第11話 説明を要求する!(ことが増えた)
白木優芽の学校生活は忙しい。
「どうどうこれっ」
友達が自慢げに見せてくるのは光沢を放つ青いネイル。薬指だけに施されたそれは、複雑なグラデーションで様々に見え方を変える。
「わ、めちゃいいじゃん。こないだのやつ?」
「そー、なのー! めっちゃ練習した!」
土日に雑誌と睨めっこで格闘した成果だと、それを優芽も他の友達たちも褒めたり茶化したり。先週末に今と同じように教室の一角で、みんなで見た写真にかなり近い出来栄えだった。
「優芽はしないよね、ネイル」
「うち妹いるしねー。爪伸ばせないし……わざわざ付けんのもめんどいし?」
「あー芽衣ちゃんね。相変わらずお姉ちゃんしてんね」
その次の休み時間には。
「ここっしょ!」
「絶対こっちだって!」
「こっちもいいし……全部行っちゃう?」
「それはさすがにお小遣いが吹き飛ぶわ。やっぱこっちじゃない?」
というのは、今日の放課後にカフェに行こうという話の流れだ。それぞれにスマホで見当を付けた候補を見せ合っている。優芽もまた、紅茶に力を入れているという店をスマホの画面に表示させている。
選ばれたのは、別の店舗だったが。
体育はとっくにジャージが当たり前になっていて、バスケの試合の合間の歓談にこんなことが話題に上ることもある。
「男子の視線ってさ、ほんと正直だよね」
「それな」
「こいつの吸引力もジャージで半減ってねぇ」
『こいつ』と言いながら勝手に弾まされる自分の胸に、せっかく半減した視線の数が夏頃まで回帰するのは優芽としては当然に完璧に不本意である。
「やめい」
「いたいいたい! ごめんってぇ!」
友達だろうと、手の甲を抓る力に容赦はなかった。
お昼はいつも通りのメンツで食堂で食べて、教室に戻る道中に優芽は手洗いに寄る。涼を伴って。
「もうお昼なんだけどっ!?」
「そうですね。今日の鯖の味噌煮もとてもおいしかったです」
「訊いてない!」
「ええ、訊かれた覚えはありません」
「……幕張のやつ、ほんとに説明とかする気あんの? あいつぜんっぜん、いつもどおりじゃん」
そろそろ不満がゲージ一杯といった具合の優芽だった。
優芽が気に食わないのは、琴樹が全く平常運転なことだ。金曜日に何があったのか、実際のところそんなに気にしてはいない。大まかには、芽衣から聞いた断片的な話でわかったつもりでもいる。
(つまり芽衣が一人で勝手に風邪薬買いに行っちゃって、その時に保護してくれて家まで送ってくれたってことでしょ? いいじゃんそんくらい、フツーに話しに来てくれれば)
王子様だのなんだというのは、優芽の中ではなかったことになっている。妹の一時の気の迷いとして処理されている。
「優芽から話しかけに行くというのは?」
「や……それは……なしっしょ」
そんくらいのこと、だから優芽から切り出せばいいだけのことと、そのくらいは優芽にもわかっている。
(なんかはずいし)
ただなんとなく気恥ずかしいし、そしてそれは正当だというのが優芽の主張だ。
熱で朦朧としていたとはいえ、していたから、お世辞にもお洒落とは言えないジャージで、起き抜けのなにも整えていない様子を晒してしまったことは、乙女的大事件ではあった。
(んー、幕張の記憶消せないかなー。頭殴ったら記憶消えたりしない? や。やんないけどね?)
そしてもう一つ、(二つか)と、優芽が心中に訂正する自分の失態も、琴樹に話しかけに行く勇気を持てないでいる理由になっている。
芽衣の面倒をきちんと見れなかったこと。これは本当に優芽としても大反省しており、何かが少し違えばもしかしたら……という考えただけで血の気の引く想像が、それほど有り得ないものではなかったと、優芽自身わかっている。
(ほんと、だから、幕張にはちゃんとお礼しなきゃいけないのに……)
そう思うほど、なぜだか気後れしてしまう。
二つ目はやはり、あの時の自分がなにをどう考えたのか琴樹を家に上げたという事実が、とにもかくにも羞恥心として大きい。
(ありえんくない? フツー、家には上げないし……あぁぁぁあ、そのあともフツーに失礼だし、私ばかすぎ、ほんっとばか)
病気を言い訳にしても、それはあまりに恥ずかしすぎる暴挙だった。なぜあんなことをしてしまったのか。
そんなようなことを、両頬に手のひらを当てながら考え込むのは、校舎のあまり使われないお手洗いであって、涼の目の前である。
涼は今、心の底から笑みを浮かべているのだった。
そして一つ、爆弾を落としてみようかな、なんて思ってみたりもする。
「ちなみに私はもう、聞きましたよ?」
「……は?」
「ですから、幕張君から、お話を。金曜日の放課後にどういった事情で幕張君が優芽の家に居たのか、事細かに教えて貰いました」
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