第1話 目覚めた記憶
苦しい――崖の下に落下し川の濁流に呑まれた。泳げないわけではないが、あまりに川の流れが急すぎた。体が思うように動かず息も続かない。
やっぱり無理だったのか――結局ほんの少し延命したに過ぎず、僕はこのまま溺れ死ぬだけなのだろうか。
意識が朦朧としていく。このまま死ぬ、そう半ばあきらめかけた時、脳裏に浮かび上がる様々な景色。そして何かの記憶。
そこで理解した。どうやら今の僕にはかつてはどこか別の世界で生きていた人間の魂が混じっているようだ。
魂の融合というべきか。そこまで詳細なことはわからなかったが、魔法ではなく科学というのが発展した世界。そこで魂の持ち主はコーコーセイという職業だったらしく、そして標識マニアだった。
だけど川で溺れて若くして――その時に死んだ魂が世界を超え生まれたばかりの僕の魂と融合したようだ。
そして今僕が川で溺れかけていることがキッカケとなりかつてのもう一つの魂の記憶が蘇ったようだ。もっとも僕自身に変わりはない。ただ過去の知識が一部記憶に入りこんだ、そんなところだろう。
そしてこの記憶のお陰で理解した。標識というものが何なのか。だからこそわかる。今の僕ならきっとこの魔法が使えると。
頭の中に何かカタログのようなものが浮かんできた。頭の中で捲ると今使える標識が確認できる。
――標識召喚・通行止め!
そう念じると魔法陣が浮かび標識が一本現れた。それを手で持つと同時に川底に標識が設置され川が塞き止められた。
流れていた水が遮断され残った水は僕を置き去りにして流されていく。
「ゲホッ! ゲホゲホッ!」
すっかり水のなくなった川から這い上がり、思いっきり咳き込んだ。しばらくして川の流れが戻る音が耳に届く。すでに標識は消えていた。
「はぁ、はぁ。そうか、これが僕の標識召喚の力なんだ……」
すでに標識の知識は頭の中にあった。今召喚した標識は通行止めの標識。文字通り標識のある場所から先へ進むのを禁止する。
ただ僕の記憶にあるのは人や車といった乗り物を制限する標識。しかしどうやら標識召喚で出現する標識なら川の水でさえ通行止め出来る効果があるようだ。
ただ、標識は出してる間、魔力を消費する。召喚士の一族は生まれた時から魔力は高めで、僕に関して言えば召喚士の里でも類を見ないぐらい魔力が高いと言われていた。
だからちょっとやそっとじゃ魔力が枯渇することはないだろうけど、無尽蔵に使っていいものでもないだろう。
とは言え、この場に関して言えばこの標識召喚に救われた。別世界の魂に残された知識に感謝したい。
「さて……これからどうしようか――」
流石にもう村には戻れない。あいつは僕を殺そうとした。村に戻っても何されるかわかったものじゃない。
――勿論恨みはある。こっちは殺されかけたんだ。だけど村には多くの召喚魔法の使い手がいる。
戦ったとしても勝ち目はない。
ただ、この標識召喚に関しては使いこなせば相当強力な魔法だと思う。この辺りは検証が必要だ。
――あいつら散々僕を馬鹿にしたけど、だったら逆に僕が召喚師として大成したらどんな顔をするだろうか?
特に僕を殺そうとしたアイツは――そう考えると居ても立っても居られなくなった。
とにかく一旦はここから離れよう。正直言えばここプロスクリ王国に留まるのも危険な気がした。
召喚師は国ではかなり重宝されている存在だ。規模として見れば村だが権限は強い。
もし僕が生きていると知られたら国の騎士や魔法師も動かしかねない。大げさかもしれないけど奴らはメンツを重んじる。
――今思えば僕はあの村で暮らす連中の考え方が嫌いだった。差別的で召喚師以外を軽視した考え方。自分たちこそが最強だと信じて疑っていないような傲慢な連中の集まりだ。
これは丁度いい機会かもしれない。このまま森を抜けて西に進めば隣国のカシオン共和国へ行ける。
カシオンは周囲の国に対して中立を宣言してる国だ。同時に人種差別などがなく平等と平和を謳っている国でもある。故に間口も広い。
今の僕が渡るには丁度いい国だ。それに召喚師は他国ではほとんどいないと聞いたことがある。
それなら僕にも活躍の場があるかもしれない。
唯一の懸念はこの森そのものが危険に満ちているということだが――そこは何とかこの標識召喚で乗り越えていくとするか……。
とにかく移動を開始した。緑の深い森だ。地理感の無い者ならあっという間に迷いかねない。いやそれ以前にこの森に巣食う凶暴な獣にやられてもおかしくないか。
召喚師はある程度成長したらここで魔法の訓練を行う。召喚魔法の練度を高めるためだ。
そう考えるとボヤボヤしていると見つかりそうなものだが、訓練時期はある程度決まっている。あと二、三日は問題ない。
逆に言えばその間に出来るだけここから離れる必要がある。しかし普通に歩いていては厳しいか――
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