第42話『EXPO70』

巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記


042『EXPO70』   






 え、宮之森の人口より多いんですか!?



 開場の一時間前から並んでんだけど、人波の中、ゲートの屋根さえ見えない。


 それで、直美さんが気晴らしに話してくれる。


「うん、この分だと、80万人はいくって話だよ」


 万博は夏休みに入って入場者がうなぎ上り、昨日は宮之森の人口に匹敵する75万人の入場者があったそうだ。


「むろん朝の開場から夜に閉めるまでの総合計だから、同時に入ってるのは20万くらいかな?」


「それでも、うちの学校の……200倍ですよ!」


「あはは、そうなるか(^_^;)」


「…………」


 会話が途絶えて、とたんに蝉の声が耳に付く。


 前後左右には、わたしたち同様に開場を待ってる人たちがひしめいているんだけど、ほとんど話声がしない。


 ゲートが開いたら、我先に飛び出してお目当てのパビリオンに行くためにエネルギーを温存してる感じ。


「突撃前の軍隊って感じだね」


「軍隊ですか?」


「うん、戦時中、お父さん中国とか満州で兵隊やっててね、酔っぱらうとよく軍隊時代の話するんだ」


 そうか、この時代、親はリアルに戦争に行ってたんだ。


「耳にタコだけどね、うん、なんか敢闘精神湧いてくるなあ(^皿^)/」




――間もなく開場ですが、けして走らないよう、押し合わないようお願い申し上げます。ゲートを入られましたら警備員の指示に従って、合図があるまではけして飛び出さないようお願い申し上げます――




 ズズ




 開場予告のアナウンスが終わったとたん、何万という人たちが一歩前に出る。それが一斉に起こるものだから、巨大なアメーバーが身じろぎしたみたい。体の中で、何かが目覚めてアメーバーの一部になったみたいに高揚するものがある。


 中二の運動会で、学年女子全員でグランドに入場した時の感じ。それの何千倍もすごい。


 日本人というのはスゴイ。


 怒鳴る人も人を押しのける人も居ない。最前列でガードマンの人たちが暴走を抑止してるんだけど、たった一列。


 全部で十数人のガードマンが横一列になって抑止……っていうよりは『走らないでください』とサインを送ってるだけ。ガードマンはこっちには背を向けてるし、ちょっと押したら、そのまんま乗り越えられ、群衆に押しつぶされて、けつまずいた入場者も半分くらいは圧死する。


「わたしの傍、離れないでね」


「はひ、死にたくないですから!」


 悲鳴のような返事をする。


「左に抜けるから」


「え、あ、はい」


 直美さんは、いつの間にかサブカメラを出して左右と後ろを撮っている。


 インスピレーションなんだろうね。


 きっと、タイトルを付けたら『突撃0秒前!』とかって名作ができると思う。


 先頭のもう一つ前に、サッと旗が上がって、左右にニ回振られる。


 とたんに、ガードマンさんたちがトウセンボウを解いてこちらを向く。ここからはフリーのサインだ!


「よし、走るよ!」


「え、あ、はい!」


 けして後ろ向きにはならないんだけど、振り向き振り向きしながら解き放たれた群衆にシャッターを切りまくる直美さん。


「お代わり!」


「はい!」


 たすき掛けにしていたカメラを渡す。


 それも十秒もかからずに取り終え、さらにお代わり。


 やっと人波が過ぎると、横の植え込みに入ってフィルムの交換。


「パビリオンには入らないんですか?」


「ああ、ごめん。人撮ってる方が面白い。あとで何カ所か周るから辛抱してね」


 いや、わたしはバイトで来てるからいいんですけどね。


 直美さんは出たとこ勝負なんだ。


 写真なんてインスピレーションだから、それでいいんだけど、これまでは結婚式場のルーチンだったから、ちょっと戸惑う。


「月の石とか凄いんだろうけど、やっぱり人だね。目を輝かせてる日本人を、こんなに集団で撮れる機会ってないよ」


「はい、そうですね!」


「よかった」


「え、なにがですか?」


「メグちゃんが、こういうの嫌がる人でなくって」


「はい、おもしろいですよ(直美さんも含めて)」


「しかし、フィルムは考えて使わないとね。今ので四本使っちゃった」


「ああ……あと50本ですね」


「ごめんね、重たいの持たせちゃって」


「いえ、大丈夫です」


 わたしの仕事は荷物持ちだ。


 カメラバッグ二つ、背中には三脚とレフ板。


 並の女子なら三十分ももたないだろうけど、昭和の高校に通うにあたって、お祖母ちゃんが少しばかり魔法をかけてくれた。その全ては分からないけど、とりあえず力持ちなのは、この四カ月で立証済み。


「よし、アメリカ館とソ連館に行くよ!」


「はい!」


 むろん中には入らない。待っている人たちを撮るんだ。


「ただいま四時間待ちで……」


 アメリカ館に行くと、案内のおねえさんが済まなさそうに説明してくれる。


 いいんですよ、こっちは人を撮るだけだから。


 総じて、大人が元気で若者や子供たちがゲンナリしている。


「お爺ちゃんたち、お元気ですねえ」


「なに、引き揚げのことをお思えば屁でもねえさ」


「南方ですか?」


「満州!」


「満州でいばるな、わしはシベリア帰りじゃ!」


「俺はガダルカナルだ!」


「なるほどぉ(^_^;)」


「女だってね、買い出しで大変だったんだからね!」


「お婆さん、シャキッとなさってますねえ」


「まだ五十五よ!」


「失礼しましたぁ」


「あんた、何年生まれ?」


「あ、二十二年です」


「お父さんは引き揚げ?」


「はい、北支にいました」


「おお、どおりでベッピンさんじゃ」


「北支だとベッピンですか?」


「いや、復員とか引き揚げは溜まっとるからなあ」


「溜まってる?」


「わはは、若い人をからかうんじゃねえわ」


「え、あ、そういう意味ぃ!? アハハハ」


「そっちは妹さん?」


「妹分、こっちはからかわないでくださいねえ」


 結婚式場でもそうだったけど、直美さんは被写体とのコミニケーションがうまい。




 楽しくおしゃべりしてるうちに、またフィルム四本使ってソ連館へ。




「あなたたち、大阪?」


「うん、そやけど」


「さすがね、ソ連館から周るんだ」


「そら、宇宙開発いうたらソユーズ!」


「そうよね、写真撮りながらでいい?」


「オーケーオーケー」


「ひょっとしてハンパクとか行った口?」


「行った行った!」


「おねえさんもハンパク行ったん?」


「うん、岡林とかタクローとか好きだし。大阪って凄いよね」


「え、そう?」


「そうよ、反戦のための万国博って名乗りでさ、大阪城公園貸してくれるんだもん。東京だったらあり得ないよぉ」


「せやせや、御堂筋デモは五万人集まったしなあ」


「そのポケットから覗いてんのは毛沢東語録?」


「あ、青少年必読の書や」


 10円男といっしょだ(^_^;)


「造反有理だねぇ、三人並んでくれるぅ、え、なんで語録隠すの?」


「ちょっと照れくさい」


「そうか、まあ、いいや。はい、チーズ!」


「「「チーズ!!」」」




 パシャ




 それから十か所ほど周って、三菱館の前までくると、さっきの御年寄たち。


「ちょっと、様子が変だ」


 近づいてみると、お婆さんがしゃがみ込んでる。


「大丈夫ですか?」


「あ、さっきの」


「あ……だいじょうぶ……ちょっと立くらんで……」


 息が苦しそうで顔が赤い……熱中症だ!


 直ぐにスマホを出して、用心のために入れていた万博会場の見取り図を出す。


 よし、通りの向こうに救護所がある。


「直美さん、ちょっとだけ荷物頼みます!」


「え、あ、うん」


「小母さん、すぐ近くに救護所だから、オンブ、いや、ダッコしますね!」


「それなら、儂らが」


「いえ、大丈夫です!」


 よいしょ!


 小母さんをダッコすると「ちょっと、道開けて下さーーい!」と叫びながら三十秒で救護所に救急搬送!


 


 直美さんが、十数枚写真を撮ってしまって「これは発表しないでください!」と説得するのが大変だった。


 


彡 主な登場人物


時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校一年生

時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女

滝川                志忠屋のマスター

ペコさん              志忠屋のバイト

猫又たち              アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)

宮田 博子(ロコ)         1年5組 クラスメート

辻本 たみ子            1年5組 副委員長

高峰 秀夫             1年5組 委員長

吉本 佳奈子            1年5組 保健委員 バレー部

横田 真知子            1年5組 リベラル系女子

加藤 高明(10円男)       留年してる同級生

藤田 勲              1年5組の担任

先生たち              花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀

須之内直美             証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。

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