第3ラウンド

第36話 諜報員

「はぁ…………やっとだよ………」


 急いだせいか、乱れる息。

 だが、彼の息などアドヴィナはおろか、ナアマさえ把握していない。


 ずっと悟られないように、バレないように、身を隠してた少年。そして、第3ラウンドの会場に移動してようやく見つけた目標ターゲット


 呼吸を落ち着かせると、少年は空を見上げ、それを確認する。目の前にあるのは少年の世界では見たことのない巨大なビル。


 少年はその一室を注視し、標的を捕える。

 普通の瞳では部屋の内装など見えない。

 少年も今の今まで確認することができなかった。

 だが、今は彼の探していた物を、者を見つけた。


「待っててね。ハンナちゃん――――」


 近くにはいない彼女を思い、小さくこぼして、少年は走り出した。




 ★★★★★★★★




 第3ラウンド会場――――東京。

 厳密にいえば、サイバーパンク風の東京23区。


 近未来感が増した建造物が乱立するそこは、夜であることもあってか、色とりどりのネオンの街が美しい。建物の合間合間にある紅葉の木々も趣深かった。


「こういうのも悪くないわね…………」


 舞い散る楓の葉を1枚手に取り、私は小さく呟く。


 現在、私がいるのは東京新宿歌舞伎町――――ネオンが一番似合う街だった。夜であれば、ホストやキャバ嬢、その客たちがいそうなものだが、誰1人として見当たらない。静かに煌々と街を照らすライトに対して、閑散としていた。


 ここも人がいなければ、綺麗なのね。


 学生の頃は危ないから、近寄ってはいけないと親によく言われたものだ。でも、危険なのは人がいたせい。人がいなければ、危険も何もない。


 いい人が集まっていれば、きっと平穏なんでしょうけど。


 あそこは社会のしわ寄せが集まった場所だった。ホストやキャバ嬢の中にもいい人はいるだろうし、やむを得なく職に就いた人だっていることだろう。


 でも、みんなが望み通りに生きる世界なんて、無理な話よね。


 みんなの望みが叶う世界なんて、おとぎ話で。

 全員が幸せになる世界なんて、フィクションの中にしかなくって。

 本物の幸せなど手に入れる人など、誰1人いない。


 不幸に目を逸らしながら、社会の不都合を無視しながら、それでようやく偽物の幸せができる。いつだって幸せはきっと誰かの望みを踏みにじった先にあるのだろう。


 ならば、他人など気にしない。私は私の幸せを手に入れる。この戦争デスゲームで勝って、彼との幸せを手に入れる。


 遠くで鳴り響くのはブザー音。エコーがかかり、波のように響いていく――――第3ラウンドの開始合図だった。


 今回、第3ラウンドのルールは、これまでのものとは大きく異なる。


 まず、1つ目は魔法使用可能であること。武器が配布されない代わりに、プレイヤー全員が魔法を使える。魔力量及び魔力技術は、本来の能力と変化はなし、そのままだ。


 私を除く主要メンツだと、魔法技術はエイダン、ベン、ハンナ、カイロスの順で高い。エイダンは対厄災とも張り合える怪物なので、これまでの戦いとは違ってくるだろう。


 場合によっては、会場が更地になりかねないかもね。


 2つ目は、死亡条件が“コアの破壊”であること。

 プレイヤーは初めの時点で3つのコアを所有している。


 魔法で浮かせてもOK。

 魔法で守ってもOK。

 自分の半径5m以内にあればOK。


 コアはダイヤモンドカットの宝石であり、形の改造はできないが、色の変更が可能。好きな色に変えるのは自由だ。


 また、サイバーパンク風のこの東京もどきの場所には、水着は似合わないので、第3ラウンドの移動とともに衣装は変えさせてもらった。


 第3ラウンドの服も可愛いわね………。


 私は大きな黒リボンがついたモダン的なカチューシャを頭につけ、近未来的なデザインの白ワンピースを着ていた。下には横にビビットな赤のラインが入る、膝下まである黒のブーツを履いている。


 そして、手には星型十二面体の魔法石が浮遊する魔法の大杖。魔法石の周りには2つの環が回っていた。


 これ、今回のために新調した大杖なのよね。試しには使ったことがあるけど、それ以外では使ってない。テンション上がるわね。


「第3ラウンドが無事に始まってくれたのはいいのだけど………」

 

 現時点ではまだ天使を見つけていないこと。それが気がかりだ。

 

 彼(or彼女)は、第1ラウンドでは人間をサイボーグへと改変、第2ラウンドで魔法使用を可能にしていた。犯人の正体は分かったけど、“その犯人は誰なのか”という肝心なところが不明。


 それにアイツ――レイモンドも見つかっていない。


 卒業パーティーで彼の姿を確認しているし、婚約破棄の時だって後ろではあったが、攻略対象者の集団の中にいた。レイモンド=天使は、乗っ取りじゃない限りまずありえない。天使とレイモンドは………あまりにも折り合いが悪すぎる。


「だって、あの子は――――」


 と呟いた瞬間。


『アドヴィナ様…………』


 頭に響いた少女の声。


『助けてください。管制室に侵入者が現れました………………』


 それは助けを求めるナアマちゃんの声だった。




★★★★★★★★




「――――」


 落ち着け、私。

 こんな異常事態も考えられたはずだ………。


 ナアマの背後に、プレイヤーたちを映すモニターとその部屋から展望できる東京の景色。一面の壁がガラスとなっていたその部屋は、東京を一望でき、煌めく街の光は星々以上の光を放っていた。


 モニター画面には赤髪の少年が派手な戦いを繰り広げる………そんな気になる映像が映っていたが、今はそれどころではない。


「…………」


 逃げ道が塞がれ、行き場を失くしたナアマ。気づけば、彼女の体はデスクにぶつかり、後ろに下がることはできなくなっていた。


「どうもゲームマスター代理者さん」


 プレイヤーの出入りが禁止されている管制室入り口。

 そこには1人の男が立っていた。


 分かっていたはずだった。

 第1ラウンドの時点で彼がいないと気づいていた。


 だからこそ、アドヴィナから彼の情報を聞かされていた。ピンク色の派手な頭は目立って仕方がない。彼女が見逃すはずなどなかった。


 しかし、信じられないことに、目の前にその男がいる。


「レイモンド・スナイデルス…………」

「おぉ、僕の名前知ってるんだ?」


 サラサラの桃色短髪を揺らす、乙女ゲーム攻略対象者レイモンド・スナイデルス。

 

 ナアマが名前を呼ぶと、彼はニコリと笑顔を見せた。だが、彼の笑みに無邪気さはない。企みを隠す薄っぺらい笑みだった。

 

 彼は今までどこにいた――――?


 そんなナアマの疑問に、レイモンドは察したのか、からからと笑いながら答える。


「どこにいたかって? ずっと僕はゲーム会場にいたさ」

「…………」

「いなかったって? ああ、それは君たちが認識していなかっただけだね」

「…………あなたは天使の力でも借りたのですか?」

「天使? いやいや、天使様には頼ってないよ。もちろん、自力だよ?」

「…………」


 自力など無理だ。不可能に等しい。

 ナアマたちの方術の改変に、どれだけの魔力リソースを必要するのか。


 ―――1トンの魔法石があったとしても足らないのに。


 術式を組むのにもかなりの時間と魔力を要している。

 それはナアマたちであったからできただけ。

 1人の人間だけではまず成し遂げれない。


 天使ならナアマたちの術式の編集、改変は難しくはない。が、今回は次元が違う。


 それをこの1人の男がした? 

 そんなまさか――――………。


「ハンナちゃんを助けるのは、もちろんするのだけど………」


 得体の知れない男だ。そう確信し、ナアマは警戒を高め、頭をフル回転させる。こいつを今すぐに、捕縛しなければ―――………。


「でも、僕って諜報員スパイだからさ。お仕事があるんだよね」

「あなた、何者ですか…………」


 普通の人間ではない。

 そう確信したナアマはその問いを口にしていた。


 レイモンドはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにニコリと笑い、パチンと指を鳴らす。

その瞬間、眩しいほどの光が彼から放たれ、ナアマは思わず目をつぶる。


 すぐに瞼を開くと………。


「その耳は………」


 先ほどのレイモンドの耳は人間の耳そのもの。そら豆のような形の楕円みたいな耳だった。だが、今は横に伸びた耳へ変化。


 細く先の尖ったもので、その耳はある種族に特徴的な耳で――――。


「君たちの破滅を望むエルフって言えば分かるかな?」


 その姿こそ、本来のレイモンドの姿だった――――。

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