第18話 チェックメイト

 目を覚ました直後。

 向けられていたのは1つの銃口と鋭い橙の瞳。


「これでお終いだ、アドヴィナ」


 轟々と燃える屋敷をバッグに、銃口を向けて私を見下すエイダン。


「………よく爆発の中、私たち生きていましたね」


 私は彼に話しかけながら、重くなってしまった上体を起こす。


 随分と手が黒く汚れていた。見れば、服は爆発の火の粉で一部は焼け、スカートは太ももはおろか下着が見えそうなくらい大胆に破けている。手元にあった銃は遠くに吹き飛んだのか、今はない。


「死にたくなければ、ゲームを止めろ」


 諦めの悪い彼もまた爆発でやられ、服はボロボロだった。頬には黒いすすがつき、手は切り傷だらけ。王子らしくない汚い姿ではあったが、彼の瞳は鋭く光っている。


「私がどうなろうと、ゲームはやめませんよ」


 その橙の瞳から目を逸らすことなく、私は笑って答えた。


 武器がない今、不利なのは私。

 エイダンがその気になれば、私は殺されてしまう。


 それでも彼が私を殺さないのは、円満にゲームを終わらせるため。もうこれ以上誰も死なせないため。


 それは無理だと何度も言っているにも関わらず、全く粘る男だわ。私に刃首を縦に振る気なんて微塵もないのに。


 まぁ、エイダンが私が殺せないのは、交渉だけが理由ではないだろう。ハンナの意見もあるし、なんせ私を殺したらその先がどうなるかが分からない。


 こちらはゲームだと説明しているが、それがもし嘘だとしたら?

 アドヴィナを殺すこと自体がトラップだとしたら?


 そう疑っているのはエイダンの目を見れば確か。私を殺せば、ゲーム参加者は全員死ぬというトラップが仕掛けられているとか思っているのだろう。

 

 まぁ、そんな小細工していないのだけれど。


「殺したければ、どうぞ殺してくださいな」

 

 ここで殺されるのなら、仕方あるまい。

 爆弾を使用される――その予想ができなかった私が悪い。


 正真正銘の負け――――。


「お前はそれでいいのか」

「ええ、負けたんですもの。死を受け入れますわ」


 その瞬間、なぜかエイダンの瞳が揺らいだ。

 橙の瞳が潤んだ気がした。


「――――」


 それを逃さなかった。一瞬だったけど、スローモーションに見えた。1秒もない瞬きの間に、私は後ろへ走り出す。


 パンっ! パンっ!


 発砲音が響き、髪やなびくスカートをかすめるが、私に当たることはない。チッとエイダンから舌打ちが聞こえた。


 燃える倉庫街とは別の、東の暗闇に向かって、カッカッカッと足音を響かせながら、全力ダッシュ。背後からはエイダンの射撃が、そして、別の個所からも弾が飛んでくる。


 いいわねぇ。大ピンチだけど、楽しいわ♡


 距離がありさえすれば、回避なんて楽勝。常人じゃない動きではあるだろうが、あの人の下で修業なんてしてしまえば、人間なんて容易く卒業できてしまう。


 それでも、倉庫街のこの港はもうダメだ。

 武器はないだろうし、遮蔽物も炎に包まれていく。

 私にはあまりにも不利な状況。


 タッタッタッと後から迫りくる足音。私はさらにスピードを上げ、弾を避け、向かい風が来る中を走り抜ける。


 潮風に煽られながら、走って、走って、走った先にあったのは、中世ヨーロッパに本来はない、多数のコンテナ。コンテナだらけのその場所は、現代の港を彷彿とさせた。

 

 ここは、中世の西洋の街並みばかりでは面白くないと思って作った現代日本の港。現代でもコンテナは整列したように綺麗に並べられるが、ここは複雑にコンテナを積み重ねられ、迷路が形成されていた。


 提案をしたのは私だが、作ったのはナアマちゃん。そのため、ここがどんな地図になっているのか、私は知らない。まぁ、武器は落ちているだろうし、なくとも最悪エイダンを撒くことはできるだろう。


 コンテナの迷路にエイダンよりも一足早く入り込み、駆け抜けていく。走って、曲がって、走って、曲がって――――――。


 弾切れを知らないのか、エイダンはひたすら撃ってくる。銃弾を全て交わし、交わしきれない時には途中で拾った鉄棒で弾く。


 それを何度か繰り返し、迷路の奥まで辿りついた。後ろにエイダンが見えないことを確認し、助走をつけて、上へとジャンプ。3つのコンテナが積まれたその上に行くと、ラッキーなことにアサルトライフルが落ちていた。


「殺してあげるわぁ」

「なっ」


 やってきたエイダンを見下ろし、銃口を向ける。

 私が武器を手に入れるとは思っていなかったのか、目を見開く。

 

 バ、バ、バ、バンっ――――。


 連続でトリガーを引いたが、命中0。

 エイダンは私の死角へと逃げた。


「もう~、隠れちゃったら、当たらないじゃないですかぁ」


 彼がいる場所へとジャンプし、地上へ降り立つ。しかし、そこに彼の姿はなく、こちらの声の反響具合で感づいたのか、逃げられていた。


 さすがの回避能力ね。何度か寝込みを襲われたことだけあるわ。


 エイダンは寝込みに襲撃を受け、死にかけになったこともあった。それ以来、寝ている間に敵が来ても即座に起きれるように練習したと聞く。王族も何かと大変だったようだ。


 爆発場所へと戻る道を走っていると、前方にエイダンの背中を見つけた。


「ど~こに行くのぉ~!?」


 彼を追いかけ、彼の頭を狙って、撃つファイア。が、回避能力が化け物なのか、避けられる。


 でも、これで形勢逆転。


 定期的に撃ってくるエイダンの発砲数は格段に減り、弾切れまでそうリミットは遠くない。一方、帰り途中でマガジンを見つけた私は、弾数をそこまで気にする必要はない。銃声と足音が響く暗い迷路を、スキップで駆けていく。


「このッ!! 狂った女がァ!!」


 曲がり角の先からエイダンの叫び声が聞こえてくる。


 うふふ、追い詰められているわね。

 いい感じだわ♡


 私は心中エイダンに関心しつつ、一歩ずつ進んでいき、迫っていく。だが、突如彼の足音が消え、立ち止まった。


 ん? 立ち止まったのかしら?

 ――――――――いや、違うわね。


 きっとあの角で待ち伏せている。

 なら、こっちもやってやろうじゃない――――。


 靴を脱ぎ、片方だけを手に持つ。そして、身をかがめ、地面を這って角へと近づいていく。持っている靴で地面を叩き、スキップの音を出して、あたかも歩いて近づいているかのように思わせる。


「死ねっ!」


 私が来たと思ったのだろう―――彼が撃ったパンっと寂しい1つの銃声が響く。しかし、その弾は私に当たることはない。


「は?」


 足音はあるはずなのに、肝心の私の姿がない。

 困惑した彼の顔。私はそれを地面から見上げて、捕らえていた。


 周りにライトがなく暗闇。彼の顔ははっきりとは見えない。

 それでも私は左手の銃で彼の頭を狙う。


「殿下、それではさようなら」

「っは」


 下を見て、彼が気づいた時はもう遅く。


 パンっ――――。


 目を合わせた頃には私のトリガーは引かれていた。放たれた弾は彼の顎下へ辺り、脳を貫く。血しぶきが綺麗に空に舞った。


「バカね。待ち構えている敵に、私が普通に歩いて行くわけがないじゃない」


 こんな簡単にエイダンを殺れると思っていなかった………所詮彼もここまでだったということ。とっても残念だけど。


 魂を失った彼の体は前に倒れてくる。

 それを避けて、私は横に転がり、回避。


「あら~?」


 バタリと私の隣に倒れた死体。

 だが、その死体はエイダンではなかった。知っている顔だが、あの憎たらしいオレンジ髪ではなく、ただのモブ男。


「へぇ………やるじゃない」


 自分の囮として、今は死体となってしまったこの男とチェンジ。いつ入れ替わったのか知らないが、いい作戦ではある。

 

 でも、自分自身を苦しめる作戦でもあるわね………。


 あとどれだけ仲間囮のストックがあるのか知らないが、エイダンが彼に殺しを命じたのも同然。あの歪みきった正義感を持つ男のことだ。きっと罪悪感に苛まれているに違いない。


「それにしても、あのクソ王子。どこに逃げたのかしら?」


 立ち上がった私はリロードし直したアサルトライフルを手に、星空の下の迷路を駆けだした。




 ★★★★★★★★




 どこからともなく『残り1人でゲーム終了です』というナアマちゃんのアナウンスが響く。

 具体的な時間は把握できない。

 だけど、残り時間が少ないのは確実。


 全神経を集中させ、エイダンの応援としてコンテナ迷路に侵入していた人間の足音を察知。


 その人間たちを片っ端から襲い、殺し、弾を奪う。

 だが、屠った全員がモブキャラみたいなやつばかり。

 メインキャラやサブキャラはいなかった。

 多分、エイダン以外のメンツは、ハンナに止められているのだろう。


 そうして、雑魚みたいな子たちを倒して、殺していくと。

 

「やっと見つけた」


 上を走っている最中に、地上にいたエイダンを見つけた。彼もこちらに気づき、素早くコンテナの影へ姿を隠す。


 音を鳴らすことなく、エイダンの頭上を見下ろせそうなコンテナへ移動。そして、空中へ一歩踏み出し。


「でーんかぁ! 遊びましょぉっ!」


 彼の元へ落ちていく。こちらを見上げるエイダンに銃を向けられるが、私は豪快に蹴り飛ばし、同時にアサルトライフルを発砲。だが、彼も反射神経が化け物並みによく、頭を狙った弾を、さらりと首を避けた。


「くっ」


 私はエイダンに足を掴まれ、振り回されて、投げられる。その先にはコンテナの壁。


 このままだと、ぶつかるけれど――――。

 

 なんとかくるりと体を丸めて回転し、コンテナの壁を蹴って、衝突を回避。着地前に、銃を取り戻そうと走るエイダンに向かって、連射。銃声がリズムよく響いた。


 猫のようにすばしっこい彼は腰を下げ、走る。一定のリズムで走らず、尚且つ上下に揺られ、照準が会わない。動きが読めずらかった。


 コンテナの隅に落ちたエイダンの銃。取らせまいとこちらも狙撃しながら走り出す。エイダンに体を振り回され、吹き飛ばされたことにより、彼よりも銃の近くにいた私は、一足早く到着。銃を足で踏んで抑え込む。


 これでエイダンには武器無し。

 後は走ってくるエイダンに弾丸を撃ちこむだけ。


 これでチェックだ――――――――。


「ア゛アァ――――!!」


 だが、エイダンはまだ走る。近づけば、近づくほどこちらの命中率が上がるのは確実なのに、彼は全力の雄叫びを上げながら、足を止めずダッシュ。


「やれるのならァ!! やってみろォ――――!!」


 完全にレイジモード。

 だけど、冷静にも私の弾を避ける。

 1つだけ頬をかすめたが、それだけ。


「ア゛アァ――――!!」


 振りかぶったエイダンの拳が、左から私の手とアサルトライフルに襲い掛かる。


「っ――――」


 ライフルは横へ吹き飛び、左手に激痛が襲った。

 でも、痛みを気にする暇などない。落ちていくライフルを拾うと手を伸ばす。


 しかし、エイダンの手も伸びていて。彼は私の足元にある銃ではなく、落ちていくアサルトライフルに手を伸ばしていた。自分の武器ではなく、最初から私の武器を狙っていた。

 

 私は即座に作戦変更。足で踏みつけていた拳銃を取り、左手に構える。

 そして、彼の頭に照準を合わせた。


「――――――チェックメイト」


 これで、エイダンの人生は、お・し・ま・い♡

 


 ………と言ってしまいたかったが。


 エイダンの右手のアサルトライフル。

 銃口は私に向いていた。


 濛々と燃える炎を宿す橙の瞳。

 その瞳は真っすぐで、はっきりと分かった。

 

 ――――彼は本気で私を殺しにかかってきている、と。


「これでは相打ちですね」

「…………ああ」


 まるで自分が死んでもいい、と言っているような端的な返事。 

 

 私から奪い、エイダンの武器となったアサルトライフル。そちらの残数は残り1発。対して、こちらはおそらく4発前後。


 1発をエイダンの弾避けに使い、2発目で命中させれば、彼を仕留められる。つまり、彼が再装填した頃には、あの世行き。こんな相打ち同然の状況になっても、私は死なない。


 死んでいくのはエイダン。あなただけ――――。


「さようなら、殿下」


 そして、トリガーを引いた瞬間。


 ビッ――――!!!!


 街中に鳴り響いたのは電子音のサイレン。ゲーム開始時と同じもので、終了を知らせる合図だった。


「あらら? あらららぁー?」


 エイダンに向かって放たれた弾は命中する前に消滅。拳銃も寿命を終えたかのように灰になって消えていった。


 ええ~? うそぉ――ん。

 これで終わり?

 あともう少しで殺せたのにぃ~。

 悔しぃ――――。


 手元で灰となって散っていく銃たちを悲し気に見送る。熱い視線を感じ、私は顔を上げた。


 ――――――私のライバル、エイダン・フレイムロード。


 彼は今にも噛みつきそうなぐらい、きつくこちらを睨んでいた。彼も私を殺せなくて苛立っているのだろう。そんな彼を煽るように、下瞼を指で引っ張りべーと舌を出して見せる。すると、彼の口角はぴくつき、眉間にギュッとしわが寄った。


 ………………うふふ、反応が分かりやすくて、面白いわ。


「殿下、次のラウンドを楽しみにしていてくださいな」

「…………」

「絶対に殺してあげますわ♡」


 そうして、最大のターゲットが殺せず不完全燃焼――――第1ラウンドは悔しさと残念でいっぱいで、「次こそ殺せる」と次のラウンドに思わず期待してしまう、そんな終わり方を迎えた。




 ――――――


 これで第1ラウンド終了です。1話インターバル(※間話ではなく、本編です)を挟み、第2ラウンドは20話から開始します。

 明日も2話更新です。第19話は7時頃更新します。よろしくお願いいたします。

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