第7話 幼女、電源オフ
涼にとって、白木姉妹というのは渇いた日常の一服の清涼剤であり、日陰に差した一筋の陽光である。
だから
そんな内心をおくびにも出さないまま琴樹を見送ったのは、平静に努めただけであり、混乱が冷めやらぬままだったということ。
芽衣と二人きりになった玄関先で、閉じたドアを見つめながら考える。
なぜ、幕張琴樹が優芽の家に、白木家に居たのか。
「よからぬこと、というわけでは、なさそうですけど……」
「りょうちゃん?」
芽衣が隣で動かない涼のズボンを引っ張る。
「……リビングに戻りましょうか。……芽衣ちゃんは、今の人が誰なのか知っていますか?」
「いまのひと?」
「いま……ばいばいした人です」
「めい、ばいばいしてないよ?」
「またねーってした人のことです」
「おにいちゃん!」
当然、涼は白木芽衣に兄がいないことを知っている。姉妹二人の他にキョウダイがいないことを。
「あのね、おにいちゃんね、おうじさまなんだよー」
「……そうですか。それは……よかったですね」
そしてそれはなんとも、面白そうな話だ、と涼は思った。
自分にとって掛け替えのない存在だとして、楽しみを見出さない理由にはならなかった。
〇
目が覚めた時、優芽は一切のことを記憶していなかった。もちろん奥底には眠っている。ただ、熱と共に直近の出来事が記憶領域から一時的に引いて去ってしまっていた。
「あ、らく」
体を起こしてぐっと伸びをする。
「なんでジャージ着てんだろ」
室内着として使っている中学時代のジャージを着ていることに首を捻る。普段、ベッドに入る時にはもちろん、自室にいるならあまり着用することもない。大体はベッドの上でゴロゴロしてしまうから。だからジャージでというのはちょっと嫌で、リビングとか、主にそういうところで寛ぐ際の装備なのだ。
(汗すっご)
肌に感じる不快感に気付いてしまえば、まずは着替えをしたくなる。
(シャワー浴びちゃおっかな)
着替えを揃える。見遣った時計の時刻は二十時。自室を出て、つまるところ優芽は自身で呼び出した友人の存在すら、忘れていたのだった。
「お母さーん。私シャ……あれ、涼、来てたんだ。いらっしゃーい」
「……お元気そうでなによりです」
すやすやと気持ちよさそうに来客の膝を借りている芽衣も一瞥し、声量を落としてまた母に声を掛ける。台所から香るいい匂いに、食欲を刺激されながら。
「シャワー浴びてくるねー」
「優芽、あんた熱は?」
「大丈夫そ。寝汗すごくって。びしょびしょ―」
そう言って顔だけ出したリビングから優芽が出ていってから、涼は膝元の柔らかな黒髪を一撫でした。
「あなたのお姉さんは、随分と薄情ですよ」
思ってもいないことを、優しく零しながら。
そのあと少ししてからのことだった。
「あぁあああああ!!!???」
なんて、大音声がお風呂場から届いたのは。
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