支配された村

 白い雪に混じって、灰色の雪が降る。

 そんな世界になって7年が経つ。

 あの日、あの時。

 対岸の村が襲ってきた日から、全てが変わってしまった。

 

 少年だったワカツキは、7年の歳月がたち15歳となって一人前の大人になった。

 

 母が用意してくれた朝食を平らげると、仕事に出る。

 彼が暮らす村は、対岸の村オームナントによって支配され隷属の日々を送っていた。主な仕事は食料の確保だったが、手の器用な女子供は毎日同じ時間にどこかに連れていかれ、同じ時間に戻ってくる。彼女たちに何をしているのかと聞いても、一応に脅え震え何も話そうとしない。


 ワカツキは、父がやっていたように竿を手に川にやってきた。

 魚の数は年々減少している。

 なんとかしたくとも、理由がわからないのだ。

 オームナントの連中は文句を言うだけで、その原因まで探ろうとはしない。

 糸を垂らし、ヒットを待つ。


「おいおいおい。ダザの男は魚一匹も釣れねーのかあ?」


 見回りをしていたオームナントの男がワカツキに近寄ってきて、空の籠を足で蹴っ飛ばした。空なのは今始めたばかりだからだ。

 だが、そう訴えたところで関係ない。

 この男はそれを承知で絡んできたのだ。

 いつものことだった。

 ワカツキはなるべく刺激しないように下を向いて黙り込む。脅えて口もきけない振りをすれば、飽きてどこかへ行くだろう。

 そう思ったが、男は納得がいかないのか悪態をついてイライラし始めた。


「けっ、度胸もねえ足なしか」


 足なしとは、いくじなしという意味だ。

 ワカツキを見て言ったダザとは、この村のこと。


「今始めたところです。それに、年々魚が減っているんです。これ以上を望むなら調査なりなんなりしてください」


 竿を握る手に力が入る。


「ああー!? 俺たちに文句があるっていうのかよ! えぇ!?」

「――――――っ」


 男は激昂して、腰に吊していた銃をワカツキに向けた。

 この銃と呼ばれる武器を、ダザの村の住民は知らなかった。それが、7年前のあの日の明暗をわけたといってもいい。

 鉄の筒から飛び出る小さな黒い弾は、いともたやすく体を貫いて人を死においやることができる。

 ワカツキたちに、抗うすべは何もなかった。


「どうやら死にてえらしい」

「やれるものならやってみろ!!」

「んだと!?」


 ワカツキの脳裏に母の顔が浮かぶ。

 ずっと黙って従ってきたのに、ここで反抗したらどうなるかわからない。

 けれど、もう我慢の限界だった。

 このままではいずれ、食料はつきて飢え死ぬだろう。


 竿を思いっきり横に振る。

 川に垂らされていた糸がひゅんと音をたて、男に水を引っかけて手元に戻った。

 あまりの水の冷たさに、男がひるんでよろけたのを見て、ワカツキは村とは反対の方向に走る。まるで7年前のあの時のようだと思った。あの時も、こうして逃げていたっけ。

 だが、今回はあのときとは違う。

 スノースパイクがついた靴は、雪の上を難なく走った。この技術はオームナントからもたらされたものだったが、それで逃げられているんだからざまーみろ。


「はっ。今度は7年前のようにはならない。おい、足なし! これるものなら来て見ろ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る