第26話『レット・イット・ビー』

巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記


026『レット・イット・ビー』   





 二か月ぶりに寿橋を渡る。



 ここんとこ、学校に通うために戻り橋しか渡ったことが無いので、リアルというか現実の橋を渡るのは久々。


 橋を渡っても21世紀の令和だというのは、かえって新鮮。




 しばらく歩いて銀行の角を曲がったビルの一階が志忠屋。




「いらっしゃいませぇ……いやあ、久しぶり(^▽^)」


 ペコさんが不二家のマスコットそっくりの笑顔でカウンターを指さす。


 ランチタイムもそろそろ終わりなんだけど、空いてるのはカウンターの席二つだけ。


 他の四人掛けとかは、尻尾を出したり耳を出したりの妖さんたちがランチを掻っ込んだり、アフターのコーヒーを楽しんだりしている。


「たまごスパ大盛りで、アフターはレモンティーお願いします。で、あとでこれ」


 レコードのジャケットを見せると「おお」ってマスターが横目で了解。


「あ、お嬢さま!」


 声がかかったかと思うと、四人掛けのOLさんたちが気をつけした。


「あ、ああ、こないだの?」


「はい、応さまにはたいへんお世話になりました!」


「わたし、MS銀行のアイです!」


「つくも屋のマイです!」


「寿書房のミーでございます!」


「あ、どうも(^_^;)」


 三人とも猫又さんで、お祖母ちゃんと縁の有りそうな感じだけど、一回会っただけだから返事のしように困る。


 ヒソヒソヒソ……三人で、また話し始めるし。


「巡お嬢さま……」


 一番落ち着いた感じのミーさんが、音もたてずに横に来る。


「は、はい」


「不躾ではございますが、応さまにお手紙をお預けしてよろしいでしょうか」


「あ、は、はい」


「では、これをお願いいたします」


 ミーさんが差し出したのは、時代劇に出てきそうな紙で包んだ手紙で『上』とだけ書かれている。


「では、失礼いたします」


 ピューー!


「へい、おまち」


 呆気に取られて、三人が消えていったドアを見ていると、お目当てのたまごパスタがカウンターに置かれた。


 ドアの方ではペコさんが札を準備中に変えている。


「ペコもテーブル片づけたらお昼にしい」


「はい、ありがとうございまーす」


「で、なんのレコード買うたんや?」


「あ、これです」


「ほほう……ビートルズか」


 そう、今日のお目当てはレコードプレーヤー。お祖母ちゃんが電話してくれて、マスターのお店でかけてくれることになった。


 ごっついマスターが意外な優しさでレコードを扱うのがおもしろい。


「レコードっちゅうのは、ちょっと傷ついただけでオジャンやからなあ……レット・イット・ビー……B面はユー・ノウ・マイネーム……これは知らんかったなあ……」


 


 プチ…………




 マスターが、これまた、すごく繊細な手つきで針を下ろすと、温もりのある、なんか湯気がホワホワたつような音が続く。


 十秒ほどピアノの前奏……レット・イット・ビーなんて聞いたことなかったけど、この前奏を聞いただけで――あ、知ってる!――頭の中で電気が灯る。


「いいですねえ、ビートルズ……とくに、レット・イット・ビーが最高です……」


 ペコさんもまかないのパスタを食べながらシミジミ。


「オレ、これ聞きながら万博の工事現場で働いとった……」


「わたし、幼稚園に入って、自分が魔法少女だって分かって、ショックだった年です……」


 え……二人とも幾つなんだ(^_^;)?


「いい曲だとは分かるんですけど『レット・イット・ビー』って、それはBでいいよ? ですか?」


「せや、世の中Aなんて高望みせんとBくらいのとこでええんや、いや、Bこそ真実……ちゅう意味やなあ……」


「なるほど……」


「だめですよ、高校生にウソ教えちゃア」


「ええ、違うんですかぁ!?」


「ウソちゃう! オレ的にはこういう意味なんや」


「ほんとはね『そのままでいい』とか『なんとかなるさ』とかって意味なのよ」


「え、ああ……」


「しかし、レコードの音てええもんやなあ……」


「はい、なんか温もりがありますねえ……あ、ちょっと生意気でした」


「ううん、そう思う人多くなってきたわよ。アメリカじゃあ、レコードの売り上げがCDを追い越したって」


「え、そうなんだ!」


 ちょっと、自分の感性に自信を持った。




 それから、1970年の学校やらの話をして、お店のアイドルタイムをぜんぶ使わせてしまった。


 タキさんもペコさんも楽しかったって言ってくれたけど、これからは気を付けよう。




 家に帰って、預かった手紙を渡す。


 お祖母ちゃんは――あ~あ~――って感じで天井を仰いだ。


 直感でレット・イット・ビーの精神が浮かんで、なにも聞かずに自分の部屋に戻ったよ。




☆彡 主な登場人物


時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校一年生

時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女

滝川                志忠屋のマスター

ペコさん              志忠屋のバイト

猫又たち              アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)

宮田 博子             1年5組 クラスメート

辻本 たみ子            1年5組 副委員長

高峰 秀夫             1年5組 委員長

吉本 佳奈子            1年5組 保健委員

横田 真知子            1年5組 リベラル系女子

加藤 高明             留年してる同級生

藤田 勲              1年5組の担任

先生たち              花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野

須之内写真館            証明写真を撮ってもらった、優しいおねえさんのいる写真館


 

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