第25話 いじめっ子の末路

「くっ……い゛っ………」


 苦し気な声を漏らすケヴィン。

 部屋は決して明るくない。

 が、彼の顔が蒼白なっていくのが分かった。

 血はぽたぽたと床に落ち、服を赤く染めていく。


「じゃあね、ケヴィン」


 私はさっと彼の胸から日本刀を引き抜き、血振り。赤の液体が近くの白のベッドに吹き飛ぶ。

 

「私を襲うなんてバカなマネをしたんだから、あんたは当然地獄行き」

「カフカ……逃げて……」

「さようなら、クソガキ二号」


 グサリ――――もう一度胸へ差し込み、刀を引く。

 最後のとどめをさされた変態ショタは膝から崩れ落ち、私の傍らで力なく横たわった。


「ケ、ケヴィン?」


 今まで聞いたことのない弱々しいカフカの声。

 余裕たっぷりだった緑の瞳は揺れ、動揺の色を映していた。


「あんたたちと遊んでる暇、なくなっちゃったの」

「ねぇ、起きてケヴィン…………?」

「さぁ、次はあんたよ」

「私たち2人で1つでしょ…………? あなたがいなくなったら、私1人になっちゃう…………」


 カフカは私に見向きもすることなく、屍となった弟に駆け寄る。恐らく彼の体の冷たさを感じたのだろう、触れた瞬間彼女は「ハッ」と息を漏らした。


「ねぇ、ケヴィン待って……私たちまだ――――」


 今までに見たことのない、大切なものを失ったその顔。初めて失ったのだろう。失うことを知らなかったのだろう。


「まだ、夢を叶えてないじゃない……………………」


 笑みと苛立ちの顔しか浮かべないカフカ。

 彼女は泣いていた。恐らく赤子以来の涙だった。


 デスゲーム世界に飛び込んだ以上、生き残れるのは1人。バカではないコイツらなら、きっと分かっていたはずだ。たとえ、2人で生き残れたとしても、最後どちらかは死ぬと。


 もしかして、自分たちがデスゲームこの世界を変えられるとでも思ったのかしら――――?


「どのみち覚悟が足りないわね…………?」


 そんなやつは私と戦う資格などない。

 とっとタヒれ――――。


 日本刀相棒を持つ手を振りかぶり、そして、刃を彼女の首へと伸ばす。


「!?」


 だが、その振りは止められ、カフカが持つ日本刀弟の形見と私の刀が交差する。


「クソっ、アドヴィナァ………弟を殺したからには………楽に死なせてやるものですかッ………!!」


 カフカにいつも嘲笑っていた瞳はない。

 緑の瞳の奥に燃える怒りの業火。

 その炎に映るのは満面の笑みの私。


 ……………………うふふ、ようやく怒ってくれたのね、カフカクソガキ1号?あなた、ずっと苛立つことはあっても、本気で怒ることはなかったものね。


 いつだって余裕で、慢心で、高みの見物。

 何が起こっても、自分なら対処できる。なんだってできる完璧な神童。

 

絶対ぜっ゛だい゛殺してや゛る゛ゥッ――――!!」


 でも、そんなあなたを壊してみたかった――――。

 天才が怒り狂った時、どうなるか見てみたかった。


「アハッ☆ 殺せるのなら、殺してみなさいなっ!!」

「や゛ってやる゛ゥッ――!!」


 いいじゃないその感情――――――――。

 煽った私は彼女の刀を押し切り、たが攻撃を仕掛けず、廊下へと走り出す。


「逃げんじゃない゛わよ゛ォ゛――――!!」


 そして、鏡へ飛び込み、次の会場へ。

 一瞬暗闇に入り、瞬きのうちに光が戻る。

 

 飛んだ先は屋上プール。スタート地点ではない、おそらく南側のエリアのプールだった。


「グヘへェ――――」


 何か嫌な声が耳に入った。きっしょい声だった。声がした方を見れば、そこには巨大な“怪物”。あんなのものは本来なら、無視できないが……………。


 だが、一旦保留。見なかったことにして、私はプールサイドを駆け抜ける。後ろをちらりと見れば、カフカも鏡から出てきて、一直線に追いかけてきていた。


「滑り台でも降りてみましょうかっ!!」


 折角のレジャー施設。壊して堪能するのもいいけど、まずは普通に遊んでみたい。贅沢にも水が滝のように流れる、近くのウォータースライダーへと駆け込み、飛び込む。そのスライダーは9階下のプールエリアに降りれるようで。


「アドゥヴィナ゛ァァ――――!!」

「はーい♡ アドヴィナでーす♡」

「――――んざけんなァッ!!」

 

 私たちはスライダーの中をクルクル回りながら、滑りながら、刀をぶつけ、ぶつけ、ぶつける――――。


 その度に鳴り響く刃音。私とカフカの間に火花が散る。怒り心頭なカフカは勢いがあるものの、日本刀に慣れていないことは明確。なるようになれっ感じで、ひたすらに力任せに私に振るう。


 でも、流星錘は手放さない。

 隙があれば、私にぶつけてこようとしている辺り、冷静さもある。


 さすが神童、怒り狂っても頭は回るのね――――。

 

 何度もカーブを曲がり、螺旋階段のようなスライダー。回転の連続で、感じないはずの酔いがやってきそうになった時。

 

「気持ち悪い゛わ゛ァッ――――!!」


 同じことを感じていたのか、発狂カフカも苦しみの感情を叫ぶ。彼女は流星錘を振り回し、鉄塊が私の肩をかすめる。


「邪魔よォ――!! こんなのッ、ぶっ壊すゥッ――――!!」

 

 目的は私ではなく、気持ち悪くさせている元凶――――スライダーを壊し、外の景色が開かれる。


「お?」

 

 同時に崩れる足場。

 下を見れば、随分と遠い地面。

 3階以上はありそうな高さ。


「落ちて死ねェッ――――豚がァ――――!!」

「ハッ、あんたも死ぬわよ」


 何も掴む物がない、どこか着地する場所もない。ならば、せめて途中から続いている元のスライダーに――――。

 

 壊れかけのスライダーへ、上から流れてくる水とともに私も落ちていく。


「アハハッ! 落ちるのはあんただけェッ!」


 だが、カフカは自身の流星錘の鎖を、近くにあったスロープ用のロープに巻き付け、1人宙に浮いていた。


「私はいつだってあんたよりも高いところにいるのッ! あんたはいつも底辺なのよ! 落ちて死ぬ! 豚にとっては最高の死に方じゃないかしらッ!?」


 落ちていく私を見下し、ガハハハッと口を開けて大笑いのカフカ。


 そうね……豚にとっては、神童と戦わせてもらって、その神童に落とされて死ぬなんて、贅沢かもしれない。


「――――だけど、私は豚じゃない。あんたと違ってまだマシな方の人間なの」


 私は着地できそうだったスライダーの横を蹴り、飛んでくる日本刀をキャッチ。

 そして、いつかの武士がやっていたように。


「弟の形見、お返しするっ、わっ――――!!」


 宙にぶらさがる彼女に、一直線に投げた。


 カフカに機敏性はない。かろうじて私についていける程度で、本気の私にはおそらくついてこれない。その私をも超えるスピードで飛んでいく日本刀の回避は不可避。


 横へ揺れたとしても、それは心臓を仕留められた後。

 

 唯一の方法は流星錘を持つ手を手放して重力による加速で、下へ回避。だが、下に落ちたとしてもプールはない。クッションになってくれそうなものも一切ない。飛び乗れそうなものも近くにない。


「クソがァ――――ッ!!」


 彼女はカウンターを予測できていなかった。雑魚で弱者だった私が、弟の日本刀を返してくるなんて、多分考えていなかった。できるはずがないと思ってた。


 でも、豚じゃない私はできるの――――。

 

「性格が残念なあんたは、弟の武器で死ぬのがお似合いね――――」


 重力のままに落ちていく体。遠くの夜空をバックに見えるのは、飛んでいく日本刀と1人のいじめっ子。ずっと嫌いだった、消えてほしいと何度もアドヴィナが願った神童あの子


 ああ…………弟を失ったら、壊れるのであれば。

 なら、さっさと奪っておけば。


「アドヴィナァッ――――!!」


 アドヴィナも私も苦しまなかったのね……………。


 そうして、1つの後悔とともに、私は近くのプールへ落ちた。




 ★★★★★★★★★




 1人になったカフカは弱かった。

 彼らは本当に2人で1つだった。

 片方が死ねば、片方は生きられない。

 彼らは巨大な弱点を背負い合っていた。


 弱点を消すように、動きを合わせ、2人ともが死なないようにしてきた。


 でも、それは1人になれば、意味をなさない。

 彼らは完璧から最弱へと落ちる――――。


「最弱にしては頑張った方じゃないかしら……?」


 地面に落ちたにも関わらず、腕がなくなったのにも関わらず、まだ息がある紫ロング髪の少女。私が近づきしゃがみ込んで覗くと、血だまりの中で倒れ込む彼女は、左右に揺れる緑の瞳で見上げた。


「私の元の世界ではね、いじめっ子がどうなるか知ってる?」

「…………」

「ろくな人生を送らないの」

「…………」

「あるいじめっ子は家庭は荒れてて、学校ではうまくいかない。親が怒鳴り散らす家に居場所はなく、夜は出歩く」

「…………」

「あるいじめっ子は精神コントロールが下手くそ。もちろん、集団生活を強いられる社会で生きていけない。上司に目をつけられ、同僚からはヤバい人間認定される」

「…………」

「最近だといじめをした時点で暴行罪とかになって、捕まる人もいたわねぇ」

「…………」

「ああ………ごくたまに何事もなく成長して普通の社会人をしていた人もいたけど、その人もいじめられていた子から殺されたりすることもあったみたいね。ま、復讐よね。でも、それはそのいじめられた子も捕まるのだけど……………」

 

 ここには警察はいない。ろくな法律もない。今の私がたとえ人を殺そうと、法律で縛れるほどの力がある人間も物理で抑え込む人間もいない。


「はぁ…………この世界でよかったわ。いじめっ子あなたたちをちゃんと自分の手で罰せられるもの」  


 そう。ここは異世界――――なんだってありなのよ。


「あんたたちをこのまま生かしてたら、きっとどうしようもない人生を送っていたんでしょうね。あ、ろくな人生を送らずに済んでよかったわね。私に感謝してちょうだい」

「ハッ……それ、なら………あん、たもろくな最期、に………な、らない………」

「ふふふ、それがそうならないの」


 自分で作ったゲームに自力で勝ち、復讐相手を全員殺し、戦争に勝ち。

 そして、彼に――――。


「ケヴィン…………」


 死に際に立つカフカは弟の名前を呼んだ。

 だけど、何もかえってこない。

 「カフカ」と呼ぶ彼の声はない。


「ケヴィン、私たちまだ夢を……………………」


 緑の瞳はそっと静かに涙を流す。

 

 夢をまだ終えていないと、まだ叶えていないと、遠くなっていく今世を望みながら、瞳のハイライトを失って、息を引き取った。


「ばいばい、クソガキ1号」


 いじめっ子に最後の挨拶をして、私は立ち上がる。


 これで双子討伐完了。

 ケヴィンには死とは別の意味で追い詰められはしたけど、でも倒せた。


 ただ引っかかるのはケヴィンが魔法を使えたこと。この第2ラウンドでは魔法を禁じてる。いくら全身から魔力をかき集めても、魔法展開などできやしない。


 なのに、使えた………………。


 ゲームを構築している魔法を解析され、尚且つ編集されたいじられたとしたら、このデスゲーム自体無くすことだって可能。それが双子にできたのなら、とっくに2人はゲームを壊すか、もしくはルール変更を行っていたはず。


 それはできていない。数発の魔法しか使えていない。

 なら、何者かが双子に手を貸した?


「一体誰が…………?」


 答えを導こうとする度に、出てくる疑問。

 ナアマちゃんが裏切ることはない。

 絶対にありえない。


 裏切り――――その選択は自身の否定に等しいから。


「となると、誰かが魔法を使えるようにした……それは間違いない…………」

 

 ゲーム構築魔法の分析はナアマちゃんに任せているが、私からも探すことはできるはず。

 

 ――――ハッ、私たちのゲームを壊そうとするやつを許すものか。主導権は私たちものものだ。


 私たちのデスゲーム破壊者――犯人を見つける。

 それを脳内のタスクリストに入れて、私は次の鏡へと飛び込んだ。

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