第33話 邪魔な人
メインダイニングからの鏡を抜けた先。
「っ!!」
そこで待ち構えていたのは1つの大剣。顔の真正面から刃が襲いかかってきた。おそらく最初の一手で、のこのこやってきた敵を屠ろうとしていたのだろう。
「面白い歓迎をしてくれるじゃないの――――」
だが、時間が止まったように、全ての動きがスロー。目の前でギラリと光る剣先を、私はしっかりととらえていた。一応警戒していたのが幸いしていた。
それでも、間一髪でしゃがみ込み回避、同時に剣の持ち主の足を引っかける。そして、男の剣を避け、振り払い、そして、胸へ一刀入れた。
「っゔ、ガッ!!」
男を正面から切り倒し、鏡をようやく抜け出す。先に見えたのはどの客室よりも広い部屋。丸いベットには天蓋ついており、さらにベールのようにベッドを隠す白のレースカーテン。白で気品には溢れているが、いかがわしさを感じる。
また、その部屋では船首上からの景色――――海と夜空を一望できた。キングサイズのベッドの上には複数の人間。1人は私よりも小さな少女。彼女を囲うように、4人の男性がいた。
「あなたたち、デスゲーム中に何していたの?」
激しいスポーツでもしたかってぐらい随分と汗だく。だが、幸い水着は着ていた。まぁ、若干着崩れてはいるが………。
「ほんと、あなたって邪魔しかしないのね」
亜麻色髪の少女はどこか不機嫌そうに文句を零し、長い髪をなびかせながら、むくりと体を起こす。
「ええ、邪魔が私の仕事だから」
「フンッ、ほんとあなた、邪魔な人………いいところだったのに…………」
隣の男性に支えられながら座る彼女は、一見か弱そう。病弱にも見えた。だが、それは演技。男どもを騙すためのフリだ。
にしても、今の彼女には違和感があるわね――――。
「いつもと随分雰囲気が違うんじゃない? ぶりっ子ぶるのは止めたの?」
「そういうあなたこそ、バカをしてても王子が振り向かないってこと、ようやく気付いたのね。デスゲームなんて、おバカなあなたにしてはやるじゃない」
皮肉を込めて誉め言葉を言う少女。軽くウェーブのかかった亜麻色髪を持つ彼女の名前は、マリー・ビンガム。
乙女ゲームではプレイヤーの支援キャラとして活躍する、ハンナの親友ポジのキャラだ。攻略対象者にどうアプローチをすればいいのか、悪役令嬢への対処方法などレクチャーしてくれる。
だが、始めから友人というわけではない。
助けてもらった恩として、そして友人として、マリーはハンナの恋を手伝ってくれるというキューピッド的存在。おまけに複雑な魔法学だって丁寧に勉強も教えてくれる。
誰もが善人だと思うだろう。私も乙ゲーをプレイしていた頃は、マリーを聖人君子と思っていた。
――――でも、リアルは違う。
彼女の表向きの顔はいい。ハンナの視点からすれば、確かにマリーは超絶善人に見えた。だけど、実際は強欲さと大きな企みを隠すずる賢い女だった。
前世の記憶を思い出すまでのアドヴィナは、若干おバカだった。一方で、大学を卒業できていない前世の私だが、今は第2の人生ということもあって、頭は回る方。世間知らずとか空気が読めないとかはなかった。
だから、いつも柔らかな笑み浮かべ、ハンナをサポートするマリーが裏で何か企んでいると直感的に感じていた。
「よくも私の計画を台無しにしてくれたわね」
「計画って?」
マリーの言葉に問いを返すが、なんとなく想像はついていた。
「計画通りに進めれば、あなたもハンナも潰せたのに………王子も男も全部全部私のものになっていたのッ!!」
怒りのままに叫ぶマリー。彼女の眉間に皺ができ、オレンジの瞳を鋭くさせて私を睨みつける。
「全部手に入れれたはずなのに………あなたがデスゲームなんて開くから、私! 私――――ッ!」
絶叫するマリーから、突如感じる魔力の暴走。不思議と警戒しなかった。いや、警戒は解いていないが、予想できたこと。受け入れがたいことではなかった。
いつか来る――――その瞬間が今来た。
瞬きすれば、スイートルームの部屋からガラリと変わり、目前で広がっていたのはポップな世界。米国のアニメーションのような、不思議の国のようなカラフルな世界。いたるところにモフモフの愛らしい人形があり、カーテンも壁紙も全部ピンク。ファンシーな世界が生み出されていた。
ピンクだらけの世界を生み出した張本人――ベッド上の彼女は肩を震わせる。
「ウフフッ……………アハハッ!! アハハッ!!」
もうすでにマリーの精神は壊れていた。私が壊しに行く前に、もうハチャメチャになっていた。だが、周りにいる男性たちは動じない。マリーが絶対的存在のように、壊れようが彼女の意思が、命がある限り、全て従おうとしてるよう。
男性たちは彼女のベッドから離れ、床に膝をつき、彼女の指示を待つ。マリーは仰々しくベッドから下りた。
「ねぇ!! アドヴィナ!! どう!? 私の世界はどう!?」
興奮気味に話すマリー。彼女のオレンジの瞳は瞳孔が開きっぱなしだった。彼女は魔法を使った――――でも、天使の仕業ではない。
「ナアマちゃんには止めておいた方がいいって言われたけど、やっぱり入れてよかったわね」
世界が一転、スイートルームから目がチカチカするメルヘン世界に変わったのは魔法薬の作用。
『
『世界掌握』は自身の思い浮かべる世界を展開し、その世界にいる生き物全てに攻撃を行え、相手の防御効果も無効にする、最強ともいえる魔法だ。
魔法を禁止しているこのデスゲーム世界で、特例で異次元魔法が使える魔法薬を用意したいという私の案に対し、最初こそナアマちゃんは反対した。
私たちが設定しているデスゲーム世界とはいえ、『世界掌握』を使われてしまえば、形勢逆転が難しい。魔法展開者の絶対的領域となるのだ。
「でも、それを乗り越えてみたいのよね――――」
最高峰の魔法を使ったマリーはすでに人間を止めていた。ぶっ壊れた。ジーナの時もそうだったけど、壊れた人間と戦うのは私の闘争心が湧きたって仕方がない。戦闘狂であることは否定しない。
「アハハッ! さぁ、さぁ! 人形さんたちッ!! 私の
★★★★★★★★
世界はずっと私を中心に回っているのだと思っていた。お父様やお母様、お兄様、侍女たちみーんな、私に甘かった。好き放題できた。
でも、それは家の中だけ。
ビンガム家の外では違った。
身内以外の人間は、可愛い子には甘く、愛想のない子には厳しい。だから、私は可愛らしく優しい女でいた。善人に見えるように努めた。
恵まれた地位にいて、尚且つ親に甘やかされ続けたからであろう、公爵令嬢アドヴィナ・サクラメントは傍若無人で、自分を客観視できない残念な女だった。
当然、エイダンからも飽きられていた。勝手に潰れるのも時間次第、私が次期王妃になる日も遠くはないと思っていた。
――――――――ハンナが現れるまでは。
編入してすぐどういったきっかけがあったのか知らないが、気づけばハンナはエイダン王子と友人になっていた。私がエイダンと友人になるまで半年も要したのに、彼女は一瞬で彼を取り込んだ。
他の男たちも同じで、気づけば彼らの目はハンナを追いかけていた。彼らに囲まれて笑う彼女を見るたびに、憎悪が沸いた。
私はハンナは潰す――――そう決意し、彼女に近づいた。私はいじめを偽装し、彼女に助けてもらい、自然な流れで友人になった。
学園に途中編入してきただけあり、彼女の能力は私と比べて天との地の差があった。魔法技術においては天才だった。でも、能力があるだけ。ただそれだけ。何も知らない女。
ハンナは想像以上にチョロかった。正直、善人すぎて同情することもあった。人を疑うことを知らない、騙されるタイプの人間。
彼女と仲良くなるのは容易だった。少し話をしただけで友人になった時には、すぐに追い出せると直感した。
一方、エイダン王子はハンナといい雰囲気になっても、一向にアドヴィナとの婚約を捨てることはなかった。サクラメント家は公爵家の中でも権力を持つ。王家は恐らく公爵家の顔を窺って、エイダンを止めていたのだろう。
ま、そのうち婚約は止めて、ハンナと婚約し直すでしょうね。
その時にハンナを潰せば――――。
そんなある日。おバカな公爵令嬢アドヴィナが変わった。
今まで謝罪の『し』の字も知らなかっただろうに、彼女はハンナに対するいじめを認め、謝罪したのだ。最初こそ動揺したエイダンたちだが、心を改めた彼女を受け入れた。改心したのだと思ったのだろう。同時に、私の存在がかすみそうになった。
…………私が一番なのに。
…………私が一番かわいいのにっ。
…………私が一番努力してるのにっ!!
1回謝っただけで、簡単に許されるものなの?
善人で特別な才能があるからってだけで、ちやほやされるものなの?
…………………ああ。邪魔よ、邪魔。全員邪魔。
私が一番なんだから、私の邪魔をする人は――――。
「全員ッ! 全員消すのよッ――――――――!!」
――――――
次回で第2ラウンド終了です。よろしくお願いいたします。
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