第37話『再びの希望が丘』

巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記


037『再びの希望が丘』   





 自習が二つも出て、委員長の高峰君と副委員長のたみ子が走り回って午後の授業を無しにした。


 

 ロコも今さらのクラブ見学なので、一人で帰る。


「あ、そうだ」


 戻り橋を渡っている最中に思い立つ。


 令和の希望ヶ丘に行ってみよう!


 玄関上がるのももどかしく、框にカバンを置くと制服のまま自転車に跨って希望が丘を目指す。


「ちょ、めぐり?」


 お祖母ちゃんの声がしたけど、お構いなし。




 三十分はかかるかと思ったけど、十七分で着いてしまう。




 こんなに近かったんだ。


 我が家のある寿町とは丘一つ隔てていて、せいぜい自転車しか乗らない子どもには生活圏外。


 丘のこっち側に公民館がある感じ。


 とりあえず、目の前の希望が丘ニュータウンにハンドルを向ける。




 あれ?




 めちゃくちゃ静か。


 こないだ公民館の屋上から見た賑わいがどこにもない。


 子どもたちのさんざめき、干したお布団をパンパン叩く音、チリ紙交換、宣伝飛行機の爆音とアナウンス、配達の車やバイクの音、犬がワンワン、ネコがニャンニャン……そういった音や気配がまるでない。


 といって、閉鎖されているわけじゃない。


 空室らしいのもポツポツ見えるけど、ベランダに洗濯物を干してある家もある。植え込みや花壇も手入れされている。


 街路樹や植え込みの木は二回りも大きくなってるけど、枝打ちもしてあるし、掃除もされている。


 でも、店舗棟のお店は、どこもシャッターが下りて、開いているのは米屋さんが一軒だけ。


 バス停は現役のようだけど、近寄って見ると、時刻表のパネルは中に雨が染み込んだのか黒やらピンク色のシミが浮き出して見づらい。じっくり見ると、どこの過疎地かっていうくらいに便数が少ない。


 

 チャリリリィ………………




 ペダルを空回りさせながら、ゆっくりと団地と団地の間を抜ける。




 あ…………




 抜けたところに学校の抜け殻があった。


 希望が丘第二小学校


 校舎は、まだしっかりしてるけど、グランドの半分は草で覆われている。イメージはさっきのカビの生えた時刻表。


 回り込むと、校舎の反対側に不自然な空き地。


 あ、そうか。


 空き地の正面に向かうとフェンスが途切れたところに門扉があって、門柱に『希望が丘高台幼稚園』の名板がかかっていた。


 幼稚園が先に閉鎖されたんだ。




 もうちょっと行ってみよう、この先も団地は続いている。


 チャリリリィ………………




 わぁ…………




 さっきと同じかと思ったら、そこから先は団地の建物ぐるみフェンスで囲まれている。


 間の道は通れるみたいなんだけど、草も生えてるし、人気も無いし、ちょっとおっかない。




 チャリリリィ………………




 ハンドルの向きを変えて公民館への坂。自転車を押して上ってみる。


 もう一度屋上に上がって、三日前に見た景色と比べてみたかった。




 ああ、ここも……




 石碑みたいな看板はそのままだったけど、建物は閉鎖されていた。


 なんか、VRの映像を見ているようで現実感が無い。


 駐車場に周る、直美さんのホンダN360を停めたところに立てばスイッチが入るような気がした。


 意外にも車が停まっていた。


 車種は分からないけど軽自動車。ピカピカだから今の車だと思う。


 確かめてみようかと思ったけど、駐車場の隅だし、そこまではしない。


 振り仰いで結婚式場があったあたりに見当をつける……分からない。


 


 視線を感じて振り向くと、四足歩行のおばあさん。




 いっしゅん妖怪かと思ったら、両手にストックのお婆さん。


 ペコリとお辞儀をすると笑顔が返ってきた。


「宮之森の生徒さん?」


「あ、はい」


 普通なら五時間目の時間なので、つい付け足してしまう。


「昼から自習だったので(^_^;)」


「授業入れ替えたのね」


「は、はい」


「昔は、よくやったわ。あ、わたしも宮之森の出身なのよ」


「え、先輩ですか!?」


「もう何十年も前だけどね……あなたのそれ、昔の制服よね?」


 あ……しまった。令和の宮之森は今年から制服が変わったんだ(;゚Д゚)。


「あ……新しいのは新一年からで、ニ三年は昔のままで……」


「……そうよね、人には事情があるわよね」


「あ、えと……」


「ちょっと、そこに掛けない?」


「あ、すみません!」


 ストックを突いてらっしゃるんだ、足がお悪いのに、気の利かない子だ、わたしは。


 植え込みの石垣に腰を下ろす。


「わたしね、ここで結婚式を挙げたの」


「え、そうなんですか!?」


「大台を過ぎたころから足が弱くなって、少しでも元気なうちに見ておこうと思って」


「歩いてこられたんですか!?」


「ホホ、まさか、ここまでは、あの車」


「あ、ああ、そうですよね!」


「そろそろ免許も返納しようかと思うんだけど、ブレーキとアクセル間違えるまえに」


「アハハハ……」


 返事に困って、必殺の愛想笑い。


「あなた、自転車なんでしょ、そこに置いてあった?」


「あ、はい」


「わたし、この公民館が出来た時に自転車で見に来て、結婚式場があるのに嬉しくなって。料金も安いし、将来式を挙げるるんならここだって。なんか、あの時のわたしが居るみたい。ちょうど、今のあなたみたいに、昼からの授業が無くなった午後にね見に来たの」


「え、そうなんだ!」


「だから、一瞬、昔のわたしがいるみたいで、ビックリしちゃった」


「アハハ、すみません驚かせて」


「旦那といっしょに見に来ようって言ってたんだけど、去年、先に逝っちゃって。人間、やっぱり思いついたが吉日よね」


 そうなんだ……ここに来るっていうことは同じだけど、背負ってるものは違うんだよね。


「シゲさん、ここですよ、わたしたちの人生が始まったのは……」


 そう言って、リュックから写真を取り出すお婆さん。


「腕のいい写真屋さんに撮っていただいて、わたしとシゲさんのいちばんの宝物なの」




 あ!?




 それは、三日前に直美さんが撮った写真だった。




 家に帰って、着替えようとして気が付いた。


 制服の胸に付いていた学年章は一年のエンジ色。


 お婆さんは、きっと留年した子だと思ったよ。





彡 主な登場人物


時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校一年生

時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女

滝川                志忠屋のマスター

ペコさん              志忠屋のバイト

猫又たち              アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)

宮田 博子(ロコ)         1年5組 クラスメート

辻本 たみ子            1年5組 副委員長

高峰 秀夫             1年5組 委員長

吉本 佳奈子            1年5組 保健委員 バレー部

横田 真知子            1年5組 リベラル系女子

加藤 高明(10円男)       留年してる同級生

藤田 勲              1年5組の担任

先生たち              花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀

須之内直美             証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る