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「あいつら……状況の悪さを理解してないのかよ」


 大食堂を後にし、乱暴な足取りのまま西側階段を上がる遼太郎。口にしたように、現実から目を背けるような秀一たちの楽観論に苛立っているのだ。


 飛鳥とやらが口にしたことが確かなら、犯人は確実に自分たちの命を狙っている。遼太郎はそう確信しているのだ。自分の命が狙われるような心当たりはないが、狙いを秀一と夕子に絞るのなら彼に心当たりはある。


「……俺は知ってるんだぞ」


 誰に対するものではない呟き。もし隣に誰かがいても、水音で全てが掻き消されてしまうほどの小声だ。遼太郎ですら声として聞こえなかっただろう。


 電話の場所は龍一の私室でもある隠者――使用人の部屋にあると説明された。施錠されていないため、問題が起きた時や説明を求めたい時はいつでも龍一と連絡がとれるようになっているのだ。


 龍一の部屋は洋館の外見を拒む和室になっていて、浴室とトイレ、床の間に飾られた軍刀、掲げられた和服、それらの間を抜けた先にある文机の机上に電話はある。遼太郎はその電話を取り、横に貼られている管理小屋の番号を押した。


『はい、榊原です。何か困ったことでも?』


 微かなコールの後に龍一は応対した。


「飯島です。実は……」


 遼太郎は今朝のことを一から説明した。


『……タロットもスティレットも確かに屋敷の物です。そうですか……ずいぶんと不気味なことをされましたね』


「だのに連中は楽観的に受け止めてやがる。何が起きるかわからない状態で屋敷の管理は出来ません。三十万はいらないので、そっちに間借りの部屋か、帰らせてもらっていいですか」


『帰ることは出来ませんよ。ですが……何かが起きても困りますね。間借りはいざ知らず、私も状況確認のためにお昼頃にそちらへ向かいます』


「……じゃあ間借りの件はその時にでも」


『それでは』


 遼太郎は電話をきり、その受話器を思い切り畳みに叩き付けた。


「クソッタレ! 何がお昼だ……目と鼻の先なんだから今すぐ来いっての!」


 どいつもこいつも俺を苛立たせやがって、と悪態をつきながら、遼太郎は龍一の部屋から出た。喧しいほどに感じられる水音にも苛立つが、結局は何も出来ず、空腹を訴える自身の腹にも怒りをぶつけた彼は、重い足取りのまま自室に戻った。

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