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「えっと……エドガーさん、そろそろ皆さんに挨拶へ行きましょうか」


 流暢な英語を口にする飛鳥。ここは日本なのだから、最低限の日本語などはおぼえてくるかメモしてから来日してほしい。内心ではそう思っているものの、同じく行きずりの彼には言わない。


「はい。私も皆さんに直接御礼を言わせていただきたいです。助けていただいた恩は忘れません。混乱していた所為で昨夜はずいぶんと失礼な態度をしてしまいましたし……」


 飛鳥からエドガーと呼ばれた外国人は、屋敷内から飛鳥が見つけてきた燕尾服に着替え終わっていた。一般的な日本人とは違う体躯のため、サイズに適応する服があるのか不安ではあったが、奇跡的にも服はあった。


「ただ……殺人があったので、みんな少しピリピリしてると思うので……歓迎は期待しないでください」


 朝食の前、七時半に医務室へ寄った時、彼に屋敷のことや事件のことを全て話した。殺人の件は驚いていたが、秀一たちが命の恩人であることに変わりはない、として挨拶したいとエドガーは懇願し、その旨を一行に伝えた飛鳥は彼をエスコートしに来たのだ。だが、


「ぶちまけたバッグの中身は……どうしますか?」


 飛鳥の視線が刺さるのは、使っていないベッドの上にぶちまけられたエドガーの所持品

だ。フィルムに高そうなカメラ、三脚やちょっとした食べ物、着替え、一年前の旧式かつ圏外の携帯電話などだ。


「すいません、山の中で無くした物はないかと確認していたので……」


 突き刺さった飛鳥の視線に気付き、エドガーは大急ぎで所持品をバッグに詰め込んだ。細かい物が多いため、一つや二つ無くなっても気付かないだろう、と飛鳥は思う。


「……でも、海堂さんが英語を話せて良かったですよ」


 異国にて自国の言葉が通じる人に出会うということは、大いなる安堵感を誘う。その気持ちはわかる。ましてや災害や犯罪に巻き込まれた時の絶望感は饒舌に尽くしがたいだろう。


「私以外に英語が難なく通じる人は二人います。孤独ではなさそうですよ」


 バッグの片付けを終え、燕尾服を整えたエドガーを見、飛鳥は彼を連れて医務室を後にした。

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