第5話 デリックの事情

 枯れ枝を折って、焚き火に放り込む。

 揺れる炎を見つめていると、あの日の記憶が蘇る。


 ――デリックは聖鞘王国から遠く離れた小さな国の貧しい村で生まれた。


 彼の家は代々続く農家で、父も真面目一筋な農夫だった。

 農民一家の長男として生まれたデリックは、当然のように父の後を継ぐつもりだった。彼は家業に誇りを持っていて、両親を尊敬していた。

 幼い頃から家業を手伝っていくうちに、デリックは他人にはない自分の才能に気がついた。

 それは、やたらと刃物の扱いが上手いということ。

 くわを持てば瞬く間に荒地を耕し、鎌を持てば三日は掛かる麦刈りを半日で終わらせた。両腕を広げても回りきらない大木を斧の一薙ぎで倒した時は、村中大騒ぎだった。

 そしてデリックは、幼い頃から不思議な夢を見ていた。どこかから、誰かが彼を呼ぶ声。闇の中には細く輝く光しか見えないが、それは確かに自分を呼んでいる。年を追うごとに、その声は近く大きくなっていき……。

 やがて彼は、その声の正体を知ることになった。

 一年前、魔王が復活したとの噂が大陸中に広がり始めた頃。デリックの村に旅の祈祷師が通りかかった。祈祷師は彼を見るなりこう言った。


「そなたは勇者の魂を受け継ぎし者。運命の伴侶である聖女とともに、聖剣を携え魔王を討つのだ」


 ……と。

 それを聞いたデリックは妙にストンと納得した。

 ずっと自分を呼んでいる声は……聖剣だったのだと。

 そしてデリックは、慣れ親しんだ故郷を離れ、聖鞘帝国を目指し旅立った。

 道中、弓の名手であるセルヴァンと知り合い、後に大狼を連れたアレンに出会ったのだが……。


 パチパチと焚き火が爆ぜる。

 背を向けているテントからアレンの身動ぎする気配を感じて、デリックは体を強張らせるた

 ――実は、デリックはアレンに好意を抱いている。

 最初はただの旅の連れだと思っていたが。

 彼女のひたむきさや仲間思いなところ、屈託のない笑顔に、いつしか惹かれていた。

 しかし、彼は勇者だ。

 まだ正式に認められていないが。聖鞘帝国に行けば聖剣を授かり、魔王討伐に征くことになるだろう。

 そして……運命の相手である『聖女』に出会うはずだ。

 この大陸では、神託は絶対だ。

 勇者の運命を背負った自分が、アレンに想いを告げることはできない。

 それに……。


(セルヴァンもアレンのことが好きだ)


 見ていて判る。

 彼もまた、彼女に恋をしている。

 セルヴァンは軽薄な優男を気取っているが、中身は真摯な青年だ。

 彼ならきっと、アレンを幸せにするに違いない。

 聖鞘帝国に着いたら、俺は潔く身を引き、二人から離れなければならない。


 だが……。

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