SAVE.105-1:乙女ゲーム世界のセーブ&ロード⑤
地下室から出た頃には倉庫の周りには王家の近衛兵が集まっていた。先程縛り上げた教会の連中と比べれば、余程洗練されているように見える。そして殿下と姉貴は、彼らにミリアを引き渡そうとしている最中だった。
「蚊帳の外だったな、オレ」
その様子を見ていたダンテがそんな言葉を漏らす。ついてきただけ、という言葉がよく似合うなという感想は胸の奥にしまっておく事にした。
「それは、まぁ」
まぁ恋愛ゲームでルートに入らないとそんな扱いが普通だろう、という言葉は胸の奥にしまっておく。
「オレだって一応『王子様』なんだけどな……」
「ご愁傷様」
もしミリアや姉貴が見たのがダンテとの未来だったら、ここで項垂れていたのはルーク殿下だったのかもしれない。そうでなくとも、ミリアが神託に囚われずダンテを選んでいたら……いやよそう、それはありえなかったのだから。
「ま、仕方ないさ。今回の主役はシャロン様だったんだから」
「主役、か」
クリスが漏らした言葉が胸に響く。主役……その通りだろう。まさしくこの光景は、ミリアと姉貴の役が入れ替わったかのようだ。
「まぁ、これで『めでたしめでたし』ってやつか」
「……だね」
そう言えばあの乙女ゲームもこのイベントで最後だったなと思い出す。あとはお決まりのエンディングとスタッフロールが流れて『fin』の三文字が出てエンドロール。
だから俺はこの先の出来事を知らない。
けれど、それでいいじゃないか。自分で啖呵を切ったんだ、自分の未来は自分で選ばなければならないのだから。
クリスの横顔をつい目で追ってしまう。
大丈夫、もうわかってる。俺が選びたい未来は――。
「なぁ、クリス」
「何だい?」
「その……」
決心したのは良かったものの、いざ顔を合わせると何を話せば良いのかわからなくなる。というか具体的にどうすればいいんだろうか。まずは遊びに誘うとか、家に呼ぶとか……だめだどっちもやってるじゃないか。
「アキト君、お疲れ様」
「うわぁっ!?」
と、いきなり殿下に肩を叩かれ心臓が口から出そうになる。本当、この人には驚かされてばっかりだな。
「ミリアの身柄は王家が預かる事になったよ。彼女の望みを、その願いを……できれば叶えてあげたいからね」
彼女の未来がどうなるのか――それは俺にはわからない。
けれど、きっと大丈夫だ。確信はないがそう思えた。
「もちろん、僕の婚約者になるという野望は諦めてもらうけどね」
なんて冗談を笑顔で言いながら、殿下が姉貴を抱き寄せる。彼女は相変わらず耳まで赤くしたが、すぐに俯く……事は無かった。真っ直ぐと彼を見つめて、その頬に手を伸ばす。
「殿下……」
「シャロン、僕だって君に負けないぐらい……君を大切に想っているからね」
それに負けじと殿下が姉貴の手を取り小さくキスをした。いや本当、凄いなこの二人は。
「あのさぁお二人さん、そういうの家に帰ってからやってくれない? こっちは物理的に失恋したばっかりなんですけど」
そんな様子を見かねたダンテが、周囲の人間全員の意見を代弁してくれた。こんな言い辛い事を口にしてくれるなんて、きっと彼も王族としての自覚が芽生えたのだろう。
「そうか、じゃあ帰ろうかシャロン。家に帰ったら好きなだけやっていいらしいからね」
「……ですね」
「あ、おい好きなだけとは言ってないだろ!?」
冗談を言い合いながら、三人が歩いていく。その背中を見ているだけでつい呆れた笑い声が腹の底から出てしまった。
「全く、何やってんだよ王子様と聖女様が……笑っちゃうよな、クリス」
「だね」
クリスと二人で笑い合う。焦らなくたって良い、急がなくても良いんだ。
「行こうぜ、俺達も」
誰も知らない未来がきっと、どこまでも広がっているのだから。
俺達が選ぶ、未来が。
「すまない」
だけどクリスは、首を左右に振った。
「すまないアキト……僕はね、ここまでなんだ」
その瞳には、涙が浮かんでいて。
「この先の未来に、僕の……私の居場所なんて無いんだ。だって乙女ゲームの物語は……『主人公』の出番はここで終わりなのだから」
「クリス、何言ってんだよ」
聞き返しても、彼女は何も答えない。答えようとはしてくれない。
「だから」
ぐしゃぐしゃの泣き顔を、無理やり笑顔に変えてから。
「ばいばい、アキト」
さよならの言葉を、告げた。
「大好きだよ」
『ロードしますか?』
「……はい」
▶SAVE.000:終わりの場所
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