ストーカーではありません!

仲 懐苛 (nakanaka)

第1話 プロローグ!

 ソフィアはグレゴール侯爵家の使用人だ。主に下働きの仕事をしている。ソフィアは、5歳までの記憶がない。物心ついた時にはグレゴール侯爵家で働いていた。高齢な庭師のジョンの小屋の2階に住み、毎朝5時に起きて母屋へ行き朝食の準備を手伝う。グレゴール侯爵家は代々続く名家で、皇室からの信頼も厚い。前当主は健全な領地運営で、領地の鉱山からとれる金塊や鉱物を売り、潤沢な資産を持っていたらしい。だが、現在の女当主に代変わりしてから、領地運営はうまくいかず、徐々に財産を減らしていると使用人たちは噂をしている。だが女当主とその娘は散財する一方で、領地を顧みず王都で派手に暮らしている。


グレゴール侯爵家の使用人は、年老いた者や教育を受けずに育った子供達がほとんどを占めている。転職できる者たちは皆、とうの昔に侯爵家に見切りをつけて出て行った。残っているのは、どこにも行けない年寄りと、置いて行かれた使用人の子供達だ。使用人の子供でも働き手になると、様々な雑用を命じられてきた。ソフィアは、最も若い使用人だ。料理の下ごしらえ、掃除、洗濯、裁縫をしてきた。その中でも大変だったのはグレゴールお嬢様の命令に従う事だ。勉強嫌いなお嬢様は学院の課題を幼いソフィアに押し付けてきた。子供の字なら代筆がバレないと思ったらしい。学院に通わないソフィアは、屋敷にある本を読み必死に勉強して課題を作成した。


初めて替わりにさせた課題でいい評価を貰えたお嬢様は、なにかとソフィアに仕事を命じてくるようになった。今では、お嬢様の専属の使用人として学院についていき、授業中は教室の片隅に控えて授業を一緒に受けている。


お嬢様の名前はマーガレット・グレゴールと言い、美しく長い金髪に、透き通った水色の瞳をしている。身長は160㎝程で、スタイルのいい派手な美女だ。毎日違う装飾品を身につけて学院に通っている。複数の遊び仲間がいて、授業が終わると、毎日違う男性と遊びに行っている。ソフィアは授業の付き添いが終わると、徒歩でグレゴール侯爵家に帰り、食器洗いとお嬢様の課題をする毎日を送っていた。


お嬢様が変わったのは、戦争の英雄が帰還した時からだ。10年程続いた帝国との長い戦争が収束して、戦士達が帰還した。戦争の指導者として国境へ行っていたのはガイヤ公爵を筆頭に一部の貴族を含む騎士たちだ。前ガイヤ公爵は5年ほど前に戦争で亡くなり、その後は息子のザークバード・ガイヤが公爵位と騎士団長の位を継ぎ戦っていたらしい。ザックバードは10代の頃から天才と言われ、その後も戦闘狂、残虐者と数々の異名を与えられ、数多くの帝国兵を葬ってきた。その戦略は、残虐で騎士団長に就任して5年後、遂に帝国との停戦協定を結び英雄として王都に帰還する事になった。



ザックバードが凱旋パレードで姿を見せた時、周囲は騒然となった。


戦争の英雄と呼ばれているが、相手は戦闘狂、残虐者と呼ばれるガイヤ公爵だ。野蛮で、むさ苦しい大男と噂されていた。そもそもザックバードの父親の前公爵が190㎝の巨漢で、厳つい外見をしていた事も人々の思い込みに拍車がかかっていた。


だが、実際のザックバードは母親似の美貌の持ち主だった。身長こそ185㎝と高いが、引き締まった細身の体に、穏やかな表情、凱旋パレードや国王への謁見での人当たりのいい笑顔に、貴族だけでなく平民達までもがザックバード公爵の虜になった。


戦争で友に戦った兵士達の噂では、ザックバード公爵は王都に金髪の美しい思い人がいるらしいとの事だった。金髪のマーガレットお嬢様が戦争の英雄に熱を上げるのも当然の事だったかもしれない。


ザックバード・ガイヤ公爵はまだ20歳と若く、王都に帰還後は学院に通う事になった。国境でも家庭教師がついていたらしいが、10歳の時から国境へ行った為学院に通っていない。数年学院に通い、一通りの教育を受けたら卒業するとの事だった。


ザックバード公爵が学院に初めて登校した日、私はお嬢様に呼び出された。

マーガレットお嬢様は、頬を染めうっとりと窓の外を見つめていた。窓の外は茜色の夕焼け空が広がり、その色はザックバード公爵の瞳の色を彷彿させた。



「本当に素敵な方だったわ。ザックバード様の思い人は金髪の貴族なんですって。」


お嬢様は外見は美少女だが、気が短く激高しやすい所がある。当たり障りがない返答を私はした。

「さようですか。ザックバード公爵様の噂ですね。」

確かにザックバード公爵は美しい顔立ちで、艶のある銀髪、茜色の瞳をしていた。外見とは裏腹に引き締まった体格は戦争の英雄との呼び声も納得させられる。だが、移り気のお嬢様が、まるで恋をしているかのようにうっとりと話をしているのは違和感しかない。

(まさか、ひとめぼれ?公爵も気の毒に。)



「学院で思い人を探すって今日お話しされていたそうよ。学院に私以上に美しい金髪の学生なんていないでしょう?」


マーガレットお嬢様は目をギラギラさせて私に同意を求めてきた。確かにマーガレットお嬢様は美しい。一部の男性達から人気がある。だが複数人と同時に付き合う事は周知の事で、関わり合いになろうとしない高位貴族の男性が存在するのも事実だ。


「ええ、学院の中で最も美しい金髪の女性はマーガレットお嬢様だと思います。」

見た目だけならそうだろう。本心から私は返答した。


「ふふふ。そうよね。ザックバード様と結ばれるのは私だわ。」



(え?どうしてそうなるの?)



笑いながら周囲を冷静に観察しているような冷たい茜色の瞳を思い出し、ぞっとした。

相手は極上な外見の残虐者だ。お嬢様の暴走で、ザックバード公爵の逆鱗に触れるとどうなるかわからない。私が住むグレゴール侯爵家の小屋に住むジョンは、かなりの高齢だ。私はジョンを看取ってから侯爵家を離れようと思っていた。もしお嬢様が暴走して侯爵家が潰れたら、私だけならともかくジョンや他の高齢の使用人が行く場所がなくなる。


私はお嬢様に確認をする。

「マーガレットお嬢様。ザックバード様とお話をされたのですか?」


お嬢様はうっとりと答えた。

「ええ、朝登校したら目があったの。私に微笑みかけてくださったわ。あの茜色の熱い瞳。きっと私があの方の思い人なのよ。」

(それって、お嬢様の気のせいでは?)


お嬢様は興奮したように私に命令をした。

「そうだわ。いい事を思いついた。ソフィアはしばらく私についていなくていいわ。授業に付き添わなくても課題くらいできるでしょう。貴方は学院でザックバード様の様子を探って毎日私に知らせなさい。誰と話をしたのか、なにがお好きなのか、どちらに伺ったのか全て私に報告するの。」



私は、顔が引きつるのを隠して、頭を下げ了承した。

(また、お嬢様のわがままが始まった。付き合う相手を探るなんてお嬢様らしくない。でも、とりあえず公爵様に突撃しない様子よね。問題さえ起こさないのならいいわ。)


「かしこまりました。お嬢様。」















その日から、私はザックバード公爵の後をつけるようになった。授業中までついていくわけには行かず、休み時間と移動中は少し離れて様子を探る。授業中は、ザックバード公爵の席が見える屋上から望遠鏡で観察するようにした。よかった事は、自由時間が増えたことだ。お嬢様に付き添わなくていいので、課題や勉強を屋上で終わらせる事ができる。困る事は、お嬢様の要望が日に日に増えてきた事だ。毎日ザックバード公爵の行動をお嬢様に報告する。会った人物、会話をした人物、通った道、座ったベンチ、食事内容を聞かれた時はまだマシだった。なぜかザックバード公爵の髪の毛、鉛筆、ノート、飲みかけのジュース、使用した肌着等が欲しいとお嬢様のわけのわからない要望が増えた。



私は、長い茶髪を後ろに一つに結び、伊達眼鏡をかけている。身長は170㎝と女性にしては高く、お嬢様についている時は背を丸めて付き添っていた。服装は使用人共通の制服で、貴族が通う学園では沢山の使用人が通っている為、私が目立つことがない。だけど、潜入できる場所にも限度がある。それに、どうやらお嬢様だけではないらしい。ザックバード公爵のクラスに通う馴染の使用人に相談したら、他にもザックバード公爵の私物?を欲しがる貴族が一定数いる事が分かった。


(本当。貴族って変わりものね。)



お嬢様の要望は日々増えるが、ザックバード公爵の私物はなかなか手に入らない。特徴的な銀髪は珍しく、代用品を用意するわけにもいかない。



(上着でも少し借りれたらいいな。髪の毛が少しくらいついているよね。)



私は、リスクを承知で、もう少しザックバード公爵へ近づいてみる事にした。










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