第一章 別れと出会い(4)
放課後。
「先生、ここに置いておきますね」
「ご苦労だったな織田。クラス全員の全教科分の宿題だから、とても一人では運べなくてな」
「いえ、先生のお役に立てて良かったです」
「これで帰りにジュースでも買って帰りなさい」
「ありがとうございます」
小さく礼をしてから小銭を受け取る。
クラス委員になってから初めての仕事として、回収したクラス全員分の夏休みの宿題を何往復かして職員室に持っていった俺は、学校を出て帰路についた。
出る前に購買部の自販機で買ったドリンクを飲みつつ、のんびりと景色を眺めながら魔獣が襲ってこない平和な通学路を歩いていく。
「ほんと日本は平和だなぁ……」
朝登校した時は教室の場所とか、体感で五年と一か月(異世界五年+夏休み一か月)会っていないクラスメイトの顔とか名前を思い出しながら歩いていたし。
ハスミンを助けてからは会話に花を咲かせていたから、あんまり景色は眺めてなかったんだよな。
ちなみに買ったのはコーラだ。
「あー、美味い……久しぶりのシュワっとしたのど越しだよ。向こうの世界はビールはあったけど、ノンアルコールの炭酸飲料がなかったんだよな」
ビールは一度だけ興味本位でちょろっと飲んでみたら死ぬほど苦くて、泣きそうなほどに不味かったので、それ以降一度も飲むことはなかった。
だから実に五年ぶりとなる炭酸飲料ののど越しは実に爽快で。
「コーラが飲める幸せ、プライスレス……」
平和な日本に戻ってきたんだと俺はしみじみと実感していた。
そのままコーラ片手に景色を見渡しつつ、俺はのんびりと歩いて家に帰った。
異世界からの帰還一日目は、こうして特に大きなトラブルもなくつつがなく終了した。
不良二人組からハスミンを助けたことは、俺的にはトラブルなんて仰々しく呼ぶに値しない。
「さすが日本。世界一治安のいい国は伊達じゃないな」
ちなみに夜にハスミンから連絡があるかなとちょっと期待したんだけど、特にそういったことはなかった。
まぁ世の中はそんなもんだ。
なにせみんなの中の俺は『あの勇者シュウヘイ=オダ』ではなく、夏休み明けに突然高校デビューをかました冴えない陰キャなのだから。
逆に俺から連絡するのは、ハスミンに不良に絡まれたことを思い出させるかもしれないのでやめておいた。
俺にとっては大したことはなくても、か弱い女の子にしてみればあの経験はかなり怖かっただろうし、ハスミンも今日の朝のことはなるべく思い出したくないはずだ。
元陰キャだけあって、正直俺はあまり女心が分からない。
でもこれくらいの気配りならばそんな俺でもできるのだから。
◇◇◇
わたし――蓮見佳奈は自室のベッドに寝転びながら、天井を見上げていた。
小さい頃から見慣れた天井の壁紙を見ながら、わたしは今日の帰り道でのことを思い返す。
『蓮見さん、どうしたの? なにか揉めごと?』
金髪の不良たちにしつこくナンパされて困っていた時、颯爽と現れて助けてくれた同じクラスの男の子――織田修平くん。
周りの人がみんな見て見ぬふりをして足早に通り過ぎていく中、彼だけは――修平くんだけは当たり前のようにわたしを助けに来てくれたのだ。
修平くんは金髪の不良とケンカ腰でやり合っている時は少しだけ怖かったけど、その後はすごく優しい笑顔で話しかけてくれた。
「なんだか前までとは印象が違うよね……って言っても前の修平くんがどんな男の子だったのか正直あんまり記憶にないんだけど。本人は夏休みに正義の心に目覚めて一念発起したって言ってたっけ……」
正義の心ってどないやねん!
心の中で思わずツッコミを入れてしまう。
「でもすごくハキハキしゃべるようになってたし、みんなが嫌がるクラス委員にも立候補してたし、ほんと一か月で男の子ってこんなに変わるんだ……」
男子三日会わざれば刮目して見よ。
大好きな三国志の有名なセリフをふと思い出す。
同時に「なんかいいな」というなんともむず痒い感情が自分の中にあることに、わたしは気付いてしまっていた。
ラインの交換もしたし、話の流れでハスミン・修平くんと呼び合うことにもなった。
「しかも『佳奈ね、了解。素敵な名前だね』とかさらっと言われちゃったし。言われちゃったし。言われちゃったし!」
(素敵な名前だって。ふふっ、素敵な名前なんだって……)
「修平くん……」
その名前を呼ぶだけで、なんだかどうしようもなく嬉しくなっている自分がいて――。
この気持ちはなんだろう?
遠足の前日のワクワク感のような、なんとも言えない高揚感だ。
「そうだ、ラインしてみようかな? 助けてもらったんだから、もう一回くらいお礼を言っておいたほうがいいかもだし。改めてお礼をするのは別に変じゃないよね?」
わたしはベッドの上に置いていたスマホを取ろうとして――。
でも『俺と連絡先を交換しても連絡することはないんじゃないかな?』と言われてしまったのを思い出す。
あの反応は「俺たちは連絡するような仲じゃないだろ」って言外に言っている気がしなくもなかった。
「うーん、よく考えたらわたしたちって、もう二学期なのに今日初めて話しただけの関係なんだよね。なのに夜に連絡したらウザいって思われちゃう可能性が高いかぁ」
事実、今の今まで修平くんからの連絡はない。
つまり修平くんにとって、わたしは取り立てて大した存在ではないのだろう。
たまたま通りかかったから助けただけ。
多分わたしじゃなくても同じように助けたはずだ。
「そうだよね。そういうのはもうちょっと仲良くなってからにしよっと」
そう結論付けるとわたしはスマホを枕元に置いてベッドに身体を投げ出した。
うーんと大きく伸びをする。
「アレクサ、電気消して」
部屋の電気を消すとすぐに心地よい睡魔が襲ってきて――。
「久しぶりの学校は疲れたぁ……でも楽しかった……えへへ」
修平くんの笑顔を瞼の裏に思い浮かべながら、わたしはぽかぽかとした気持ちのまますぐに寝入ってしまったのだった。
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