第6話「とつげきアンテナショップ」
俺のバイト先のCDショップの近くに、テナントが全部出払ってしばらく経った4階建てのビルがある。ある日そのバイト先へ向かう途中、そのビルの前でチラシ配りをやっている男の人がいた。
「北は北海道から南は沖縄まで全国各地の名産品が大集合!『ビル丸ごとアンテナショップ!』あさっていよいよオープンでーす!」
地域の特産品が買えるアンテナショップ。俺も高校の頃部活の大会で名古屋に行った時、そこで岐阜のアンテナショップを見かけたことがある。
「お兄さん!ぜひ、よろしくお願いいたします!」
「あ、あ、はい。」
男の人から開店告知のチラシを渡された。そこには岐阜の五平餅はもちろんのこと、北海道のイクラから沖縄の紅芋タルトまで本当に全国各地の名産品を取り扱うことが書かれている。
(全国の名産品…か。)
真っ先に黒藤さんのことが頭をよぎった。地方のテレビ局からいろいろな地域のラーメンを知っている彼女の事だ。きっと各地の名産品のことも知っているに違いない。そう思って俺はバイト先へ向かった。
次の日の授業の空き時間。一人ベンチでうたた寝のしていた俺のもとに…
「あ、いたいた!斎藤君!斎藤くーん!」
黒藤さんが駆け寄ってきた。なんだか俺のことを探していた様子だ。
「ああびっくりした…どうしたのいきなり?」
黒藤さんは息を切らし気味な感じで話し始めた。
「聞いた?あのアンテナショップの話!」
俺は一瞬びっくりした。まさかバイト先の近くのあのアンテナショップの話なのか?
「それって、『ビル丸ごとアンテナショップ!』のこと?明日オープンするやつ。実は…」
俺は昨日呼び込みのお兄さんからもらったチラシを黒藤さんに見せた。
「それそれ!斎藤君もチラシ貰ってたの?」
黒藤さんはかなり喜んでいる様子だ。
「ああ。昨日バイトに行く途中に通りがかって…」
「マジ!?」
と言い、黒藤さんも同じチラシを見せた。どうやら俺の知らないタイミングで、大学の最寄り駅の近くにもチラシ配りの人が来ていたらしい。
「せっかくだからさ…」
黒藤さんははにかんだような口調で、こう続けた。
「明日、バイトないなら一緒に行こう!」
俺は突然黒藤さんからデートに誘われた。彼女はデートを意図していたかどうかはわからないが、これは明らかにデートだ。
しかし俺もチラシを受け取った身だし、明日バイトがないのというもの図星だ。
「ああ、いいけど。」
せっかくだ。俺もつきあってやることにした。
次の日の朝10時過ぎ。例のビルの側。
(お、来た来た。)
「おはよー!」
黒藤さんがこちらに駆けてくるのが見える。
「黒藤さん。おはよう。」
「じゃあ、早速一緒に行こ!」
黒藤さんに促されるまま一緒にビルに入る。アンテナショップのオープン初日。ビルの中の人出はそこそこというところだ。
中に入りフロアマップを確認する。
地下1階はレストラン。
1階が総合案内所と、新潟・茨城・山梨・長野・静岡。
2階が東北・北海道・そして岐阜
3階が富山・関西・三重・岡山・山口・四国。
4階には、長崎・福岡・大分・宮崎・沖縄のアンテナショップがそれぞれ入っている。
「本当にいろいろなところのアンテナショップが入ってるんだ。ねぇ黒藤さん。」
黒藤さんの方に目をやる俺。すると黒藤さんは…
「はぁぁぁぁぁぁ…」
彼女はフロアマップを見ながら目を輝かせていた。
「な、なに。ど、どうしたの…?」
戸惑いながら黒藤さんに話しかけると、黒藤さんは明らかにハイテンションな感じで俺に言ってきた。
「見て見て!大分と宮崎と沖縄のアンテナショップもある!!」
「はあ…黒藤さん大分と宮崎が好きなの?それか転校した友達がそこにいるとか?」
「違うよ~!大分と宮崎と沖縄はね、テレビが本当に面白いの!それでね…」
黒藤さんは大分と宮崎のテレビ事情について力説していた。
なんでも、大分県と宮崎県はテレビの編成がとても特別で、曜日や時間によって違う放送局の番組が同時放送されるんだという。ニュースも時間によってどこが作ったものをやるか決められているらしい。例えば24時間テレビは宮崎県では最初の30分近くを放送してローカルの内容を挟み、その後7時になったら4時間近くフジテレビ系の番組を同時放送し、夜の11時過ぎにまた合流するという形を取っているんだとか。日曜日の夕方もちびまる子ちゃんとサザエさんを優先して、それが終わった夜7時からラスト2時間を同時放送して終わるらしい。
そういえばスマスマが最終回を迎えた時、宮崎県の放送時間がネットニュースになったことがあったのを覚えている、
「テレビの話は分かった。じゃあさ、まず早速4階に行ってみようよ。」
「ほんと?トップバッターで、やったー斎藤君ホントありがとうー!」
黒藤さんはとても嬉しそうな顔をしていた。
エスカレーターに乗って4階へ向かい、宮崎県のブロックへ向かう。
宮崎県のブースに着いた。店内の面積は広く、チキン南蛮の冷凍やきんかん、漬物など、いろいろなものが並んでいる。
(チキン南蛮は知っていたけど、いろんなものがあるんだなー。)
俺はそう思いながら店の中を周りながらいろいろなものを見ていた。
すると、店の隅の観光案内ゾーンのところ黒藤さんがいるのを見かけた。俺はそこへ向かう。
「どうしたの?黒藤さん。」
「ねえ見て見て!」
黒藤さんは新聞を見せてきた。
「新聞?」
「うん!」
黒藤さんはテレビ欄を見せてきた。
それを上から見ていて俺は驚いた。東京では別々のチャンネルでやっている朝・昼・夜のニュース番組が、なんと同じテレビ欄に書かれている。昼過ぎから夕方にかけてはこっちでは夜にやっているはずのバラエティー番組がたくさん書いてある。
「え、マ、マジで!?」
「でしょ?宮崎のテレビってとっても面白いんだよー!」
「こんなのもあるなんて知らなかった…」
テレビ欄に目を輝かせる黒藤さんを横に、俺は宮崎の観光案内のパンフレットを眺めていた
すると、観光案内所のスタッフの女性に話しかけられた。
「いらっしゃいませ。何かお探しの観光情報はありますか?」
「あ、いえ俺は別に見ているだけなんですが…それにしても、宮崎のテレビって面白いって…(苦笑)」
「あ彼氏さんですか…それ私も友人から言われたことが…(苦笑)」
「そ、そうなんすか…(苦笑)あ、でも俺別に『彼氏』ってわけでもないんですけどね…」
お互い苦笑いしかできなかった。別々のチャンネルの番組が同じチャンネルで入り乱れるテレビ。珍しがられるのも無理はないだろう。
宮崎県のブースで、黒藤さんはさっきの新聞とマンゴープリンを、俺はチキン南蛮の冷凍を買った。
次に大分のブースに着くと黒藤さんは早速新聞を見せてきた。深夜1時過ぎから、つい何週間か前に見たばかりの大喜利の特番が書いてあったのには驚いた。
昼食は地下のレストランで金沢のカレーを食べたのだが、その間も黒藤さんの地方のテレビに関する話は尽きることはなかった。ちなみに内容は福井と富山のテレビに関する話で、福井県には2つ、富山県には3つしかテレビ局がないのだという。
店を出たのは午後の2時半くらい。俺たちは最終的に、ビルの中に入っている全てのアンテナショップを回った。
最終的に黒藤さんはマンゴープリンの他、回ったところの地域の新聞一部ずつと、沖縄の紅芋タルト・青森のりんごを使ったアップルパイに赤べこなど、スイーツやインテリア中心にいろいろと。俺も俺で冷凍チキン南蛮の他にも、山梨のぶどうパイや金沢カレーのレトルトなどかれこれ7つくらい買った。
いろいろな地域のが一つのビルに結集しているとはいえ、アンテナショップでこんなに時間を潰したのは初めてだ。
「今日はすっごく楽しかった!」
黒藤さんは本当に満足したような表情だった。なんだろう。俺も今日は楽しかったと思っている。
「ああ。俺も。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます