第75話 ご機嫌取りも大変です。

 作り込まれたゲームというのは、敵モンスターのグラフィックにも様々な情報が隠されている。


 ジメジメとした肌質のモンスターには、水系や炎系の魔法よりも雷系の魔法が効くなんてのがオーソドックスだ。


 他にも体に特殊な鱗をまとったモンスターが魔法耐性を持っていて、物理系の攻撃主体で攻略するべきとかそんなのがある。


 ――で、ノノはどうか。


 館内の隅っこに体育座りして、小さくなっている。制服姿は可愛らしく、髪型もどことなく女子高生っぽくまとめられていた。

 涙と鼻水とよだれで汚れたのか、マスクを外して『うわぁ……もう外してもいいかな? あんま人いないしバレないんじゃない? ユズとの思い出だし』とぶつぶつ言っている。


 ん? もしかしてもう元気になったの? なら私も別に考察とかしないけど。


「ノノさん? ……もう機嫌直ったの?」


「ふぇ? ……ぜ、全然っ!! アタシまだすねてるけどっ!?」


「そっか」


 すねている人って、自己申告ですねているって言うのかな。むしろ違うって意地を張る気がする。まあ、ノノは特殊なタイプなのかもしれない。


 今度は伊達眼鏡も外して、手鏡で顔をチェックしているようだ。大きなっぱちりした眼をぱちぱちとしばたかせ、目元を軽く拭っているようだ。


「ぬぅ……せっかく気合い入れてきたのにな」


 とぼやいている。


 私からすると、いつも限界突破している美少女なので、今日特段メイクが変わっていたかと言われてもピンと来ない。


 そういえばうっすらと目元にラメっぽいのが入っていたかも。


 ――もしかして、マスクで顔を半分隠していたから、その分出ているところに力を入れたとか?


 となると、いつもと違うメイクについて言及しなかったのが悪かったのだろうか。


 ただそれならもっと早くへそを曲げていただろう。


 お礼代わりのデートであることを伝えていなかった、というのがやはり一番彼女が不機嫌になった要因なのだろうけれど。


 ――なんで? デートには変わりないし。むしろ私もプランとか頑張って考えてきたのに。制服着てくるって要望まで聞いたし。


 待て、そういえばノノは私の制服を可愛いと褒めてくれていたけれど、私はどうだったか。


 特になにも褒めていないし、それどころか『恥ずかしくないの?』などと言っていたような。たしかにちょっとよくなかったかもしれない。けど、このあともノノは楽しそうにしてたしな。


 あとは泣き出す直前だよね。


『そんなの絶対脈ありだって思うじゃんっ!! そろそろユズもアタシに惚れてきたなって思うじゃんっ!!』


 だっけ? ちょっとよくわからなくて聞き流していたし、そのあと小悪魔扱いまでされてそのまま気にも止めなかったんだけど。


 デートって脈ありとかなしとかってあるの?


 そもそも脈ってのもなんの脈なのかもわからない。『惚れてきた』と合わせると色恋沙汰での脈って意味にも取れるけど、女の子二人で出かけるのにそこまで意味があるとも思えない。


 普通にするよね? 女の子二人でお出かけって。


 ダメだ。


 ヴァヴァのことなら、なんか頑張って考えようって気持ちになるんだけどな。私には、ノノのことよくわからないかも。これについては考えないでいいか。


 あとなんだっけ?


 奇声をあげる直前は、『たくさんデートしてくれるってこと!?』って聞かれたような。


 私は正直にそのまま例えとして言ったつもりだと説明したら――。


 考えがまとまらない。

 だけど気づけばいつの間にか、ノノが素顔で体育座りしたまま私を見上げてきていた。


「ねえ、ユズ。……アタシの気持ちわかってくれた?」


「えっ……その……」


 ――考えろ、思考を止めなければ絶対に正解が見つかるはずだ。ノノの気持ち、私にどうしてほしいのか。


 ゲーマーとして、望んでいないイベントが突然発生してしまったからといって、適当に終わらせてしまうなんてことはできない。可能な限り最良な選択肢を選び、ベストなエンドを目指すべきである。


 イベントの達成報酬で、なにかアイテムとかもらえるかも知れない。


 ――あっ、別にノノから貢いでもらおうって話ではないよ。ゲームの話。


「ノノさん、今日は一段と可愛いよね。マスク外したから、やっと可愛い顔が見られて私とっても嬉しいな」


「あへっ!? ゆ、ユズ……?」


 大丈夫、集めた情報を駆使してそれっぽくノノの機嫌を取るようなことを言えばいいだけだ。

 それなら私にもできるはず。


「ほら、もうそんなむくれないでよ。せっかくの可愛らしいメイクもしてくれたのに、私のせいでごめんね。でも、ノノさんはいつもとびきり可愛いから」


「ちょっ、ちょっとユズぅ……?」


「制服もすごく可愛いんだから、そんな風に座ってシワついちゃうよ? ほら立って」


 私が手を差し出すと、ノノはおとなしく握り返してきた。ぐっと腕を引いて、彼女を立たせる。


「ノノさんの制服、すごく可愛いよね。これって高校のだから、こっちの学校の? チェックのスカートっておしゃれでいいよね。私の無地でちょっと地味だからうらやましいな」


「ゆ、ユズの制服もすごい可愛いしっ! ユズが着てるからかもだけど……でも可愛いもんっ」


「ありがと。ノノさんの制服が可愛いのも、ノノさんの可愛らしい顔とスタイルあってのものかもね。でもいいなー、制服姿のノノさん見てたら、ノノさんと一緒に高校生活送れたらなーって気になっちゃうよ」


 高校時代は毎朝きっちり起きて学校行かなきゃいけないし、授業の時間も割とみっちりつまっているし、クラスメイトとの付き合いも半強制でいろいろあったからまた高校生に戻りたいかと言われればお断りである。


 ま、本人も言っていた通り、ノノの制服姿はたしかにすごく可愛いから、多少こういう子が教室にいたら目の保養にはなったなとは思う。それを多少誇張して伝えさせてもらったわけだ。


 ノノも似たようなこと言っていた気がするしね。


 ――やっぱ大学生が最高だよ。講義とかぎりぎりまでサボっても、単位さえなんとかなればセーフみたいなところあるし。つまり限界までゲームに時間を費やせるわけで。


「じゃ、じゃあ……また制服デートする?」


「それは、恥ずかしいからもうしないけど。……あっ、その、大事にねっ! あんまり何度もすんじゃなくて、今日の思い出を大事にしたいし」


「うぅ……制服……ユズの制服……」


「でも、普通に二人でお出かけするのは、また誘ってもいいのかな?」


 私はぎこちなく笑って見せた。


 ――えっと、これでだいたい原因になった可能性ありそうなやつは全部潰した?


「また、デートしてくれるの?」


 私の思惑が上手くいったのか、ノノも唇をとがらせながらだけれど、顔に明るさがしっかりと戻ってきてた。


「うん。またお礼するようなことがあったら、誘わせてもらうね」


「ぶあ゛あぁあああ゛あっ!! やっぱビジネスデートじゃんっ!!」


「ちょえっ!?」


 どうやら、どこか間違えたらしい。


 ――なっ、やっぱ脈ありがどうのってところの謎を解かなかったからなのっ!?

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