽霊が見えるようになってしまったようなんだ。普通じゃない!平凡じゃない!特別な力を持っているというわけだ!僕みたいな平々凡々に生きてきた人間にとっては未知の世界なんだからこうやってはしゃぐのも仕方ないと思う。

 興奮止まないなか、普段の僕なら絶対にしないメカニック被りをさっそく披露しようとして手を止める。他人が周りにいる。僕を見ている。こんなわざわざ普通でないことをしようとする僕を見ている。このままではきっと嗤われる。辱められてしまう。


 結果、彼は何事も無かったように振る舞い、その場を足早に通り過ぎた。どこか人目のつかない場所を探したが、一人でも他人がいれば彼のハートが耐えられないため、場所の発見には五時間を要した。今はもうすっかり深い夜の中、大半の人は、既に寝静まっている頃だ。

 彼はとうとう今日行く予定だった廃墟に来るまで帽子を被り直せなかったようだ。場所は住宅街から離れた所で、ゴーストタウンと化した静かな場所。見た目は洋館という感じで蔓が這い、所々穴が空いている。よっぽど脆かったのだなと彼は解釈し、洋館の前に立つ。

 心霊スポット巡りと言ってはいるが廃墟などには入ったりはしない。それは犯罪になりかねないし、何より権利者に許可を貰いに行けるほど遣り甲斐と勇気を持っていないからだ。いつもは敷地に入らぬギリギリくらいから見て、雰囲気だけを感じるのだが、今回はちょうどいい。なんせまだ幽霊を見たことがないのだから。始めから至近距離にいたりしたら驚くだろう?

 彼は少し躊躇い、胸をドキドキさせながら帽子を被り直した。その瞬間、若干の重みを感じた、が。


 …特に何も見えないな、やっぱりあれは幻聴だったのかな。いや、まだ諦める時じゃない。


 よーく見ようとしたところで肩を叩かれる。振り向くと同時に絶叫、そこには丸々・スベスベ・青白いの三点を併せ持った見たまま幽霊と断言できる様なやつがいた。にっこり笑っていい笑顔…じゃなくて!

 

ダッ


 幽霊っていったら触れないんじゃないの!?だから心霊スポット巡りだって前向きだったのに!普通に叩かれたんだけど!?最悪、(物理で)殺されちゃうかも…

 振り返った彼の横を眩い光が過ぎていった。凄まじいギュオオーという音を立てながらだ。光の落ちた所を見てみるとぽっかり穴が空いている。

 あぁ、なるほどね。幽霊が両手で何か包むような構えをしてる。どんどん光?が集まって…あ、チャージが終わったみたいだ……ビームじゃん、これ!


ギュオッッ


 勢いに圧されて体が反応できない、眩い光の帯がこちらへ照射されると右肩に焼ける痛みを感じた。


「グッ…」


顔を歪めて見上げると幽霊が嬉しそうに笑ってる。


「なんだよもう!!」


 その痛みと悔しさでまた足を動かし始める。相変わらずビームは放たれていて、わざと外しているかのようにギリギリの所に落ちてくる。走って、走って、走って、走って、息が止まりかける。

 嵌められた、ここ袋小路だ。


 背には壁、数メートル先には幽霊、ニヤニヤこちらを見下してる。悔しいけどもうどうしようもない、だって今塩持ってないし、お札とかのオカルトグッズだって無い。

 せっかく存在するって分かったのに、特別感を堪能し切る前にお陀仏か。どうせ逝くんなら天国がいいなぁ。いや、その前に幽霊になるのかな…だったら今の内にこの幽霊と仲良くなっておこうかな?あ駄目だもう構えてる。ここまでか……


膝をガクガクとさせながら幽霊を見据える。


ギュオ!!


映る走馬灯に後悔しかないな──


ズァァァッ!


人が真上から降ってきたかと思うとビームを縦にぶった切った。


タタタタタッ! ザアッ


そして構えさせる間も無く一直線に詰め寄ると幽霊を真っ二つに斬った。二つに別れた幽霊は少し悲し気な表情をして消えていった。


 恩人である彼女はパーカーに短パン、紺色ショートに帽子を被って、右手にはさっき幽霊を斬った剣が握られている。十字に伸びる鍔は無く、敵を斬ることに特化した真っ直ぐな剣。月の光を反射して輝くその剣はとても凛々しく見えた。


「あの、ありがとうございます」


 あまりに一瞬の出来事だったから遅れたけど、やっとお礼が言えた。色々と気になることがあったから質問したかったけど、振り返った彼女の目に心奪われて、それ以上何も言えなかった。

 透き通ったエメラルドグリーンの目、その眼差しがあまりにも鋭く真っ直ぐで、自分なんかが見ていいものなのか疑問に思えた。

 彼女が口を開く


「大丈夫ですか?あ、怪我をしていますね。

 私は治療とか得意ではないので、もし痛むようなら病院に行くと良いですよ」


 そんな思い遣りの言葉を貰えるなんて、少し拍子抜けしてしまった。常人離れしているものだからもっと取っ付きにくい性格だと思ったけど、思い過ごしだったみた


「あと」


 急に冷たさが言葉にこもった


「なぜ先程は反撃に出なかったのですか?

 何か力を発揮できない理由でもあったのですか?」


「は、反撃だなんてできませんよ。

 僕にそんな力なんてありませんから」


「しかしあなたはあの神から力を授かりましたよね?」


「ゆ、幽霊が見えるようになっただけで、それ以外には何もできないんです!

 幽霊退治どころか友達作りだってできません!」


 勢い余って余計なことまで言ってしまった。でもそのかいあってか彼女から発せられていた殺気は弱まったみたいだ。


「そうだったんだ、これは失礼。

 あそこの神は余計なことしかしないから気を付けなきゃダメだよ?」


「…あ、はい、ありがとうございます」


「今後は心霊を見つけたらなるべく関わらないようにすること、大抵の心霊は見える人に対してちょっかいをかけてくるから。

 尤も、君は偽装的な想力を持っているようだし、それを使うといいよ」


「偽装的な想力、ですか?」


「うん、試しに帽子を普通に被ってみて」


 言われて気付いた。ずっとあの被り方のままだった。どうりで落ち着かないわけだ。


スッ


「…うん、やっぱり。少し認識しづらくなった。

 もう帽子を戻していいよ」


「え、はぁ」


言われるがまま、また逆さに被った。


「帽子を被っているとよく影が薄くなることってない?」


「たしかに、話しかけられることが無いなとは思ってますけど」


「それ、どうやら君は帽子を被ると存在を希薄にできるみたいだね」


「えっと、想力というのは?」


「うーん…その人の強い心理が働くことで世界から受けられる恩恵、の様なものかな。

 簡単に言えば異能ってとこ」


存在を薄くできる異能って何?もしかして僕が独りなのってその“恩恵”のせいってこと?恩恵ってより嫌がらせじゃない?


「だから、もし心霊と遭遇しても帽子を被れば一件落着」


「そうなんですね…ありがとうございます…」


「じゃあ、私はまだ用も残ってるからこの辺で失礼するね」


「あっ、そうですか……」


 気付くともう空が白み始めようとしている。せっかくこんな出会いができたのに、別れてしまうのが惜しくて連絡先の交換とか考えたけど、そんなやり取り久しくやってないし、色々と自己嫌悪に陥って辞めた。


「もう会うことは無い…ですか?」


 何だその質問、そんなの分かるわけないじゃないか。

 でも、それに対する回答は即答だった


「私は、あると思うよ」


「……どうしてですか?」


「これは私の力関係無しに私の勘だけど、君も私と同じ帽子被りだから。かな」


 ふっと笑って彼女は自分の帽子を指差した。蒼い流星の入ったカッコいい帽子だ。こんな方に自分と同じだなんて言われて嬉しいけど、なんとも複雑な気分になる。


「あの、すみません。最後にお名前を聞いてもいいですか?」


「私の名前はスグハ、真っ直ぐな刃で直刃」


「僕は陰陽の陽に数字の一で陽一って言います」


「そっか、じゃあ次会った時はそっちで呼ぶよ」


「はい、」


「それじゃ、さよなら」


「はい、さようなら」



 彼女が去った後もまだ心臓がドキドキと鳴ってる。家族以外の人とあんなに話したのが久しぶりってこともあるだろうけど、多分それだけじゃない。


カッコいい人だったな

─────


 次の日、起きたら午後の五時。興奮が冷めなくて昨日は全然寝られなかった。今日が学校のない日でほんとによかった。

 昨日の出来事が頭を過る。

 帽子を深く被れば見られなくなる、か…


 帽子は好きだ。太陽から、人の目から僕を守ってくれるから。でもそのせいで見えなくなるものもあって、他の人をよく見れないのはきっとそういうこと。深く被れば被るほど、見える世界は小さくなって、とれる選択肢は少なくなる。

 でもきっとそんなマイナスばっかりじゃないはずだ。あの人がカッコよく見えたのはきっとそういうこと。どうしてそう見えたんだろう。…自分でああだこうだ考えても埒が明かない。

 あの人に会わないと!


 帽子を被って急いで家を出る。たしか直刃さんは用事があるって言ってた。まだ探せば見つかるかもしれない。ある程度他人がいたって気にしない。帽子を逆さに被って町中を走った。あの洋館に行ってもいなかった。港の方に行っても見つからない。オフィスビルの立ち並ぶ所にも姿は無かった。


 やっぱりもう会えないのかもしれない。悲壮感でいっぱいになりながら、少し寂れた所に出た。ここは近くに山があって、オフィスビルも近い少し変わった場所。しかもここら辺で殺人事件が何件もあったらしい。殺人事件があったってことは、もしかしたら幽霊が見えるかもしれない。昨日ああ言われたばっかりだけど、気になる…

 もしかしたらそこに直刃さんがいるかもしれないし、いざとなったら帽子を被ればいいわけだしきっと大丈夫。


 そんな考えで少し歩く。なんか雰囲気があって、いやーな感じだ。この前まではきっと少し喜んだんだろうけど、昨日のことを思い出して恐怖が表に出掛かる。今は日も落ちて午後十時、人が中々見当たらなくて情報収集さえ難しい。必死の思いで周りに目を配ると、前から男の人がこっちに来るみたいだ。


「あの、すみません」


 声を掛けると男の人は驚いてた。こんな時間に帽子を逆さに被った高校生から声を掛けられたんだから無理もないよね。


「えぇ、なんでしょう」


「こ、ここら辺で殺人事件が多発していると聞いたのですが、初めに事件が起こったアパートがどちらかご存じありませんか?」


「なるほど、そういうことでしたか。

 そのアパートでしたらあちらですよ」


アパートは想像してたより随分近いみたいだ。


「ありがとうございました。それでは」


 男の人はお辞儀すると横を通り過ぎていった。ここからは気を引き締めていかないと。また歩き始める


ズッ


「…え?」


腹部に激痛が走る。何かが刺さってる…ナイフ?


「痛い…ですか?怖い…ですかぁ?

 あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃあ!!」


ドンッ


背中を蹴られ、倒れ込む。あの、男の人の声だ。


ガンッ


「ぐぅッ!」


「いやぁ、やはり弱い人間をいたぶるのは楽しい、楽しい!!」


 足で転がされ、仰向きにされる。男の目・口が裂けて、恐ろしい姿に変わった。


「丸っこいのだけが幽霊じゃないのかよ、」


「丸っこいのぉ?そんなの低級だけですよぉ!

 同じにされては困りますぅ」


スッ


男が狂気的な笑みを浮かべてナイフを振り上げる。


「まだまだ、楽しみましょうねぇ、

 あひゃひゃ!」


ザッ


「ぐえ」


 素早い銀の斬撃が男を背後から襲った。


「まったく、だから関わらないようにと言ったのに」


「直刃さん…」


 彼女が助けに来てくれた。こちらまで駆け寄ってくる。どうやらさっきの一撃で男は消えたらしい。


「直刃さんに聞きたいことがあったんです。それで探して、て」


 そこまで言いかけて息が詰まった。目に映ったのは直刃さんが男に刺された瞬間だった。


「直刃さん!!」


「!」


「あの程度で私が死ぬ、なんて思いましたぁ?

 ざーんねん。まだ生きてまぁーす!」


そう言うと男は姿を消した。


 直刃さんは足を深くまで斬り付けられてしまったみたいだ。あの足じゃ前みたいに速く動けない。


 どこかに潜んでいる気がするけど、姿が見えない。


「こっちですよー」


ズッ


「うっ」


 今度は左腕を斬り付けられた。姿を消したままでも攻撃できるのか!?


「いやぁー無様ですねぇ~!

 あの斬撃は痛かったなぁーこれはお返ししませんとねー」


 見つけないと、奴をどうにかして見つけないと。このままじゃ直刃さんがやられてしまう。そんなの嫌だ、嫌だ!───

 目に、映った。


「直刃さん!右!」

「!」


キンッ


「…陽一君、逃げるよ」


「えっ」


ボンッ


 急に煙が辺りに広がったかと思うと持ち上げられて、気付けば物陰にいた。


「陽一君、大丈夫?」


「僕は大丈夫です。直刃さんの方こそ大丈夫ですか?」


「私はそんなに軟じゃない。大丈夫」


「どうしてここに?」


「私がこの町に来た理由はあの心霊を倒すためだから。ここら辺も探してたんだけど中々見つからなくて…ごめん、襲われる前に見つけられなくて」


彼女はこれが避けられない運命にあったとしても、彼に謝らずにはいられらなかったのだろう。


「陽一君は逃げて。帽子を深く被ればきっと心霊の目も抜けられるから」


「…直刃さんは?」


「私は多分マークされてるから無理だと思う。

 さっきはなんとか防げたけど、けっこう速かったし、逃げてるうちにやられちゃうと思う」


「そんな…」


「大丈夫、奥の手持ってるから。いざって時はなんとかなるよ」


そうは言っても僕を助けた時に無理をしたのか足からの出血は酷くなってるし、何より恩人を置いてなんかいけない。


「嫌です、残ります。僕も血が出ちゃってますし、きっと気付かれます。

 それなら僕が囮にでもなった方が勝算はあるはずです」


「…たしかにそうかもしれないけどそれは駄目。

 自分以外だけを危険に晒して勝利とか私のポリシーに反するから。

 それに、見た通りあいつは姿を自在に消すことができる。

 だから多分囮作戦は失敗に終わる」


「それでも僕は、貴方みたいに人を見殺しになんてできません!」


「え?カッコ、いい?」


 しまった女の人にカッコいいは駄目な言葉だったかな。


「……ありがとう」


「え、」


「……どうしてさっきは奇襲より前に分かったの?」


「それが、直刃さんが危ないって必死に探してたら奴が視界に映ったんです」


「そこに勝利の糸口があるかもね……

 陽一君、手伝ってくれるかな。

 君の力が必要なんだ」


「!

 はい!」


───

「まったく、ようやく晴れましたか。

 霊体にも効く煙幕とは、中々厄介な物をお持ちなようだ。

 さて!いったいどこに隠れたのかなぁ……フヒィィ」


スゥ─


「血の痕でバレバレなんだよぉ!」


ズゥッ


「おや?この手応えは」


バキッ


「私を安く見過ぎなんじゃないの?殺人鬼」


「身代わりですか、さらにナイフを破壊されてしまうとは…これはやられました」


「これでは勝ち目が無いも同然…」


「なんてねぇ!!

 霊体となった今じゃあナイフなんて生成し放題なんだよぉ!」


ビュッ


「(そんなことは百も承知、刃が到達する前に斬って落とす)」

~~~

「一撃目は私の自前で防ぐ。その後追撃をしてくるだろうけど、あいつは姿が見えないからって油断する。そこで陽一君はあいつを見つけて、教えてほしい。そこに私の剣を叩き込む。


 大役を押し付けてごめんね」


「いえ、元はと言えば僕がここへ来たせいですから。

 任せてください!」

~~~

「(どうしてだ、奴の姿が見えない。

 直刃さんの後ろにいるから身代わりが退けば奴が見えるはずなのに!)」


「(無駄だ、小僧め。

 私が一度見破られたことを気にも留めない無能で本気だとでも思っていたのか?

 残念、これでも私は冷静だ。

 この状態の私はお前程度の力では捉えられない)」


「(奴を映さないといけない。映さなければ直刃さんが死んでしまう。

 もっと視野を広げないと、もっと視野を広げないと……もっと、視野を広げないと?)」


「(違う。今は散漫に見る時じゃない。

 視野を広げるだけが正解じゃない!)」


 帽子を被り直す。但し深く被るのではなく、終極の一点、そこへ辿り着くために、射貫く様に視界を狭める──

 

 目に 映った


「上!」


ズゥゥッッッ!!!


 奴が僕を刺すよりも先に直刃さんの剣が奴を刺し貫いた。


「目を、合わせる、とは、なんと、小癪なァッ!」


シュワワワ……


 んん!?なんか直刃さんの剣光ってる!?この雰囲気、昨晩味わったような気がする。

 そうだ、これは


極限剣リミット・ブレイド!!!」


ズアアアアアッッッ!!!


轟音と眩い蒼光が剣を伝って夜の空まで響いた。

唖然である。


「……ふぅ、おつかれ!」


「奥の手ってこれのことだったんですね……

 まさかビーム出すとは思いませんでした、それもあの状態の相手に」


「?

 カッコよくなかった?」


「ちょっと薄れちゃったかなー、と」


「えぇーそんなぁ」


「アハハッ、ッてててててて」


「痛む?お腹刺されてたもんね、後から雫に見てもらわないと。

 でも、笑ったね。私と会ってから初めて見たよ、君の笑顔」


 ──たしかにそうだ。こっちに来て、久しぶりに心の底から笑えた気がする。たった二回しか会ってない相手とこんな気持ちになるなんて、不思議だ。


「そういえば、私に何か聞きたいことがあるんだっけ?」


「あ、そのー、同じ帽子被りなのにどうして直刃さんは自分と違ってカッコいいのかなって思っただけです」


「フフフフフフ。そっかぁ、カッコいいかぁ、エヘヘへへ」


「さっきもそうでしたけど、って言われるの好きなんですね」


「そりゃあね!カッコいいは正義だから!

 おほん、それは置いといて…

 その調子だと答えるまでもないみたい。

 自分の中で答えが出たんだね」


「はい!」


 昼に被れば陽を遮り、映すものを確かに捉えるための傘になる。

 一歩いっぽを踏み出す弱者の助け、進めるのなら一歩いちほでもいい

 夜に被れば他を遮り、映すべきものだけを捉えるスコープになる。

 進む道は一直線、目指す先はその一点のみ


 これが今出せる精一杯の正解で通過点だ。

 夜は明けて陽が昇る。新たな陽の出は心地良い。

───────────────────────

エピローグ

 その後、直刃さんの仲間だという人が来て傷を治してくれた。非現実的な光景だったけど感じた痛みは現実だった。

 迎えに来たもう一人の仲間の人からは名刺を貰った。縁があればとのことらしい。


 別れの時、直刃さんは僕に木の棒をくれた。なんでも幽霊によく効く棒…らしい。

「陽一君の場合、逃げるのが一番だけど危なかったら使うように!…こういうの去り際に渡すとカッコいいって聞いたんだけど、どう?」

とのことだった。

 ビーム出せる人の言葉だけど、流石に半信半疑だ。

───

 あれから、学校に行くと少しは声を掛けられるようになった。帽子をしていても話掛けられるから、きっと僕の想力は消えてしまったんだと思う。

 これを機にと部活にも入ってみたら人運に恵まれて、案外上手くいってる。まだそんなウェイウェイとまではいかないけど、少しは人と話せるようにもなった。


 僕には目標ができた。それは

直刃さんみたいなカッコいい人になること!


 だから帽子を被る。

自分を隠すためじゃなく、カッコいいを信じて

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