第84話 ひび入る人生②(side 英哲グラン隊)
――そう言うと聞こえは悪いんだろうが、と風野も直接彼女を褒めることはしなかったけれど。
芦屋が
ユズ達のパーティーが先へ進んでいる以上、総次郎がキレるのは時間の問題だろう。――まだ怒っていないのが奇跡的なくらいだ。とさえ風野は思う。
裏では、総次郎は既に一度行動を起こしたばかりで、失敗に終わっていたのだ。
内心にイライラをためながら、次にどう動くか考えているところだった。
人を雇って自分以外の人間を送ればいいんだろうか。しかしいくら社長息子と言っても、簡単に命令で動かせるような手下がいるわけではない。
金の力で友人を頼っても、女性を脅しつけるという内容では難しいだろう。
――と風野が後輩女子からの告白で動揺している間に、総次郎はキレ済み且つ現在進行形で悪巧みの真っ最中であったのだ。
だからもし芦屋の才能がなければ、総次郎の二回目の行動もあったのかもしれない。
『くそっ、なんであいつらのほうが先に攻略してんだよっ!!』
『先輩、このイベントって早く攻略するだけで順位って決まらないんですよね? だったらそんなに焦らなくてもいいんじゃないですか?』
パーティー内でのボイスチャットで、まるで隠さずイラだつ総次郎に対して、芦屋は穏やかな声をかける。
『あぁ? そうだけど、あいつらに万が一負けるわけにもいかねぇんだよ』
『先輩の話だと、たしたことない人達なんですよねー? だったら心配しなくても平気ですって。きっと無理して早くクリアすることだけしか考えてないんですよ』
もちろんそれは総次郎達も同じことで――もっと言えば、実際のユズ達は早さよりもポイント稼ぎを優先して攻略しているのだが。
『先輩けっこう目ざとっ……勘がいいじゃないですか! イベント中に何個もレアアイテムとか見つけてますし、きっとポイントもたくさん入ってると思うんですよね』
『まぁ、そうだな。俺はゲーム歴も長いし、なんとなくどこら辺にレアが隠れているかってわかるんだよ。この感覚、俺くらいにしかわからねーと思うけどな』
『えーすっごーい! プロゲーマーみたいですね!』
『プロでもこのレベルは少なぇだろうけどよ』
風野に言わせれば、行き止まりの通路に宝箱があるなんてRPGをやる人間からしたら常識だし、岩や草木なんかのオブジェクトが密集している場所に狭い隠し通路があることもコントローラーをぐりぐりしていれば誰だって見つけられる――と思うのだが、総次郎からしてみれば自分だけの
『……そうだな。たしかにあいつらが普通にやって俺より上なわけがない。クソな考えなしのゴリ押し攻略ってことなら、最終的な順位は俺が勝てるはずか』
『そうですって! きっと先輩が勝ちますよー!』
『くくっ、それなら約束通り俺があいつを……』
何の根拠もない話を、いともたやすく信じる総次郎の早計さを今回ばかりはありがたく思う。
――自分に都合のいい話っていうのは、少しも疑わないんだろう。
だから今日まで勝ちを疑わず、先日ユズ達の数日遅れでやっとイベントダンジョンの攻略が終わったあとも、
『あの後もレアアイテムをいくつか見つけたから、順位では俺の勝ちで間違いない。あのバカ女は、俺より先にクリアできたってぬか喜びしているんだろうなぁ』
とご満悦だった。
だがそんなご機嫌な彼にかかってきたのが、父親からの先ほどの電話だった。
上機嫌に任せて、いつもなら部室から出て応答しているのに、そのまま出てしまう。
『総次郎っ!! こないだの話はどうなった!?』
「お、おい、親父どうしたんだよ。こないだの話って……」
『
「あ、あれは! 俺がわざわざ出向いて話してきたんだけどよ、向こうが全く取り合ってこなくて……」
『やはりお前には任せておけないな。子供と言っても自分で責任を取らせようと思った私が間違っていた。私も一緒に行ってやる。代わりにお前にはきっちりと頭を下げてもらうぞ。姫草打鍵工房の連中に謝罪するんだ』
「――親父、どういうことだよ? 俺が謝る? わけわかんねぇこと言うなって」
こうして、父親との電話越しの言い合いが始まったのだ。
もし総次郎が言われるままに謝罪していれば――。
だが芦屋のおかげで、彼はまだ自分に都合のいい幻を見ていたのだ。
しばらく口論した末、総次郎はろくでもないことを閃いた。
「待ってくれよ、親父! そうだ、謝る必要なんてないぜ」
芦屋と目を合わせて苦笑いしていた風野は、総次郎の言葉に耳を疑った。
総次郎が父親に連れられて、ユズの会社で頭を下げる。ついでに計画通りギルドから追い出す。これで一件落着だと思っていた。
風野の想像を超えて愚かだった総次郎は、地獄の天啓を授かってしまうのだ。
「今あのバカ女……姫草打鍵工房の娘と俺が賭けてんだよ。だからそれを使えば謝る必要なんてない。こっちの都合いい条件でまた業務提携できるはずだぜ」
『なにを言っているんだ総次郎?』
「もう直ぐ、あのバカ女が俺の言いなりになる手はずなんだよ。だからそのとき、親にまたウチにキーボード卸すよう言わせればいいんだろ? そうだ、この前のウチのキーボードをあいつらに造らせるって案。どうせなら、あっちのがいいよな」
『そんなこと、実現するのか?』
親馬鹿なのか、ただのバカなのか。風野には判断がつかない。
もっとも最初に総次郎の言葉を鵜呑みにして、大事な業務提携先との取り引きを打ち切った社長だ。やはり親子揃ってバカなのだろう。――と呆れながら二人の会話を聞く。
「ああ。親父、俺に感謝しろよ? 俺があのバカと賭けてたおかげで一発逆転だぜっ! くくくっ、これであのバカの会社のキーボードも、あいつの体も俺のもんにしてやるからよぉ」
『……お前がそこまで自信があるというならば、それで上手くいくなら謝罪はなくていい。ただ姫草打鍵工房に私と同行して、話し合いをつける席には居てもらうぞ? 私はお前等子供同士のやり取りについてまでは干渉しないからな、お前が向こうの親とガキに説明しろ』
「あぁ? めんどくせぇな……ま、あのバカ親にかましてやるか。てめぇのバカ娘、これからしゃぶりつくしてやっぞって!」
ゲラゲラと意地汚い笑いを浮かべる総次郎に、風野は恐怖を感じていた。
――ただただ気持ち悪い思考をした男への恐怖と、本当にこいつはまだ自分が勝てると一切の疑いもないのだというある種の畏怖。
自分に自信のある人間というのは、すごい。
そう、しみじみと思うのだった。また厄介なことになるかもしれない。風野は自分できることを探して、最後まで総次郎が地獄へ落ちるよう背を押し続けるのだった。
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