第4話
魔術の使用に際し、その練度に関わらず唱える
これは異能と呼ばれていた頃からの常識であり、魔術へと名前を変えた今でも普遍の事実として残っている。
しかし、魔術は強力であるがゆえに人の身で使うには限度がある。そしてその上限は、家系の代を重ねるごとに増える。
異能力者は…魔術師は、自身の生命をかけてその体を魔術へと適合させていく。そして、次代へと魔力臓器を引き継ぐことを命題とする集団である。
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森の匂いは生命の誕生を思わせる。
甘い匂い、酸っぱい匂い、腐る匂い。全てをごった煮して、凝縮した匂いが、ここではする。
魔力を体に流し全身を強化することによって、山道を平地と変わりない速度で踏破する。僕は精緻な魔力操作は得意ではないが、魔力をただ体に循環させるだけの強化は苦に感じない。魔力操作の初歩中の初歩だ。
「…アマザ、息が上がってますよ。いつも言ってますがあなたは体力が無さすぎです。」
「これでも、最近は、体力が、付いてきたほう、だ…」
「ほとんど小走りくらいの速度でかれこれ5時間走ってるからなァ!坊ちゃんにしては頑張ってる方じゃないか?」
ユイは荷物を最小限に抑えているのもあり、余裕の表情でアマザを指摘する。対して僕には余裕などない。強化は得意だと言ったが、残念ながら現在
それはいいのだが、荷台を引きながらこの速度に合わせてくるヤシラの理不尽な膂力には毎度驚かされる。彼女のおかげで旅では馬がいらず、余計な心配をしなくて済んだ。
同時に、その分彼女が病や怪我で寝込むと毎回僕とカイが二人で荷台を引っ張っていたことを思い出す。
ユイはその間、「ヤシラに付き添っていなければ心配で夜も眠れないです」とぬけぬけと言い放ち、仲間を思いやる言葉に言い返せるはずもなく僕たちは提案を飲むしかなった。
それから数時間が過ぎ、現在は山を抜け平原を歩いている。
僕たちの属している国は東西南北、そしてそれらの中央に位置する村の合計五つを統合して作られた。
今歩いているのは東の村と南の村を繋ぐ草原地帯であり、道が整備されたのは実は最近だったりする。
「勇者パーティとして活動していた時は国外ばかりでしたから、このように国内を移動するのは新鮮ですね。」
「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ…そう、だな。僕たち、冒険者、は、国内に、目を、向けない、からな…」
かれこれ7時間、休憩もなしに小走りを続けている。そろそろ休憩をと提案したのだが、その度に体力は限界まで使わなきゃ伸びない、と根性論を二人から提案(強制)され今に至る。
静かな平原は緩やかな風に揺れ、つい先ほど南中した太陽が穏やかに僕らを照らしている。
山とは違い、薄い芝生を踏み締める感覚は僕をさらなる疲労へと誘う。
それから30分ほど経った頃、ヤシラから声がかかる。僕が待ち望んだ声であった。
「よォし、そろそろ昼飯食べるか!ユイ、アマザ、荷台止めるからちょっと離れてな!」
「分かったわ。」
「や、やっと、か…」
言うが早いか、ヤシラは舗装された道から外れ徐々に減速しだす。ギィ、ギィ、と木製の車輪が音を立てて停止する。
僕は疲れのあまり、舗装された芝生の道を避け五体投地する。肺に空気を吸い込むように大きく深呼吸をし、流れる汗を気にすることもなく全身に太陽を感じる。
「お疲れ様、アマザ。悪いけど今は回復することに全神経を集中させて。私たちは大丈夫だから。」
頭上からユイの労いの声がかかる。
しかし、何か変だ。声は少し震えており緊張している。私たちは大丈夫だから?
僕たち以外の気配を感じないが、誰かいるとでも______
「坊やたち、休憩中に失礼するよ。」
背中に寒気が走る。
紳士的な声とは裏腹に、底冷えするような威圧感を放つ隻腕の老人の姿を、横目に見つけてしまったからだ。
キッチリとした漆黒の軍服を纏い、背中には二本の剣を刺している。無造作にかきあげたような髪には白髪も混じっているが、そこにはまだ黒を残す。およそ推測できる年齢からは想像できないほどがっしりとした体型には、裏付けされるだけの筋肉がついていることだろう。
即座に立ち上がり、魔力を全身に巡らせる。
強化された視力には荷台の横に倒れているヤシラを確認。胸が上下しておりパッとした外傷は見受けられないため、気絶させられただけ、だと祈りたい。しかし今の戦力としては期待できないだろう。
僕を庇う形でユイが前に出ている。
いつの間にか腰にかけた剣を引き抜き、戦闘体制だ。
「誰かしら。残念ながら、私にはあなたのような紳士の知り合いは存じ上げないわ。」
ユイの体からは魔力が迸り、彼女の周りの空間が歪む。質問こそすれど、それは実質的な戦闘開始の合図。
あまり魔力を使いたくないが非常事態ゆえ仕方ない。戦闘モードに思考を切り替えた僕は、油断することなく相手を観察する。
「ほほ、ご機嫌よう綺麗なお嬢さんに精悍な青年。わたしは魔王と呼ばれるジジイでな、少し用があったゆえ出張してきた。」
悪夢でも見たことがないような邪悪な笑みを浮かべた魔王と名乗る老人は、片腕しかない体で背中の剣を一本引き抜くと、滑らかな動作でそれを構えた。
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