第62話 拾われ子の初めてのダンジョン探索 後編(下)

 地下七階の構造は地下六階と同じだった。ただ一面が白く、凹凸が無く綺麗に平らに整っている。中央で一段高くなっている所に宝箱があった。


『宝箱……』


「宝箱……」


 地下二階の出来事がふたりの脳内に蘇る。

 スイは地下三階で使った棒をポーチから取り出して宝箱に近付き、コハクはすぐに魔法が撃てる様に備えた。

 少し離れて棒で何度か宝箱を叩くが、動く気配は無い。

 スイはそっと宝箱に両手を添え、勢いよく開けると同時に後ろに下がった。やはり宝箱は動かない。


「……ミミックじゃない?」


『……多分』


 怖ず怖ずと宝箱の中を覗くと、牙は無く、底にナイフが入っていた。取り出して鞘から抜いて見る。


『……魔力を感じる。でも、地水火風じゃない』


 地水火風なら判る。この四属性と異なる魔力を持っていた石櫃のミミックが闇属性だとすれば、このナイフから感じ取れるのは。


『光属性付与のナイフ……?』


「おー、正解」


『!?』


 コハクとは違う声に振り向けば、真っ白な身体に金色の眼を持つ仔馬がいた。


「君の主人、まだ小さいのに優秀だね」


「そうだろ! オレの自慢の主で、友達だ」


「友達か、良いねー」


 何故か普通に話しているコハクに戸惑いながら訊ねる。


『コハク……その馬、知り合い……?』


「あれっ、君、僕が視えてるの?」


 目を丸くした仔馬が近付いてくる。自分の周りを歩く様子を目で追うと、金色の眼と視線が合った。


「本当に視えてるね。珍しいなぁ……ん?」


 仔馬はスイに顔を寄せ、鼻を動かした。


「……そうか、向こうの子かぁ。そっかそっか」


『え?』


 困惑したままのスイを置き去りにして、仔馬はひとつ頷いた。


「それならその力を使えるのも納得だよ」


『その力?』


「オークと戦ってる時に使ってたでしょ?」


『精霊術の事ですか?』


「あぁ、人間はそう言うんだったね。そう、それの事。普通の人間は使えないからね」


『……あの、君は、何ですか?』


 解らない事だらけだが、とりあえず目の前の謎について訊く事にした。


「僕? 君らが言う所の精霊だよ」


『……凄いあっさり』


「勿体ぶる事じゃないもの。他に訊きたい事はある? 久しぶりに視える子が来たから、答えられる事は教えてあげるよ」


『……じゃあ……』


 スイは思いついた順に質問を投げ掛ける。


『このダンジョン、殺意が高いのは何でですか? 中級者向けって聞きましたが…』


「此処に限った事じゃないけど、人間がダンジョンって呼ぶ所って、入ってきた人間や従魔の強さに合わせて行先が変化するように出来ているんだ。君らが通って来た道はこの中でも難度が高い方。殺意高いって言うけど、そんなつもりは無いんだよ?」


『……あれで?』


「あれで。精霊僕らにとって此処は、入ってきた人間に力があるかどうか見極める為の場所なんだ。力が無かったり、運の悪い人間が死んじゃうだけで、積極的に殺そうとは思ってないよ」


『篩のかけ方が凶悪』 


「でも君らは通り抜けたんだし、死ななかったから良いじゃない」


 にこにこと笑う仔馬に、スイは何となく理解した。人間と精霊では、命の重さや物事の捉え方はだいぶ異なるらしい。


『……ここら辺では見ない筈のモンスターがいたのは何でですか? オークも、本来は中央大陸には居ない筈です』


ダンジョンこの中はね、不安定なんだよ。外は属性同士の均衡が取れてるから環境が安定しているけど、この中は違う。不定期にひとつの、或いは幾つかの属性の力が強まったり弱まったりする。まぁ、これは外の世界でも端の方で同じ事が言えるけど」


『……属性の均衡が取れないと、強いモンスターが生まれるって事ですか? 世界の理で、世界の中央程弱く、端に行く程強い種の生物が存在するって言われているのはそう言う事……?』


「そうそう! 賢いね!」


『……中央大陸は他の四大陸に囲まれているから、属性の均衡が取れている。四大陸は特定の属性の力が強く、端に行く程他の属性から離れてしまい、更にひとつの属性の力が強まるから強いモンスターが生まれる……』


「その通り」


『……人間は? 強いモンスターがいるから中央大陸よりは他の四大陸に住んでいるハンター達の方が強いって聞くけど、それでもモンスターより極端じゃないのは何で……』


 リロの洞窟という範囲を越えたが、独り言の様に呟くスイの疑問にも仔馬は答えてくれた。


「属性って子孫に伝わるけど、それは長く影響を及ぼすんだよね」


『?』


「つまりね、数百年程度じゃ血や魂に刻まれた属性って消えないの。人間は大昔から番を得ては子孫を作り、代々力を繋いできた。最初はずっと同じ土地で、でも次第に生まれ育った土地を出て別の土地で子孫を残す者も増えてきた」


『…………』


 仔馬の話から導き出した推測を、スイは口にする。


『別の土地……自分が産まれ育った大陸とは別の大陸に行き、自分とは別の属性の人と結婚して子どもが出来れば、その子は複数の属性を持つ可能性が高くなる。それが繰り返されれば、いずれ全属性が体内に宿り、属性の均衡が保たれるから、極端に強い人はあまり産まれなくなる……?』


「そうそう! 凄いねぇ、話し甲斐があるよ! 楽しいなぁ」


 仔馬は鼻をスイに擦り付けた。


「大昔は、人間も四大陸の端で産まれた方が強かったんだよ。君の考えた通りの事が起きて、今はあまり産まれなくなったけどね。でも、今でも産まれ育った土地に留まり続け、その土地の者と番う事を昔から続けている人間達はいるから、そういった所には強い力を持つ人間が産まれやすいよ」


 世界の理に理由など無い。「そういうもの」だと、物心ついた時から教えられて人は育つ。

 だが、実際は理由があったのだ。


『……オークが出てきた、あの地面の線は何ですか?』


「あれはあの空間内の属性の均衡を更に不安定にして、空間に歪みを作ってモンスターを召喚する術式。オークが出てくるのは僕も想定してなかったけど」


『……それって、危ないんじゃ……』


「洞窟の外で使えばね。複製して持ち出せない様にあの地下六階自体に結界を張ってるし、万が一暴走した時、止める為に最下層ここに僕がいる」


『死ねば肉体は残る筈のオークが、消えてしまったのは?』


「召喚の負荷が肉体にかかり過ぎたんだ。あの術式、強制的に喚ぶし、召喚される方の身の安全はあまり考えてないんだよね」


『えぇ……』


 オークはオークで人間にとって、特に女性にとって非常に危険な存在なので同情はしないが、それでもそんな仕様の召喚術式には引いてしまう。 


『……ぬー……』


 頭がいっぱいいっぱいだ。スイは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「大丈夫?」


『……何とか』


「まぁ、そう言う訳で此処はこんな機構で出来てて、入って来た人間の強さによっては高難度になるんだよね。そんな所を通って地下七階ここまで辿り着いた人間にはご褒美をあげないとねって事で、それだよ」


 仔馬はナイフを鼻で指し示す。


「君の言った通り、光属性を宿している。人間が言う所の真性魔具ってやつだよ」


『真性魔具……!?』


 組み込んだ魔石によって人為的に属性を付与した武器や防具を人工魔具と言うが、武器や防具その物が最初から属性を宿している場合がある。それを真性魔具と言い、基本的にダンジョンでしか見つからないと言われている。

 しかし、世界の何処かに、真性魔具を作り出せる鍛冶師がいるとも言われている。あくまで噂の域を出ない話だが。


「もう質問は無いかな?」


『えぇっと……はい』


 よく考えればまだあったかもしれないが、考える事に疲れたスイはこれ以上訊くのをやめた。ナイフをアイテムポーチに入れる。


「じゃあ、こっちにおいで」


 仔馬に着いていき、地下七階の一番奥の壁の前に立つ。

 仔馬が前足で何度か床を叩くと、空間に歪みが生まれた。


『「!!」』


 身構えたスイとコハクを見て仔馬は首を傾げたが、すぐにその理由に思い至った様で笑い出した。


「あぁ、ここからは魔法は出てこないよ。これはね、地上まで一瞬で移動出来る手段なんだ。一方通行だから、入ったらまた階段を降りてでしか地下七階には来れなくなるけど」


『……オークみたいに身体に負荷がかかり過ぎるとかは……』


「無い無い。地下七階ここまで来れる様な優秀な人間を壊す訳にはいかないから、こっちはちゃんとその辺考えて構築してるよ。大丈夫、安心して」


 篩に掛ける為の道具の安全はどうでもいいが、自分達の気に入ったものはそれなりに大切に扱う。

 精霊とは勝手なものだと思ったが、よくよく考えれば人間にも同じ様な人はいる。精霊と人間で、全く価値観が異なると言う訳ではないらしい。


『送ってくれるんですか?』


「うん。君らには、特に君には楽しませてもらったからそのお礼だよ。あ、君、名前はなんて言うの?」


『スイです。此方はコハク』


「スイとコハクだね。覚えたよ」


『あなたは?』


精霊僕らに名前は無いよ。固有名詞が無くても意思疎通が出来るから名前を持つ理由が無い。でも、そうだな……不便なら、特別に名前付けても良いよ」


 格好良いのをお願いね、と言う仔馬にスイは答える。


『此処、リロの洞窟って言うからリロって名前はどうです?』


「安直だから却下。リロ自体は別の人間が付けたものだし」


『うーーん……司る属性って光ですよね?』


「そうだよ」


 腕を組んで考え込む事数分。スイはレイラから貰った古代語の辞典にあった言葉を思い出した。


『……ルース、はどうですか?』


「ルース、ルースかぁ……確か、昔の人間が使ってた言葉で光を意味するものだよね?」


『そうです』


「これもそのままと言えばそのままだけど、響きが気に入ったからそれで良いよ」


 受け入れてくれた事にスイはホッと息を吐いた。


「オレのスイだからな。盗るなよ」


 ずいっとスイとの間に割り込んできたコハクが不満気な顔でルースを見た。


「盗らないよ。僕は此処を離れられないし。それに、スイには先客がいるしね」


 そう言ってルースはスイを見た。


「せっかく仲良くなったんだから、また遊びに来てね」


 仲良くなったのか疑問だが、それを口にして下手に精霊の機嫌を損ねたくないのでスイは黙って頷いた。歪みの中に入る。


「――地下七階は、この先に本当の最後の道がある。今の君には通れないけど、いずれ資格を得て来るだろう。その時まで、またね」


『え?』


 振り返った刹那、金色の眼と視線がぶつかったがすぐにルースは消え、洞窟の出入口が見えた。後ろを向けば、地下一階への階段がある。


『……本当に一瞬で戻ってきたね』


「うん。便利だな、あれ」


『……最後に言ってたの、どういう事だろう……』


「資格って何だ?」


『わかんない……』


 似た様な事を前に何処かで言われた事がある様な気がしたが、疲れて考えが纏まらないので考える事自体をやめた。

 バッグから氷時計を出すと、まだ半分以上残っている。新年祭までには王都に着きそうだ。


『……あ、何で私にはルースが視えるのか、訊けば良かった』


 今更思いついても、もう遅い。それを訊く為だけにまた地下七階まで降りる気も時間も無いので諦めた。


『途中で何処かで休憩したいな……』


 地図を広げながらスイはリロの洞窟を出た。

 近くに村があるので、一旦そこに寄る事に決める。


「もう少しで王都だな」


『うん。楽しみだね』


 目を擦りながら、スイは村に向かって歩き出す。

 疲労により思考する事をやめていたスイは、自身がずっと失念している事に王都に着くまで気付く事はなかった。

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