第2話 幼女による連れ去り事件

 一難去ってまた一難、ではあった。

 琴樹にとってそれは確かに難事なのだった。


「えーと……どうしたのかな?」

 自分の会計を済ませた後、レジ袋を膨らませている傍らに、気になって仕方がない存在があった。

 先ほどの幼女がずっと、マネキンになったかのように動かないまま、琴樹を見上げてきているのだ。笑みを浮かべているわけでもなく、非難するのでも訝しむのでもない、観察者の目でもって。

 軽く声を掛けてみても反応はなく、琴樹はひとまず時間を稼いでゆっくりゆっくりと購入した商品をカゴから袋に移している。それで何か、この奇妙な視線が自分から外れる何かが訪れるのを待っていた。

(なんだこれ……蟻にでも見えてんのか?)


 道端に草原に、蟻の行動を小一時間も無心に見つめるのは少年の嗜みであり、琴樹自身の思い出にもそういったちょっとした奇行が残っている。その後、幼い好奇心であれこれした記憶も。

(……すまんな、あの時の蟻さんたち)

 そこそこ本心から謝っておいた。


 カゴが空になる頃、くいくいと制服の裾を引かれた。引いた相手はわかりきっており、琴樹は腰を屈めてお呼びに応じる。

「なにかご用かな、お嬢さん?」

 努めて軽妙さを演出してみたものの、速攻で自分には似合わないなと思い直す琴樹だった。

 そういう内心を、幼女側が知る由もなく、お嬢さん呼びにいよいよ王子様発見を確信する。

 目を輝かせる。ウキウキと浮き立つ心に歯止めはない。


 幼女は、ドラマ、というのを理解してはいないが、テレビはわかる。

 その中で、とある男の人が、さきほどと同じようにお金で困った女の人を助けていた。経緯とか、詳細とか、そういうものはすっ飛ばしてというかわかっていないけれど、その時に男の人が言っていたのだ。

 お嬢さん、と。

 助けてくれたこと、お嬢さん呼び、その二つの事実でもって、目の前の少年を王子様と認定したわけである。

 一緒にテレビを見ていた姉が言っていた。「カッコいいよねぇ。ああいうの、王子様っていうんだよぉ」と。


「あのね、あのね。おねえちゃんが言ってたの」

「なるほど。お姉さんがね」

 もちろん何一つなるほどではない。いや、姉がいるというのは一つのなるほどではあるが。

「お名前を教えてくれるかな? 俺は幕張琴樹。君のお名前は?」

 琴樹だって、そこらにいるただの男子高校生が他人様の幼女と関わるべきではないとはわかっている。わかっているが、事ここに至って、放っておくわけにもいかない。

 いつまで経っても現れない保護者、気に掛けながらも見守るに留めている周囲の人たち。

(俺がなんとかしないといけないんだろなぁ。とりあえず店員さんに言って、アナウンスしてもらえばいいよな)


「めいっ! めい、さんさいですっ! よろしくおねがいします」

 丁寧にお辞儀する幼女改めメイに琴樹も頭を下げ返す。

「よろしくねメイちゃん。じゃあ」

「こっち!」

 早速、迷子案内を頼みに行こうとした琴樹だったが、柔らかな手が自分の手を握るから、慌てて荷物を取ってよたよたと小さな歩幅に合わせて先導される。

(うっ、お。あぶなっ)

 手を引かれるから中腰だし、危うくバランスを崩しそうになる。

 なんとか位置と高さのバランスを調整できたのは、店を出た後のことだった。

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