第9話 幼女はア〇パ〇マ〇と姉がプリンの早食い競争をしている夢を見ている

「お風呂あがったよー」

「はいはい。おうどんあるから食べなさい。食べられそう?」

「ん、フツーにお腹すいてる」

「よかったわね。具合の方は?」

「なんかぜんぜん元気。……芽衣のおかげかな」

 今度はしっかりと寝間着に着替えて髪も乾かし、万全の状態でリビングにやって来た優芽は、母親とのやり取りの間にソファ、涼が座り芽衣がその膝に頭を乗せているソファに歩み寄った。

「涼も、ごめん。ありがと」

「えぇ、貸し一つですね」

「か、貸しぃ? えーなんかそれは……涼相手に貸しとかちょっと怖いんだけど」

「安心してください。ほどほどの無茶しか言いませんから」

「ぐっ……お、お手柔らかに頼むわ」

 それからソファの前に膝をついて、さきほど涼がしていたように、芽衣の髪を優しく撫でる。

「芽衣、ありがとね。お姉ちゃんのために頑張ってくれたんだよね」


 まだ、状況証拠みたいなものしかない。

 芽衣が玄関の外にいたこと。風邪薬を持っていたこと。

 それから。

「でも芽衣……ほんとなにやったの? なんで幕張なんか連れて来たのよ……」

 それは姉のちょっとした愚痴であり冗句の類ではあった。


「ふふ。幕張君ですけど……王子様なんだそうですよ。芽衣ちゃんがそう言っていました」

「はぁ? 王子ぃ? 幕張が王子様とか……ないないないない。あいついっつも眠そうなウザい顔してんじゃん」

「それはそうですね」

 女子二人からの琴樹の評価はそんなものだった。

「でも、顔はそこそこ整っている方ではあるのでは?」

「んでもフツメンでしょ。うちのクラスの男子なんてみんなレベルひっくいし」

「またそういうことを。優芽は基準を高く持ち過ぎだと思いますよ」

「いいの。理想は高いほどいいんだから」

 涼は、台所でこちらの様子を見守っている女性と顔を見合わせる。やれやれまったくこの子は、という声が聞こえそうな、そんな肩の竦め方に苦笑いを返す。


「そんなだから初恋もまだなんです」

「いいでしょ別に。恋なんて……どうせそのうちするんだから」

 それは優芽の恋愛観であり、楽観であり、両親の仲睦まじさに見出した優芽にとっての真実だった。

 どうせそのうち『ビビッとくる』。

 涼は、ついさきほどは肩を竦めていた人がへたくそな口笛で知らぬ顔をするのを、じっとりとした目で見やっておいた。


「芽衣」

 と、優芽はまた柔らかくその名を口にする。

「あんた、あんなのが王子様とか……見る目養わないとだめだからね」

 柔らかく優しい口調で、割と辛辣なことを言う。余談だが、同じ時刻に琴樹がくしゃみに体を震わせたのだった。


「それでその幕張君ですが、月曜日に事情の説明をいただけると言っていましたよ」

「あ、そなんだ」

「約束したのは私ではありますが……幕張君なら、優芽に説明をしないままでいるということもないとは思います」

「そうかな?」

「ええ。そういったところはおそらく……大丈夫ではないかと」

 涼の要領の得なさと妙な信用に首を傾げながらも、優芽はひとまず頷いておく。

 小中高と同じ学校に通いながら、親友と言っていいと自負しながら、それでも優芽には掴めない部分も多いのが黒浜くろはまりょうという少女だった。

「ま、涼が言うなら信じるけど。幕張って別に、おかしな奴……ではあるけど、悪い奴ではないし」

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