第71話 拾われ子の魔法修行
王都の外れ、北西にある魔導研究所では魔法や魔力に関する様々な研究が行われている。
古代魔法の解析や、新魔法の開発の為に建物内には結界が張られた試射スペースがあり、数日前からそこでは連日、魔法が派手な音を立てて炸裂していた。
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『
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『
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『ダッ……!?
盾の発動が僅かに間に合わず、氷の刃が幾つかスイの身体を掠めた。水属性に耐性はあるが、氷の上級魔法ともなると負う傷は軽視出来ない。
「浅いとは言えない傷ですし、治しましょう。スイ、教えた通りにやってみてください」
『はい』
傷付ける為ではなく、癒す為の魔力。その魔力が必要な分だけ患部へと届き、傷口が塞がるのをイメージする。
『……ヒーリング』
氷の刃で裂けた腕や脚の傷が塞がり始め、数分掛けて痕を残さず消えた。
『……まだ時間が掛かる……』
「最初はそんなものですよ。教えてすぐに使える様にはなったのだから、適性は充分あります。落ち込む必要はありません」
シンシアによる魔法の修行が始まり、シンシアがスイに出した課題は三つ。その内のひとつが治癒魔法の習得だった。
極東の島国へは東大陸北東の港町から出る船でしか行く事が出来ず、その東大陸は数日前に渡航制限が出された。危険地帯となった東大陸で生き残る為に必要と考え、シンシアはスイに治癒魔法を教えた。
初日は赤く血の線が入った程度の切り傷しか治せなかったが、数日経った今は時間は掛かるが複数の裂傷を治せる程までに上達した。
『治癒魔法って難しいですね……』
「通常の属性魔法とは異なりますからね。慣れない内はどうしても手間取ります」
『……やっぱり慣れるしかないですよね』
魔力操作は感覚に寄るものであり、人によって感じ方や表現の仕方が異なるのもあって言語化するのが難しい。
シュウに雷魔法の制御を教わった時にスイも体感で理解したが、自分の中で自分だけのコツを見つけるしかない。
「そうですね。さて、治った事だし休憩は終わりです。どんどん撃ってきてください」
『はい、お願いします……!』
結界を隔てて氷魔法と地魔法が衝突する横で、コハクと人型のクロエも風魔法と地魔法を使いつつ戦っている。
床が派手に歪み、或いは深く亀裂が入っていた。
コハクの濃灰の毛は所々血に濡れているが、クロエも数箇所攻撃を受けた傷がある。
「馬鹿正直に真っ直ぐ仕掛ける事は減りましたね。考える頭はある様で安心しました」
「お前そんなひねくれた言い方しか出来ないのか」
コハクの放つ地魔法で隆起した床を、クロエは踊る様に跳び移り風魔法で反撃する。走りながら避けたコハクが魔力を集中させた時、クロエが飛び掛かってコハクを押さえつけた。骨が軋む音が鳴る。
「痛っ……! このっ!」
「発動が遅すぎます。魔法を使うなら瞬時に必要な魔力を集めてください。数秒掛かる内は魔法を主要とした戦い方は勧めません」
「ぐぅ……!」
「そもそも
「ぐぅぅ……!!」
コハクは反論出来ずに唸る事しか出来ない。
「東大陸も極東の島国も、あなたにとって相性が最高であると同時に最悪でもある諸刃の土地です。中途半端な実力ではすぐに死にますよ。主を悲しませたくはないでしょう?」
「…………解ってる」
先のクロエとの戦いで負った傷は、スイがシンシアを止められなかったからと言うよりは、単純に自身がクロエより弱かったからだとコハクは思っている。
スイは自分以外が傷付く事に心を痛める。もし、コハクが死んでしまったらスイは酷く泣いてしまうだろう。コハクを抱えて、ずっと謝り続けながら。
「オレはスイを泣かせたくない。でも、今はオレがスイを泣かせる原因のひとつになってる。それが凄く腹が立つ」
流れ出す血を気にも留めずに、コハクは四本の足でしっかりと立ち、琥珀色の眼でクロエを見据えた。
「手加減はいらない。本気でかかってきてくれ」
「……此処では、私は本来の姿に戻れません。まずはこの姿の私と同等に戦える様になりなさい」
「……解った」
「今、あなたの中で目標とする強さを具体的に教えてください」
「最終的にはドラゴンよりも強くなりたい。でも、まずはお前より強くなるのを目指す」
「……徹底的に伸してあげましょう」
目が据わったクロエとコハクが宙でぶつかり合う。
「クロエ殿、
「あっちの子、子どもにしちゃ発動速度が速い。中級以上の魔法も使うし、逸材だぞ」
「しかしやはり賢者様は別格だな。魔力操作に一切無駄が無い。私達があの域に達するのに一体どれ程の鍛錬と年月を要するのか……」
かたやクォーターエルフと人間、かたや
「今日はここまでにしましょう」
『……あ、ありがとうございました……』
「ぐるるる……」
「何怠けてるんですか。ちゃんと喋りなさい」
「ぐぅぅ……! ありがとうございました……!」
顎を掴まれ、不承不承に礼を言ったコハクにスイは苦笑いを浮かべた。スイとコハクの傷は、練習を兼ねてスイが治癒魔法で治したが魔力不足と戦闘による緊張感からふたりの顔には疲労の色が濃く広がっている。
魔導研究所を出ると、まっすぐシンシアの家に帰った。
「オカエリ! ゴ主人様!」
『ただいま、ザクロ』
留守番をしていたザクロが鳥籠の中から飛び出してスイの周りを飛ぶ。窮屈だろうからとシンシアが鳥籠の出入口を開けて自由に家の中を飛び回れる様にしておいたが、特に粗相も無く過ごした様だ。
「コハクはまたお風呂で身体を洗った方が良いですね。せっかくの綺麗な毛並みが血で固まってしまっていますし」
シンシアがそう言うと、コハクは尻尾をだらりと下げた。
「うぅ……」
「水は苦手でも、お湯は嫌いではないのでしよう?」
「水よりは好き。でもやっぱり毛が張り付くのは苦手なんだ」
「湯船に浸かればそれもあまり気になりませんが、あなたは身体が大きくて浸かれませんからね。慣れるしかないでしょう」
夕食の準備を始めたクロエが、振り向きながらそう言うとコハクもクロエの方を向いた。
「クロエのその姿って、人間と感覚は同じか? 風呂で毛が張り付く感じはしないのか?」
「しないので、同じかは判りませんが人間に近くはあるんでしょうね」
「便利だなぁ」
羨ましげにコハクが呟く。
「身体がデカくなってから宿の風呂場に入れなくなったし、ベッドも大きくないと上がれなくてスイと一緒に寝れないから、オレも人型になれたら良かったのに」
「モンスターが人型になる
『はい、解りました』
「本当か!? やった、ありがとうクロエ!」
喜んだコハクがクロエに飛びかかると、クロエは包丁を持ったまま振り向いた。
「料理中に飛びかからないでください。刺しますよ」
「ご、ごめん……!」
殺気を放つクロエに、コハクはスイの側まで猛スピードで戻って来てぴったりと身体を寄せた。クロエに怯えたザクロもスイの膝上に降りて震えている。
今日が終わるまで、一匹と一羽はスイから離れる事は無かった。
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