公爵令嬢の学園生活
第4話 1
タックス・チュースキン子爵の汚職による捕縛は、瞬く間に宮廷内を駆け抜けた。
貴族達の善意を食い物に私腹を肥やし、領民達に山賊までをも強要していたというのだから救いようがない。
今後行われる裁判でも、良くてお家取り潰し。最悪の場合、奴隷落ちまでありえるというのが大方の見立てだ。
エリオバート王国国王――ラジウス・エリオバートは今回の事件を受けて、即座に国内の篤志事業の監査を実行。
結果、芋づる式に多くの貴族が捕縛される事となった。
「さすがは聖女――と、言いたいところだが……
あのねえ、シャルちゃん……」
王宮の深部。
王が親しい者を招いた際に用いられる応接室で、ラジウスは正面に座ったシャルロッテに、困り顔で切り出す。
「君がめちゃくちゃ強いのは知ってるよ?
なにせ数十年ぶりに神器が選んだ、筆頭聖女様だ。
でもね、自分が女の子だってのを忘れちゃいないかい?」
ラジウスは表でこそ厳格で苛烈な王の仮面を被っているが、その実、身内にはひどく甘い男だった。
当然、姪であるシャルロッテのことも溺愛していて、だからこそ彼女がなにかやらかすたびに、こうしてお説教の時間を割いてくれる。
シャルロッテはそれをありがたいと思っている。
思ってはいるのだが……
「ですが伯父様。
今回は私が動かなければ、お父様が動いておりました。
そうなればキーンバリーとチュースキンの戦争です」
譲れない部分は、どうしてもあるのだ。
事実として、シャルロッテの父――ダリウスはシャルロッテからの手紙を受け取るなり、休暇届けを出して領に帰ろうとしていた。
「戦となれば、多くの民が犠牲になっていたでしょう。
私はそれが見逃せなかったのです」
「う……むぅ……」
ラジウスだって、シャルロッテの理屈は理解しているのだ。
そして、それを実行し得る力を有している事も理解している。
だが、やはり若い娘が荒ごとに首を突っ込むのは、感情が納得しないのである。
聖女管理局と、そこに所属する異能の乙女達。
彼女達の活動だって、できればやめさせたいくらいなのだ。
けれど、法の抜け道がある限り――法の目を掻い潜って悪事を働く者達がいる限り、それが叶わない事も事実で。
だからラジウスは呻いて、結局はシャルロッテの言葉を呑み込むしかない。
事実として、聖女管理局は王国の
そんなラジウスの苦悩などどこ吹く風で、シャルロッテは優雅にカップを傾けていて。
ラジウスはため息をつくしかない。
「……それで、今度は勇者だっけ?」
先程目を通した書類に視線を向けて、ラジウスはシャルロッテに訊ねる。
聖女管理局がまとめた報告書だ。
そこには、奴隷商と勇者の癒着について記載されていた。
「勇者アレク・オーディルが掲げる奴隷解放思想。
そこに王宮は多額の公金を投入してますよね?」
「ああ。奴隷の中には、
一般的に奴隷とは、犯罪を犯した者や、戦争で捕虜になり身代金を払えなかった者がなる。
庶民がよく勘違いしているのだが、借金を背負って労役に駆り出されるのは、国が借金を肩代わりして、その補填に労役を課しているのであって、奴隷ではなかったりする。
だが、その勘違いを利用して、悪徳奴隷商は庶民を奴隷に堕として売買していたりするのだ。
アレク・オーディルは、そういった奴隷の解放を求めた。
王国もまた、国民の流出を招く悪徳奴隷商には頭を悩ませていた為、彼の主張に賛同し、多額の補助金を惜しみなく与えていたのだ。
「どんどん勇者が公金で奴隷を買い漁り、飛ぶように売れるので、奴隷商はますます奴隷を仕入れる。需要と供給が発生しております」
市場原理である。
「だが、それだけで癒着とは……」
「あら、勇者様は奴隷商にとって、上得意様になってますわ」
シャルロッテはカップを置いて、鼻で笑う。
「そもそも拐かしによって奴隷を得ているのなら、そんな商会は潰してしまえば良いのです。
それをせずにお金で解決なんて、私に言わせれば――勇者様は随分とお優しい事ですわね」
拐かしによる奴隷取得は、れっきとした犯罪である。
にも関わらず、勇者は奴隷商を罰することも、通報することもしていない。
「――奴隷商にも生活がある?
これまた随分とお優しいお言葉」
シャルロッテは肩をすくめる。
「なぜ犯罪者の生活まで考慮してやる必要があるのです。
奴隷解放に使われている公金は、国民が生活を切り詰めて供出している税によるものなのですよ?
お綺麗なお題目を唱えるならば、まずその根から断ち切るべきでしょうに」
だが、勇者はそれをしない。
シャルロッテは以前から、勇者を胡散臭いと思っていたのだ。
「今回、奴隷商サーバンは兵騎を使っていました」
「そして、その提供元が勇者アレク、だと」
強大な戦力となる兵騎は、国が厳重に管理している。
工廠局で開発されたものはもちろん、遺跡で稀に発見されるものについても、報告義務が課せられているのだ。
「あの兵騎は外装が加工されておりましたが、騎士団制式の<荒馬>でした。
そしてルシアお姉様が調べてくださった情報によりますと、アレク・オーディルは頻繁に冒険者業で兵騎を破損し、代替品を求めていたそうですわ」
その頻度は実に三ヶ月に一度。
破損した騎体は大破したと申し出ており、回収されていないのだという。
「これ、明らかに横流しされてますよね?
というか、少なくともサーバンはアレク・オーディルから供与されたと申しております」
なぜここまで見逃されてきたのか。
それはアレク・オーディルが国家認定勇者だからに他ならない。
強大な力を持ち、清廉潔白な行動をしている勇者が、まさか悪事に手を染めているわけがないと、誰も疑問を持たなかったのだ。
ラジウスは呻きながら、正面に座る姪を見据える。
「それで……シャルちゃんは、どうしたいのかな?」
恐る恐る訊ねた。
彼女も聖女に成り立ての頃に比べれば、だいぶ分別がついて来た。
よもやいきなりぶっ飛ばすとは言い出さないだろう。
……言い出さないはずだ。
……たぶん。きっと……
「そりゃあ、ぶっ飛ばしますわ」
ニコリと美しい笑みを浮かべて、シャルロッテは応えた。
状況証拠はある程度揃っている。
法的な理屈はルシアーナがでっち上げてくれるだろう。
ならば、シャルロッテがすべきなのは、勇者をぶっ飛ばす事くらいだ。
「――待ってええええぇぇぇっ!
あんなのでも勇者だよ!?
魔物を素手で相手にできる、頭おかしい存在だ!」
悲鳴をあげるラジウス。
「それくらい、私もできます」
張り合うように、シャルロッテは握り拳を作って見せた。
「知ってる! だから言ってるの!
聖女と勇者が正面からぶつかったら、周りの被害がヤバいでしょ!」
ワタワタと手を振って、なんとかシャルロッテを説得しようとするラジウス。
「ああ、そこを心配なさってたのですね。
……大丈夫ですわ」
シャルロッテは再びカップを傾けつつ、笑みをラジウスに向けた。
「まずは心をバッキバキに折り砕いてから、ぶっ飛ばす予定ですから」
「は?」
「ついては伯父様にお願いがありますの」
そうしてシャルロッテは、勇者捕縛計画の内容を説明し始める。
すべてを聞き終えたラジウスは、腹の底から大笑いした。
それは男にとっては爽快で。
――当事者にしてみたら、恐怖しかない計画。
「よかろう。許可する。
でもシャルちゃん、危ない事にだけは本当に気をつけるんだよ?」
「それはアレク・オディールしだいですわね」
心配するラジウスに感謝しつつも、シャルロッテはそう告げて微笑むのだった。
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