第27話 タコパ
女子の裸を見た――――それだけでも罪である。
さらには私の大切なものまで奪った。
奪っていいのは命であり、それも奪う側は私。
あんたは奪う側じゃない――――。
「主催者様もいい
私の胸を見てか、卑しい目を浮かべ、ケラケラと笑うタコ。変態の声がさらに私の怒りを増大させる。
通常のタコと同じであれば、胴体の頂点に2つのエラ心臓とメインの心臓がある。要するに、タコの頭っぽいところを切れば殺せる。
「絶対に愛でてやるからなァ――――」
私がレイジモードになっていることも知らずに、ぬめぬめとした粘液を垂らし、執拗に私の足へ伸ばしてくる触手。
「クソタコ、邪魔するんじゃないわよ」
それをサイコロステーキ上に切り刻む。
「グアァッ――――!!」
切る度にタコは痛みを叫び、地鳴りが起きる。
「ハッ、大きいだけで防御力はないのね」
防御力だけじゃない。攻撃力も0と言っていいほど全くない。ただ
「うっひょっひょっ――!! 主催者様のぱいおついただきッ――!!」
切られながらも、私に触れる自信がよほどあるのか、喜びの声を上げる変態タコ。
「私の体に触るんじゃないわよ」
斬撃――――風を切り、タコの右目を切り裂く。その瞬間、吹きあがる青の血。同時に女子に絡まる触手の拘束が緩み、そのまま切断。女子もついでにぶった切った。
「グアァッ――――!!」
地面に落ちた触手はまるでトカゲの尻尾のように、ジタバタと1人暴れる。ついには動かしていない触手も切ってあげて。
「何すんっだッ――!! クソアマッ――!!」
タコを追いつめる。だが、私は途中で手を止め、1つの問いをタコに投げかけた。
「ねぇ、変態。あんたの名前は?」
顔が分からない以上、誰か分からない。もしかしたら、
「オレ? オレはジェス・カーター」
「……………は? あんたが? 嘘でしょ?」
ジェス・カーターって至ってごく普通の学生だったような……………。
いや、普通ではないか。変態とは正反対、優等生扱いを受けている子で、私以外の誰に対しても優しい対応をする男子だったはず……………。
「それが本性なの? いつもこんな性犯罪みたいな変態行為をしたいって願ってたの?」
そう問うと、タコはにちゃぁといやらしく瞳を細め笑う。
「そうさァ……俺の頭ン中ではいつも女子が恥じらい、濡らしている所を想像していたんだよォ………」
うわぁ……………。
あまりのヤバさに私は絶句。優等生ジェス・カーターのイメージが一気に崩れた。
「でも、しちゃァならねェって理性で押さえていたんだがなァ……………それが今日! 現実になっちまったァ! 我慢なんて必要なくなったァッ!」
タコは切った触手を再生、元どおりに生やして、その手を空高く上げ。
「俺の手で、女子全員鳴かせてやるよォ!!」
声高らかに宣言する。
コイツ、デスゲーム関係なしに死んでおくべき人間だわ。人間として終わっている。ケヴィン以上に外道で究極の変態だ。
「アハハッ! 主催者様には感謝してもしつくせないぜェ」
「そう。じゃ、世界のためにも殺すわね」
こいつは何が何でも生き残ってはいけない。
第3ラウンドにも絶対行かせない。
靴を溶かされた今、私は裸足で地面を蹴り上げ、ジャンプ。
「くんなッ――!! 俺の夢はこれからなんだよォ――――!!」
四方八方から襲いかかってくる触手たち。
でも、遅い……遅すぎる。
それを全て対処、切って、残骸をプールへと吹き飛ばす。いくら触手で私を捕えようとしても、無駄なのが分かったのだろう。襲った女子が持っていた槍を取ると、私の体に向かって薙ぎ払う。
――――ハッ、全部遅いわ。
全てがスローに見える、そう思わせるぐらいに遅い。
まだカフカの方が早かったわよ?
図体が大きいから、トロいのかしら――――?
「こ、この女子が死んでもいいのかッ――――!!」
武器を持ったところで意味がない、それもようやく察したタコはずっと掴んでいた女子を私の前に差し出す。粘液だらけの触手は、裸の女の子をきつく縛り、さらにきつく握っていく。
「や、やめて……し、死にたく、ないっ……………」
涙しながら必死に訴える彼女。私を殺さないで、私を助けて、と潤ませる涙目でアピール。
だが、私に懇願したところで意味がない。
生きたいのなら、戦え。
生きたいのなら、捕まるな。
やられた者が死んでいくのは当たり前なのよ。
「ええ、構わないわ」
変態タコの脅しに、私はニコリと優しく微笑み頷く。
私はどの道殺す。プレイヤーじゃないのなら、殺していないかもしれないけど、あの子はNPCでもなんでもない。ただのプレイヤー。
なら、殺さない理由なんてないわよね?
プレイヤー全員殺す気でいるんだし。
にひっと笑うと、タコの瞳がカッと見開く。
彼が冷や汗をかいているのは明確だった。
「じゃ、さようなら」
刹那――――女の子を切り、一緒に触手も切り、別の太い触手の上を飛び移って、タコの頭に向かって全力疾走。
「おっと!」
つるりと粘液で滑りそうになるが、他の職種に飛び移り、立て直した。
「全く、プレイヤーに変態いすぎじゃない?」
セイレーンといい、ゼフィールといい、ケヴィンといい、変態男が乱立し過ぎる。別に中身が変態であってもいいけど、それを外に出すのは違う。他人に迷惑をかけるのは絶対に違う。
「そんなに気持ちよくなりたいのなら、1人で勝手になってなさいな――」
踏み出し、空高く飛ぶ。
月明かりで見える遠くの水平線。
船全体が見渡せるほど、飛んでいた。
振り上げる日本刀が狙うのはタコの頭。
頂点まで上がると落下、両手で握りしめる銀の刀が月明かりでギラリと光らせ。
「じゃあね☆」
「グアァッ――――!!」
頭頂から垂直に切り込んだ。
青の血が四方八方に飛び、顔に直撃。
でも、そんなことは気にせずに。
「くたばれッ――――!! 変態ッ――――!!」
地面まで切り込むと、半分に分かれたタコは横へと倒れ。
「ふぅ……………倒せた、倒せた」
2つに分かれたタコの間に着地。見ると、青の血だまりにはタコの残骸とついでに切った女子の3人の死体。
そして、全裸の私………まさにカオスな状況。
部外者が見れば、恐らく地獄絵図。
「はぁ、さっきは動いてたから暑かったけど、止まったら寒いわね……」
潮風が吹き、濡れている体が冷え思わず身震いをしてしまう。何か服が欲しいところだけど……………。
「でも、この状態で服を探すのはね………」
近くに服屋らしいものはない。だが、鏡に入って別の場所で服を探している最中に、誰かにエンカウントしてこの姿を見られるのは嫌。
……………うーん、仕方ない。
彼を呼ぶことにしよう。
「セイえもーんッ!!」
えもーん、えもーん、もーん、ん、ん…………。
船上にエコーがかかった叫びが響く。
「はぁーい、セイえもんでーす」
その返事は先ほどと同じように、呼んで1分も満たなかった。10秒もかかっていない――まるで近くにいたかのような速さ。
「変な呼び方なのに、よく分かったわね」
「うん、まぁなんとなく呼ばれたような気がしてねー」
極力肌を見られないように、タコの体の影に隠れ向こう側にいるであろう彼に話しかける。
「ねぇ、あなたのパーカーちょうだい」
「僕の? …………あぁ、服がないんだねー」
「そうよ。だから、さっさとこっちに投げて」
「りょーかぁーい」
彼の返事があった後、空から飛んできたのはセイレーンの白のパーカー。先ほどまできていたせいか少し温かみがあり、花の香りがした。彼の服を着るのは不服だけど仕方がない。
一旦プールに入って汚れを落とし、パーカーを着て、セイレーンのところへ出ると、彼はなぜか嬉しそうに笑っていた。
「うふふ、なんか彼シャツみたいだねー」
「どこでそんな言葉覚えてきたのよ」
「誰かが言ってたのを聞いた気がするー。誰だったかなー。女神だったかなー。うーん、よく覚えてないよー………」
「あっそ」
「それで、アドヴィナは新しい服が欲しいんだよねー? 僕が服を探してくるから、君は待っててよ~」
「話が早いわね。よろしく」
「はぁーい」
そうして、数分後――――。
セイレーンは約束通り、服を持ってきた。私の希望通り、今まで誰も触れていないであろう新品のもの。そこは褒めてあげてもいいだろう。
「…………………ねぇ、ふざけてるの?」
だが、私からこぼれていたのは正気か問う言葉。
しかし、服を持ってきた当人は真顔で。
「え、ふざけてないよ?」
と大真面目に答えていた。
………いや、絶対ふざけてる。
他にもっといい服があったでしょうに。
彼が持ってきたのは、布の面積は少ないバニー服と黒のハイヒール、そしてうさ耳のカチューシャ。
これを来て戦え? バカなの?
ソシャゲのイベントじゃあるまいし。
まだパーカーのままの方がいい。
だが、セイレーンが探し直してくる様子もなく、むしろ私に着てほしそうに「ほらほら、絶対に合うよー」と勧めてくる始末。自分で服を探してきてもいいが………もう面倒だ。仕方なく私はセイレーンが持ってきた服を受け取り、誰もいない場所で着替えた。
ここはポジティブに考えよう。
布が少ない分動きやすい。
それに、この格好であれば、あの人に楽しんでもらえるかもしれない。はぁーあ。全く、
「それで? 服のためだけに僕を呼んだんじゃないよねぇ?」
こちらの意図を察しているのか、コトンと首を傾げて三つ編みを揺らすセイレーン。
「ええ、もちろん。あなたと一緒にたこ焼きパーティーでもしようかと思って」
「…………………………タコ焼き?」
「料理よ。タコ料理」
「タコ料理? え、今からご飯を食べるのー?」
「ええ」
「え、それだけ?」
「ええ、それだけよ」
意外だったのか、ポカーンと口を開けるセイレーン。珍しく間抜けな顔をしていた。
「……へぇ、服とご飯のためだけに呼び出すって、君ほんと面白いねー」
「暇人を誘っただけよ」
「それはどうもありがとう。でも、ご飯する相手はエイダンとかじゃなくってよかったのー? 多分、今の彼、暇だよ」
「…………」
エイダンを呼び出したところで、こっちに来てくれるはずがない。それを分かっているくせに、いたずらな笑みを浮かべて言ってくる
どうせ彼と食べたってタコ焼きが不味くなるだけ。不味くさせるなんてこと、タコ焼きにさせたくない。
「それで? 食べるの? 食べないの?」
「もちろん、いただくよ―」
そうして、私たちはバーのキッチンから偶然見つけたタコ焼き器を、プールの中央へ持って行く。
「アドヴィナ様、材料をお持ちいたしました」
「ありがと、ナアマちゃん」
さすがにタコ以外の材料はなかったので、タコ焼きの原液、かつお節、青のり、ナアマちゃん特製のマヨネーズとたこ焼きソースを、彼女に持ってきてもらった。
私とセイレーン、ナアマちゃんでたこ焼きを囲み、倒したタコを切って作っていく。
響くのはじゅっーというジューシーな音。
食欲をそそるいい香りがプール一体に漂う。
うーん、いい香り。
日本食なんて久しぶりだわ……。
「1人で食べるってことはしないんだねぇ」
「ええ、この量1人じゃ無理よ。食べきれないもの」
「別に食べ残してもいいじゃない?」
「それはもったいないわ。折角倒してあげたんだし、食べてあげないと」
2人でも無理な気がするけど、他の食べてくれるメンツはいない。でも、残したらもったいないし………。
――――そうして、待つこと数分。
ようやくできたタコ焼きをお皿にわけ、ソースとマヨネーズをかけ、最後に青のりとかつお節をのせる。
「はい、できたわよ」
「ありがとー」
初めてのものには目がないセイレーン。
キラキラと目を輝かせる彼に、完成品を渡す。
「あっふっ!」
まだ出来立てで熱々のタコ焼き。
セイレーンはそれをすぐに口に入れたためか、口をパクパクさせ、中でたこ焼きを転がしていた。2個目は学習し、ふぅーふぅーと吹きかけて冷してから口に入れる。
「ぉおー、美味しいー、人間の味がしないー」
「当たり前でしょ。タコなんだから」
「タコと言っても、元人間じゃーん」
「今はタコには変わりないわ」
と反論しながら、私もたこ焼きを1つ食べる。
口に入れた瞬間、かつお節の香りが広がり、コクのあるソースの味でいっぱいになる。噛んでいくと、コリコリとしたタコさんを見つける。
うーん、美味しいわ…………。
タコは元々人間だったもの。でも、今はタコに変わりない。ええ、正真正銘のタコ。女子をいじめていた厄介物のタコなんだし、人間様に食べてもらえることに感謝してもらわないと。
「うぅ………僕、もうお腹いっぱいぃ………」
「私も、ギブ…………」
食べるだけ食べたのだが、案の定残ってしまうタコの足。山になってるし、多分100人分以上はあると思う。でも、ゔぅ………もう食べれないわ……………。
「ねぇ、ナアマちゃん」
「はい、アドヴィナ」
虚空から現れたのはメイドナアマちゃん。ゲーム管理をしながらも、呼びかけには応答し、颯爽と現れてくれる――――ほんとに頼もしい子ね。
「このタコ、後で全員でタコ焼きパーティするから取っておいてくれる?」
「了解いたしました」
傷めないようにするため、巨大タコを加工処理してもらう――――普通なら無理難題。だけど、ナアマちゃんは有能。何だってしてくれるし、文句一つこぼすことはない。
「このようなパックに詰めても大丈夫でしょうか?」
「ええ、ありがとう」
「失礼いたします」と頭を下げ、彼女は虚空へと消えた。
ゲーム中にゲームマスターがプレイヤーに手を貸すなど、あってはならない。ルール違反である。でも、タコのことは別にゲームと関係ない。タコはプレイヤーの体であったもの。
ゲーム設定に干渉しているわけではないので、ルール違反でもチートでもない。問題ナッシング。みんなも食べたいものがあれば、ナアマちゃんに頼んでもOKと伝えてある。
……………まぁ、ナアマちゃんに聞いたら、今の所誰も頼んでいないと言っていたし、みんな警戒してるのだろう。
「じゃあ、セイレーン。この焼いた分は全部食べるわよ」
「えぇ~、入らないよぉ。アドヴィナが食べてぇ」
「…………」
……………仕方ない。
私が始めたことだ。ご飯を残すなんて、元日本人としてやってはいけない。残ったたこ焼きを爪楊枝でつまみ、何とか口に入れる。
そういえば、あの人に日本食を作ってあげたことがなかったなぁ。私が作ったら、あの人も食べてくれるのだろうか。美味しいと言ってくれるだろうか……………。
星空の下、最後のたこ焼きを堪能しながら、私はここにはいない彼のことを思っていた。
――――――
第2ラウンド折り返し地点まで参りました。
第28話は12時頃更新します。よろしくお願いいたします。
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