『開かれる扉』(2)

亜矢はようやく玄関の外に歩み出た。いや、実際にはドアを開けてから数秒しか経ってはいないが。


「……あんた、待ち伏せしてたの?」

「ああ?オレ様は右隣の部屋に住んでるんだぜ。偶然だ、偶然」


亜矢と同じ高校の制服を着てはいるが、この男こそ『死神グリア』だ。

人間界では『死神』を名字としている。

色々あって、亜矢はこの死神に毎日キス…ではなくて、『口移し』をしなくてはならない立場にある。

何があったのかは、ここでは語らない……。


「んなコトよりもよ、亜矢」

「……きゃっ?」


グリアはいきなり、マンションの壁に亜矢の体を押し付けた。


「な、なにすんのよっ!?」

「オレ様、腹減ってんだけど」

「……っ、だったら朝ご飯食べてくれば!?」


亜矢は自分の顔に迫って来るグリアの顔を払い除けようと、自分の体を拘束するグリアの両腕を掴んで引き剥がそうと力を入れる。


「今日もしてくれんだろ?その為に待ってたんだぜ」

「…!!やっぱり待ち伏せしてたんじゃないっ!」


間近に迫るグリアの顔。亜矢は抵抗しながらも、自らの顔が紅潮していくのが分かった。

目つきが悪いくせに、口も悪いくせに…グリアの顔立ちは、間近で見ると悔しいくらい綺麗なのだ。

亜矢の鼓動の高鳴りは、それだけではないのだろうが。


「やめてよ、いい加減にして…!!」


亜矢が力いっぱいグリアの体を突き飛ばした。


「それじゃあ、しょうがねえな」


グリアは、意外と素直に亜矢から離れた。


「さーて、人間の魂でも喰らいに行ってくるかぁっ!!」


グリアが歩きながら背を向け、いきなりそう言い放ったものだから。

亜矢は一転してグリアの方へと向かって行く。


「ちょっ…!待ちなさいよ、死神!!」


亜矢がグリアの背中まで辿り着いたその時。


「そんな事したらダメ……んっ………!?」


振り向いたグリアが一瞬にして亜矢の顎を掴み、口付けたのだ。

何とも、手慣れたテクニックである。

その数秒間、時間が止まった……というか、凍りついた気がした。

ようやく離すと、グリアは呆然とする亜矢をその場に残し、歩き出した。

勝ち誇ったように笑いながら、ニヤリと笑って振り返った。


「ゴチソウサマ。」


亜矢はその場で立ち尽くしたままだったが、その次には。


「し、死神〜〜〜〜っ!!!」


怒りをこめて思いっきり叫んでいた。

う、奪われた…!!色んな意味で。朝っぱらからこんな所で…!

グリアは毎日こうやって、『口移し』によって亜矢の命の力を吸い取るのだ。

それは、グリアにとっては人間の魂を狩って喰う代わりの手段であるから、亜矢も完全に拒む事が出来ない。

亜矢の叫びと同時に、すぐ横にある一室のドアが静かに開いた。

そのドアから出て来た少年は、少し驚いた様子で亜矢とグリアを見る。


「どうしたの、亜矢ちゃん?」


亜矢はハっとしてその少年の方を見ると、目を潤ませる。


「リョウくん、助けて……」


リョウと呼ばれた少年は、グリアと亜矢を交互に見た後、ニッコリと笑った。


「あはは、仲いいね。でも遅刻しちゃうよ?」

「リョウくん……そうじゃなくて…」


亜矢は力なくツッコミを入れたが、思わず気が抜けてしまい、グリアへの怒りも収まってしまった。


この、不思議な特殊能力(?)を持つリョウの正体は、『天使』。

見た目のまんまである。

人間界では『天使リョウ』と名乗り、亜矢の部屋の左隣に住んでいる。

いつも笑顔の天使であるが、実は誰よりも暗い影を背負っていたリョウ。

天界に背いた事により天界の王から呪縛を受けたリョウは、その効果によって心を支配され、亜矢に刃を向けた事があった。

今はその呪縛は解け、リョウは人間界に住む事を自らの意志で決めた。

今度こそ、亜矢の魂を———いや、亜矢の事を守る為に。


そうして、何ともアンバランスで、ある意味調和のとれた3人は共に学校へと向かう。

グリアもリョウも、人間界では亜矢と同じ高校の生徒なのだ。

いつもと変わらない朝、変わらない道。

だが、亜矢が玄関のドアを開けた瞬間から、新しい『変化』はすでに始まっていたのだ。

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