第13話 青色も灰色も、混ざれば黒になってしまうから

「とまぁ、そんな感じで、芽衣ちゃん一人にはさせられないから、連れてかれるまま連れてかれて芽衣ちゃんの家……白木さんちに着いたってわけだ」

 スーパーで買い物してたら、というところから順を追って語るとして、五分もかからない経緯ではある。

「地図読めるのすげぇよな。スマホ取られた時はちょっと焦ったけど」

「ごめん。ちゃんと言っとくから」

「……別に、いいけど……俺が口出しすることじゃないとは思うんだけど、なんだ、まぁ、色々ちゃんと言ってあげといてくれ」

 琴樹としてはなにはなくともその点だけが気掛かりだった。よその家庭の躾に首を突っ込むのはよろしくないとわかりつつ、やはり実際に危険に対応した琴樹だから、一言くらいはモノを言いたくもなる。そしてその資格はある、と優芽も思う。

「うん。ほんと……あのあと言って聞かせはしたんだけど……したからたぶん、大丈夫だとは思う。あ、あの日は特にっ、お母さんの仕事の都合とか、私の体調不良なんかも重なっちゃったからっ」

「そういえば体調は……大丈夫だから学校来てんのか」

 言いかけて一人納得する琴樹だった。

(あん時はほんと具合悪そうだったもんなぁ)

 思い出すから、今の復調した優芽を観察してしまったりもする。元気になったみたいでよかった、と思う間に優芽の顔に薄く赤色が滲んでいくから、それは少し疑問だった。

「なに?」

「いや……白木さん……もう体調大丈夫なんだよな?」

「大丈夫ですけど? 元気なんですけど?」

「お、おう、そうすか。いやうん、よかったよ」

 思わぬ頑なな態度にたじろぐ気分の琴樹だった。


「百円は、後で返すから」

「いいよ別に。お釣りは俺が受け取ったし」

「返すって。それに芽衣を助けてくれたお礼だってしたいし」

「それなら……芽衣ちゃんと遊べて楽しかったし、それでチャラでいい」

「そ、そんなのっ」

「いいからいいから。別に何か損したわけでもないのに、そんな畏まってお礼とかされても俺が困る」

(こうしてんのだって、てかさっきのだって見てる奴は見てたからな)

 普段から大して関わりのない上位カーストの女子をそう何度も相手にするのは、琴樹としては勘弁願いたかった。

(白木さんも涼も、モテんだから)

 クラス、もしかすれば他クラスや他学年の男子、はては別の学校やらの男どもからすらも、やっかみを受ける可能性がないではない。それはなんとも居心地の悪そうな未来だ。

「それにあれだ、俺の方こそ白木さんが……風邪で弱ってるところ見ちゃったりもしたしな。お相子だって」

「あっ、そ、それは……それ! そうそれ! わ、忘れてっ! 忘れろっ!」

「おっけ、おっけおっけ。忘れるから。あぁあと、白木さんも、頭回らなかったんだろうけど、あんな状態で男を家に上げるなよ?」

 カーっと、いよいよ優芽の顔が真っ赤に染まる。

「わ、わかってるし! あれほんと熱でっ……熱のせいだからっ! 別に上げたくて上げたわけじゃなくって!」

「ならいいけど。ま、気を付けてな。あぁあと、これは信じてもらう以外にないんだけど、白木さんちに居た時に変なことはしてないから。言われた通りリビングで芽衣ちゃんの相手だけしてたから」

「当たり前でしょ!? してたらぶっ飛ばすし!?」

「おーこわ。じゃあ俺はこれで退散するんで。わるかったな、時間取らせて」


 流れで一方的に解散を決めて、琴樹はその場を離れていく。涼は笑顔は浮かべたまま、肩を上下させる親友の不器用に内心は苦笑していた。

「よかったんですか?」

「なにがっ?」

 涼は、はぁとため息を吐き出してから続ける。

「お礼、ちゃんとしたいと言っていたではないですか」

「それはだって……幕張が、いらないって、言うし……」

「……戻りましょうか、教室」

 なんとも後味の悪い空気を変えるべく、まずは場所から移した方がいい。それに、と涼は思う。


 この、背中を丸めてしまった親友がどんなに拙くとも、幕張琴樹が線を引いてあちらとこちらに切り分けようとしても。

 どうせあの小さなお姫様が全部ひっくり返してしまうのだと、そう確信していた。

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