第43話 拾われ子は西大陸から旅立つ

 太陽が昇り始め、地平線と接する空が朱く染まる頃、スイとコハクは宿の部屋を出た。

 階段とは逆方向にある、二階奥にあるシュウの部屋のドアをノックした。小声で話しかける。


『……スイです。起きてますか?』


「起きている。少し待て」


 布擦れの音が聞こえてドアが開き、いつもの格好のシュウが出てきた。


『今から町を出ます。お世話になりました』


「……今度はちゃんと挨拶してくれたな」


 頭をぽんぽんと軽く叩かれ、スイは頷いた。アードウィッチと同じ事を繰り返す訳にはいかない。


「だが、今回はちと早い」


『え?』


「俺も今日町を出るからな。もう少しだけ、一緒に旅をしよう」


 てっきり、此処でお別れだと思っていたスイは驚いて小さく声を出したが、『解りました』と答えた。

 胸に広がった安堵はスイ本人しか知らない。


『町を出る前に、教会とギルドに寄らせてください』


「勿論だ」


 スイを先頭に階段を降りると、受付前にジュリアンとリリアナが立っていた。


『おはようございます。ジュリアンさん、リリアナさん』


 朝起きて、二人に挨拶するのもこれが一先ずは最後となる。次があるとすれば数年後だ。


「おはよう、スイちゃん。コハク。シュウ」


「おはよう、スイ君。コハクちゃん。シュウさん」


「おはよう。世話になった」


『お世話になりました。ありがとうございました』


 頭を下げたスイとシュウに、ジュリアンとリリアナは微笑む。


「こちらこそ、ずっとウチを贔屓にしてくれてありがとね。盗賊団を壊滅させた事も本当に感謝しているわ。昨日のお手伝いもね」


「これ、お昼ご飯よ。持って行って。シュウさんとコハクちゃんの分も」


『ありがとうございます』


ぐるぅありがとな!」


 スイは自分とコハクの分をアイテムポーチに入れて、残ったひとつをシュウに渡した。


「最後まですまないな」


「これくらい、何ともないですよ」


 リリアナが首を振ると、誰も何も言わない妙な間が数秒生まれた。スイも、ジュリアンもリリアナも、何か言おうとして言葉が出てこない。その無言の間を、スイの肩に手を置いたシュウが破った。


「……行こうか、スイ」


『……はい。お二人共、本当にありがとうございました…………また、来ます。その時は、お部屋が空いてたらまた泊まらせてください』


 スイが深く下げた頭を上げた時、リリアナがスイを抱きしめた。

 スイは前に抱き締められた時の事を思い出す。


「勿論よ。その時は、それまでの旅の話を聞かせてね」


 声を詰まらせたリリアナは、目に光るものを浮かべる。


「……元気でね、スイちゃん・・・・・


『…………!』


 最初からなのか、それとも途中で気付いたのかは解らないけれど、リリアナは知っていた。恐らくジュリアンもだろう。

 スイはぼやけた視界でひとつ、瞬きをする。両頬を涙が流れ落ちていった。両腕をリリアナの背に回す。


『……はい。リリアナさんも、ジュリアンさんも、どうかお元気で』


 リリアナから離れて、スイは袖で涙を拭って宿を出た。

 まだ空気が冷えている早朝のオアシスの町中を二人と一匹で歩く。

 教会の墓所に着くと、マリクとレイラの墓の前でスイはしゃがみ、目を閉じて手を合わせた。


『(おじいさま、おばあさま。暫く、西大陸から離れます。四・五年後、もっともっと強くなって戻ってきます……)』


 目を開けて立ち上がると、墓に背を向けた。シュウと目が合う。


「もう良いのか?」


『はい』


 墓所を出て、町の中心部に向かう。ギルドの看板が見えてくると、寂しさが募った。


『……おはようございます』


「おはよう。いよいよ旅立ちだな、スイ」


 ドアを開けて入ると、セオドアがロビーに居た。スイ達が来たのを見て、受付や事務所に居たニーナやカテリナもロビーに出てきた。


『皆さん、お世話になりました』


「……寂しくなりますね。他の大陸でも、スイさんならきっと活躍出来るでしょう。お身体を大事になさってください」


「スイ君の活躍の噂が西大陸に届くのを楽しみにしてるからね……!」


『はい、頑張ります。皆さんも身体にお気を付けて』


 カテリナやニーナと握手をして、スイはセオドアの前に立つ。


「……こんなに旅立ちを惜しまれるハンターはそうそう居ない。なぁ?」


 スイがセオドアの視線を追って振り向くと、シュウが頷いていた。前を向くと、寂しそうにセオドアが微笑っている。


「スイなら、マリク殿の様なハンターになれるかもしれない。お世辞抜きでな。将来が楽しみだ」


『ありがとうございます』


「数年後、また会う時を楽しみにしている」


『はい。今よりもっと強くなって会いに来ますね』


 セオドアとも握手を交わす。手を離して下がると、セオドアはシュウの前に立つ。


「お前にも世話になったな。結局詫びのひとつも出来なかった。是非また来てくれ。今度こそ酒を奢る」


「それは有難い。俺も暫く世界を回るが、また来させてもらう」


 シュウを盗賊団の仲間だと疑っていた事を、セオドアは盗賊団壊滅の後に本人に詫びていた。シュウは特段気にしていなかったが、セオドアは気にしていたらしい。


「二人とも元気でな…………死ぬなよ」


「ハンタースイ、ハンターシュウ、どうかお気を付けて」


「コハクもね。皆でまたオアシスに来てください」


 三人に見送られて、スイ達はギルドを出た。

 中央大陸に繋がる関門へ行く為に町の東口に停まっている馬車に乗り込もうとした時、コハクが耳を動かして町の方を振り返った。

 スイも近付いてくるふたつの気配に気付いた。


ぐるスイ


『うん』


「スイーーー!」


 スイを呼ぶ大きな声が早朝のオアシスに響く。

 ネイトとエルムが息を切らしながら走ってきた。


「はぁっ……はぁっ……! ま、間に合った……!」


「よ、良かったぁ……!」


 膝に手を当てて息を整える二人を、スイは静かに待つ。


「宿に行ったら、もう出ていったって言われてさ……めちゃくちゃ焦ったよ……スイ、手出して」


『?』


 ネイトに差し出した手に、木で出来たエンブレムが乗せられた。人型のシルエットと、剣と杖が彫られている。

 ネイトとエルムの手にも同じ物があった。


「二日前に言っただろ。俺達の友情の証を作るって。デザインに悩んでたらこんなギリギリになっちゃってさ」


『あ、ありがとう……この彫られているのって……』


「お、それの意味解るか?」


 ネイトが嬉しそうに笑う。

 人と剣と杖。それぞれ、ある組織とそれに所属する者達を象徴しており、各組織の建物にある看板にも描かれている。


『……冒険者とハンターと魔導師?』


「正解!」


『……何で?』


 スイがエンブレムの意味を訊くと、ネイトとエルムは視線を合わせた後、スイを見た。


「迷ってたけど、俺は冒険者になるって決めた」


「ぼ、僕は魔導師を目指す事にしたんだ……!」


『!!』


「だから、此処エンブレムにあるのは俺達三人なんだよ」


「冒険者もハンターも魔導師も、ランクがひとつ差なら一緒に冒険が出来るって聞いたんだ」


 ハンターと冒険者は、組んではならないと言う決まりは無い。魔導師もランクがあり、魔導師ギルドに所属する多くは研究に勤しむが、ハンターや冒険者と組んで旅する者もいる。

 スイの養祖母のレイラもその例に当てはまる。賢者の称号を贈られる前は、魔導師レイラとしてマリクと共に旅をしていた。


「僕が魔導師の勉強を始めるまであと四年以上掛かるから、その間にスイやネイト君はランクが上がっているだろうけど、僕も頑張って追い付くから……!」


「だから、将来三人で冒険しようぜ!」


 ハンターと、冒険者と、魔導師の三人で。


『…………うん、三人で、冒険しよう』


 スイはエンブレムを力強く握った。


「絶対に死ぬなよ」


「約束だよ……!」


『…………うん』


 ハンターは常に危険と共に在る。絶対に生き残ると確約出来ない故に、生きて帰る事を断言しない者が多い。

 この約束に対してもそうするべきだと思っていても、スイは頷いていた。

 歳の差や始まりの差で、それはいつになるか解らないけれど。

 いつか、絶対に三人で。


『……二人とも元気でね』


「「スイこそ、元気で」」


 スイは二人に背を向けると馬車に乗り込んだ。サンドホースが走り出す。


「スイーー!」


 ネイトの大声に振り返ると、二人とも大きく手を振っていた。


「オアシスに帰ってくるの、俺達待ってるからな!」


「お土産話、楽しみにしてるからね!」


 スイの目から、涙が溢れた。

 荷台から身を乗り出して、手を振り返す。


『ありがとう! 絶対にまた! 会いに来るから!』


 砂埃が巻き上がり、二人の姿を覆い隠す。

 スイは座ると、両手の甲で目を擦った。その頭に手が乗せられる。


「……スイは良い人達に会えたな」


『……はい』


「彼等との約束を守る為にも、強くなって生き残らないとな」


『……はい……!』




 太陽と共に気温が上がり、何もしてなくても汗が流れる様になった頃にちょうど西大陸の東にある関門が見えてきた。関門には列が出来ている。

 馬車は速度を落とし、やがて停まった。


「馬車で行けるのは此処までだ」


「解った。帰りに気をつけてな」


「あぁ。お前達の旅に、幸運がある事を願っているよ」


 オアシスに帰っていく馬車を見送り、スイとシュウは列に並んだ。


「やはり西大陸側は人が少ないな。町がふたつしか無いから当然ではあるが」


『他の大陸はいっぱい町があるんですよね?』


 ギルドで借りて見た世界地図には、西以外の大陸は幾つもの町が記されていた。


「あぁ。全部回るとなると、ひとつの大陸を網羅するのに数年掛かるだろうな」


『数年……!』


「特に目的が無ければそれも良いだろうが、そうじゃなきゃ幾つかに絞って回った方が良い」


『大きな町とかですか?』


「そうだ。小さい町より情報が集めやすい。町の中で一番情報が集まるのは酒場だが、スイは入れないから、ギルドの職員や宿の客、買い物の際に店主に訊いた方が良いだろう」


『解りました』


 話している間に、どんどん前へと進み、扉の前に立つ兵士が見えてきた。


『見た事無い鎧……』


「王都の兵士だ。各大陸に繋がる関門の審査と警備は彼等の役務だからな……あぁ、そうだ」


 シュウは何かを思い出すと、スイとコハクを見下ろした。


「テイムの前例が無いコハクアサシンレオウルフを連れているから、関門も町も初めて入る時は十中八九時間を取られる。従魔ファミリア契約を結んでいる事をちゃんと話す様に」


『話すだけで信じてもらえますか?』


「専用の聖具で調べられる。関門を通った旅人の情報は各町や王都の関係各所に共有されるから、此処さえ通れば後は此処より時間が掛かる事は無いと思う」


『解りました』


「面倒臭そうな事になりそうだったら俺を呼べ。その時は俺がフォローするから、心配しなくて良い」


『はい。ありがとうございます』


 兵士に促され、先にシュウが扉を通っていく。五分程待つと扉が開いた。


「次の者、中に……待て、このモンスターは?」


『ボクの旅の相棒です。従魔契約を結んでいます』


「……種族は?」


灰色獅子狼アサシンレオウルフです』


「馬鹿な!? 灰色獅子狼にテイムの前例は無い筈だ!」


『……従魔契約の有無を調べる聖具があるんですよね? 調べてもらって構いません』


「…………此処で待て」


 そう言って兵士は中に入って行った。


ぐるるるる何だアイツ……」


 唸ってはいないが、それに近い声音で話すコハクは機嫌を悪くした様だ。


『コハク、我慢だよ』


「……ぐるるるるスイがそう言うなら……」


 スイがコハクを宥めていると、先程の兵士が出てきた。


「……許可が出た。中に入れ」


 コハクと共に関所に入ると、受付のカウンターの向こうの兵士と目が合った。


「これはこれは……小さな旅人だな。身分証明書の提示を」


『はい』


 スイはカウンターにハンターの証を置く。審査官は魔道具にそれを起き、魔力を流した。スイの個人情報が展開される。


「……微妙に魔力を感じるが、変装ディスガイズを発動させているのかね?」


 今のスイは髪の色は本来のまま、眼の色だけを変えている。

 西大陸に長年蔓延っていた盗賊団の一件で関門や町の出入りの際、変装の魔法に対しての目が厳しくなってきていた。

 シュウと話し合った結果、髪の色は西大陸以外ならそれ程目立たないのでそのままでも良いが、眼の色だけは何処に行っても都度目立たない色に変える様にと言われたので、レイラと同じ群青色に変えた。スイの持つ属性とも合った色なので、魔法を使う際も目立ちにくい。


『はい。ボクの色は珍しい様なので、自衛の為に』


「確認の為、一旦解除してくれ」


 スイは変装を解き、本来の色彩の眼に戻した。

 審査官は頷き、再度発動の許可を下ろす。


「名前と職業は?」


『スイです。ハンターで、ランクはDです。こちらは旅の相棒の、灰色獅子狼のコハクです』


「従魔契約を結んでいると聞いたが、本当かね?」


『はい』


「ではこちらの聖具に従魔と共に手を翳し、魔力を流してくれ」


『はい。コハク、お願い』


ぐるぅ解った


 水晶玉の様な聖具にスイとコハクは魔力を流す。すると、スイとコハクを青緑色と蜂蜜色の光が包んだ。


『この光、従魔契約の時にも見たね』


ぐるるるオレ達の魔力の色だ


「……何と、本当に……テイマーでは無いんだね?」


『違います。ボクはテイムのスキルを持っていませんから』


「ふむぅ……非常に珍しいが、従魔契約をしているのは確かだからな。中央大陸へ行きたい理由は?」


『祖母の遺言で、王都に行きたいからです』


「その祖母の名前を訊いても良いかな?」


『レイラと言います』


 レイラの名を聞いた瞬間、審査官ががたりと音を立てて立ち上がった。


「……レイラ……賢者レイラ様か……!?」


『は、はい』


 審査官はハッとした顔でスイを見る。


「スイと言う名の子どものハンター……そうか、王都のハンターズギルドで噂になっていたのは君か……!」


 審査官は何やら一人納得した顔で頷いた。


「通行を許可する。これが許可証だ、失くさない様に」


 判を押された羊皮紙を受け取る。


『は、はい。ありがとうございます』


「それと、その従魔に対してだが」


 スイは、何を言われるのかと身構えた。


「そのままだと野生と見分けが付かず、混乱を招く可能性がある。なるべく早めに、首輪か何かを着けて人に従っている事が見た目で解る様にする事」


 成長して身体が大きくなったのと、従魔契約を結んで着けている必要が無くなったのとで従魔の首輪はとっくに外していた。確かにこれでは野生の灰色獅子狼に見える。


『解りました』


「うむ。では通ってよし。良き旅を」


 扉が開いたので外に出る。


『…………ふわぁ…………』


 西大陸よりも冷たく、湿った風が吹いた。木々の葉は落ちかけ、黄や赤の葉と枯草が地面を覆う。

 西大陸とは全く異なる景色が眼前に広がっていた。


「やはり時間が掛かったな」


 頭上からの声に、顔を上げるとシュウが隣に立っていた。


「どうだ、初めての中央大陸は?」


『……風も、景色も匂いも、全然違います。ちょっと湿っぽくて、砂っぽさが無いです。あと寒いです』


「今こっちは秋だからな。もうすぐ冬だが」


『これが秋……』


 四季があるのは中央大陸と東大陸だけだ。他の三大陸はほぼひとつの季節に固定されている。南大陸の北や東側は若干変動があるが、中央大陸や東大陸程大きな変化は無い。


「スイ、彼処に中央大陸の全域が記された地図がある」


 手招きをされて、スイはシュウについて行き、地図が貼られた掲示板の前に立つ。


「今居るのが関門前。地図で言う所のここだ」


 地図に書かれた矢印をシュウが指差し、スイが頷く。


「王都は今居る所から東に向かったここにある。徒歩だとスイの足なら二ヶ月位か」


『二ヶ月……!?』


 そんなに掛かるのかとスイは目を点にした。


「中央大陸は広くて殆どが平地だ。世界の理にある通り、強いモンスターや危険な植物等は王都に近付く程いなくなる。だから、中央大陸で気を付けるべきはモンスターより人間だ。覚えておけ」


『……はい』


 スイは自身が倒した盗賊団のボス、ルオツィネを思い出して、拳を握った。


「王都まではほぼ東にまっすぐだ。途中幾つか町もあるから宿泊には困らない筈だ。今日はこのどちらかの町に泊まれば良い」


『…………はい』


 王都迄の詳しい道程。注意事項やアドバイス。どれも、都度説明しても良い事だ。それを今こうやって話すという事は。

 スイは理解して、視線を地図に向けたまま、シュウに問う。


『ハンターシュウとは、此処でお別れなんですね?』


「……そうだ。依頼と、個人的な用件でな。この後、俺は南大陸に向かう」


 風がスイのフードを外し、二人の短い髪を揺らした。


『……髪、切ってくれてありがとうございました』


「あぁ。上手いものだろ?」


『はい。スッキリしました』


 シュウの手がスイの頭をわしゃわしゃと撫でる。スイは嫌がらずに、されるがままだ。


「……次会う時はもっと大きくなっているだろうな」


『ハンターシュウよりも大きくなります』


「それは無理だ。諦めろ」


 漸く、スイとシュウは目を合わせて、笑った。

 太陽の位置のせいか、ゴーグルの奥、シュウの目が透けて見える。


「なぁ、スイ」


『はい』


「念の為、一応訊いておく」


 シュウの切れ長の目が、スイを見つめる。


「王都での用を済ませたら、俺の所に来ないか?」


 スイは一瞬目を見開いたが、すぐに伏せた。半開きになった唇をきゅっと噛むと、首を左右に振った。


『――行きません』


 伏せた目を開き、まっすぐにシュウを見て、もう一度告げる。


『行きません。ボクは……私は、強くなる為にコハクと旅をします。そして、上級ハイランクハンターを目指します』


 その答えに、シュウは目を細めると満足そうに微笑い、頷いた。


「解った」


『……ハンターシュウと次に一緒に旅をするのは、私がBランクハンターになった時ですね』


「そうだな。その時の事を、決めておこうか」


『決める? 何をですか?』


 スイは未だ頭にある重みを感じながら、シュウを見上げた。


「再会する場所と、連絡手段」


『あ……どう、しましょう……』


 どちらかが定住しているなら簡単だが、二人とも旅人だ。連絡の取りようが無いのではとスイは不安に眉を下げた。


「もう少しで年が明けるから、そうしたらスイは十一歳になるよな」


『はい』


 新しい年を迎えた時、人はひとつ歳を重ねる。

 産まれた日を記録し、その人が産まれたその日を誕生日として祝う事もあるが、それは貴族や王族でしか行われない。庶民には無い概念だ。


「なら、スイがBランクハンターになったら、もしくは十五歳になったら、西大陸でまた会おう。ゲルベルト爺さんにまた武器を打ってもらう約束もあるし、ちょうど良いだろう」


『どうやって連絡をすれば良いですか?』


「ハンターズギルドの受付で、俺宛にメッセージを預けてくれ。ギルドはハンターの証から魔力を感知して各ハンターの位置を把握出来る。ギルドに伝言を頼むと、ハンターがギルドに来た際に伝えてくれる」


『解りました。私がBランクに上がるか、十五歳になるか、先にどちらかに到達した時にハンターシュウにギルドを介して連絡しますね』


「あぁ、待っているからな」


 シュウがスイの頭から手を離し、歩き出す。それに合わせてスイも着いていくと、分かれ道で止まった。

 立っている看板には、東にある町の名前と、南にある町の名前がそれぞれ彫られている。

 分岐路の片方にスイとコハクが、もう片方にシュウが立つ。


『…………仕事を手伝うって約束したんですから、死なないでくださいね』


「当たり前だ。スイも息災でな。コハク、スイを頼んだぞ」


ぐるるぁん任せろ!」


 強風が吹き、黄や赤の葉を巻き上げた。


「じゃあ、またな。スイ」


『はい、また』


 互いに、行くべき方向に足を踏み出した。振り返らず、どんどん距離は離れていく。

 スイが一歩進む度に、地面には水滴が落ちた。


『………………』


 ボロボロと零れる涙は、顎を伝って次々に落ちていく。


 俺の所に来ないか?

 そう問われて、スイの心は揺れた。

 着いて行けば、また一緒に旅が出来る。

 優しいシュウの事だ。きっと、何かあっても守ってくれる。

 色んな話を聞けて、シュウと一緒にいる事で磨ける戦闘技術もあるだろう。

 でも、それでは必要な強さは得られない。


『(それじゃ、駄目なんだ)』


 自分自身がぶつかり、戦わなければならない。

 例え、それで傷つこうとも。

 見たくないものを見る事になっても。


『(強くならなくちゃ。次会う時までに)』


 スイは一度涙を拭うと、東の町に向けて休まずに歩き続けた。

 シュウと再会の日までの目標を、新たにして。


 

 ――一方シュウは、ゴーグルを外して、前髪を掻きあげた。


「(……訊くべきではなかったのかもしれないが……)」


 答えは解りきっていた。それでも、訊いた。

 結果、予想通りの答えをスイは返してきた。


「(それでいい)」


 もし途中でスイがハンターを辞めたくなっても、一緒にいれば守り、養う事が出来る。

 それが、スイが一番傷付かずに安全に生きられる道だと思っている。

 でも、スイは着いて来なかった。

 傷付く可能性があると解っていて、シュウと離れて歩む道を選んだ。スイ自身に必要な強さを身に付ける為に。


「(ならば、俺は待つだけだ)」


 道の先にある苦難を乗り越えて、成長した姿を見せてくれるその時を。


「(……大きくなったな……次に会う時が楽しみだが……)」


 その時も頭を撫でさせてくれるだろうか。


「(十五歳か……思春期だし難しいかな……)」


 成長した姿への期待と寂しさを胸に、シュウは南の町へと向かったのだった。

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