第64話 美少女相手じゃないとこれだけ違います。
ゲームでも突然モンスターから奇襲を受けて戦闘面で不利に立たされたり、急な事件に巻き込まれて主人公がストーリー的に悲惨な目に会ったりすることがある。
予期できる戦闘であれば、対策して備えることができるのだけれど。
目の前にいる不愉快の塊みたいな男、
なんでこいつが、こんなところにいるんだ。
――偶然? 駅から遠いし、ここら辺はマニアックなカードショップとか電気製品の店がちらほらとあとはターゲット層が絞られすぎている飲食店があるくらいだ。
どれも鈴見総次郎が用のあるものとも思えない。
つまり、目的は私か。
店の近くで出待ちされていたと考えるのが自然だけど。
――で、私になんの用なのか。……ストーカーとかそういう類いなら直ぐに警察を呼びたい。
「おい、まず答えろよ。なんで通話に出ねぇんだ?」
一昨日くらいだろうか、鈴見総次郎からの電話が何度かかかってきていた。
もちろん鈴見総次郎の声など聞きたくないし、話すこともない。
今更謝罪してくることもないだろうし、どうせ不愉快なことを言われるだろうと出ることはしなかった。
本当なら着信拒否したいところなのだが、賭けが終わった後にはきっちりと約束通り『鈴見デジタル・ゲーミングのパソコン販売サイトから不愉快な文面を削除』してもらうために連絡手段を残している。
鈴見総次郎のことだから、私からなにも言わなければしらっばくれそうだ。――いや、まず負けを認めるのか。私が言ったところで約束を守るのかどうか。
私が答えないでいると、鈴見総次郎は痺れを切らしたのだろう。わかりやすく舌打ちして、不機嫌な顔を浮かべた。
私のほうはどうだろうな。苦虫をかみつぶした感じになっているんじゃないか。それか苦虫と対面?
「まあいい。話しなかったのは、ヴァヴァのイベントのことだ。ユズ、順調そうじゃねか、もう九階層までクリアか」
「……はぁ、そうですけど」
どうやら私達の情報を見ているらしい。
鈴見総次郎の攻略進度も、アズキが毎日確認してくれているので聞いているが、まだ八階層なはずだ。
序盤からかなり強引に進めていて、六階層あたりから徐々に進行が遅くなっているみたいだ。おそらく八階層クリアも、なんとかやっとという感じではないか。
と推測している。
要するに、順調な私達とは逆にかなり苦戦しているということだ。
――やっぱり『勇者ホリー』があんまり慣れたプレイヤーじゃなかったんだろうな。それに鈴見総次郎がいて、実質まともな上級プレイヤー二人のパーティーだから、これは当然の結果。
で、鈴見総次郎はまさか私達のパーティーが好調なことを祝いに来てくれた? そんなわけないと思うけど。
「パーティーメンバーに恵まれたみたいだなぁ。うらやましいこった」
「それは、まぁ……」
メンバーに恵まれたというのは、その通りだ。三人には感謝の言葉しかない。
それぞれ優秀だし、なにより今回のイベントのために一生懸命頑張ってくれている。感謝しても仕切れない。
だけど、鈴見総次郎がそのことになにを言いたいのか。
要領の得ない会話に、正直さっさとこの場を離れたくなる。
鈴見総次郎はただ不愉快な顔で突っ立っているだけだ。でも通話越しとは違う。目の前にいる。
――なんていうか、怖い。
前回の通話で交わした内容を無意識に思い返して、攻撃的な鈴見総次郎の言動が私の背筋をぞっとさせる。私も売り言葉に買い言葉で、あのときは挑発し返すようなことを言ってしまったけれど。
――こうやって目の前にいるとなると、相手を怒らせるようなこと、言えない。
ゲームだったら、序盤で迷い込んだら入れるマップに出てくる、終盤以降に戦うべきモンスターって感じだろうか。
どうにかして、刺激しないうちにさっさと逃げたい。
「やってんな、やってんなお前」
「え? やってるって?」
「上手いことやって、腕のあるプレイヤー仲間に引き込んだんだろ。あ? どっかのおっさんに色目使ったのかよ。いるよな、ゲームばっかやってて強いオタクみてぇの。そういうのに媚びってパーティー入ってもらったか」
「ちがっ――」
違うとも言い切れないのが、悔しいところだった。
「なんだその顔、まさか図星か? おいおい、本当にそうなのかよ。さては、おっさん相手に体でも売ったんだろ?」
「そっ、それは――」
売っていない、ともまた否定できない。
「まじかよっ!? そんなにヴァヴァのイベントでそこまで必死なのかよ!? おっさんとそんなことまでして俺に勝とうってのか!?」
「ち、違うし……私のパーティー……みんな女の子だし……」
「はぁ? なに寝ぼけたこと言ってんだよ。そんなわけねぇだろが、ボケがよ」
「だ、だいたいっ、私のパーティーメンバーのことは鈴見さんに関係ないでしょっ! イベントのルールに則って、公平に最終的なランキングで勝負してるんだから、それ以外のことにまで口ださないでくださいっ!!」
おっさん相手ではない。
これははっきりと断言できるのだけれど。
――他に関して言えば後ろめたさしかないので、関係ないと終わらせてしまおう。姫プレイしてたし、ギルドの面々相手にいろいろキスやら手料理やらして見返りをもらった……それは事実だが、鈴見総次郎にとやかく言われる筋合いなどない。
「はっ!? あるだろうが、てめぇが女利用して卑怯なマネしてんなら無効だろうがこんな勝負っ」
「なんでですか!? 鈴見さん、あなた自分が負けそうだからって勝手なこと言い出さないでくださいよっ!!」
「あってめぇ、調子に乗るんじゃねえよ、俺が負けそうだと!? んなわけねーだろ!!」
マズい。思わず言い過ぎたか。
眉間にしわを寄せた鈴見総次郎が、そのまま勢いに任せて手を伸ばしてきた。多分、図星だったんだ。私達が勝ちそうだからって、難癖つけて賭けをうやむやにしようとした。
――いや、でもそれならわざわざ会いにまで来るかな? 別に賭けをなかったことにするなら、ただ音信不通にすればいいだけだろうし……、まさか私に直接なにかするのが目的ってわけじゃ。そんなの警察のお世話になるだけだと思うんだけど。いやでも、鈴見総次郎が後々警察に捕まるとしても、今この場での私は無力で……。
やっぱり話なんか聞かず、最初から一目散に逃げればよかった。
脚の速さで勝てなく、もっと人通りのあるところまで逃げ切れれば、鈴見総次郎もつかみかかってくるなんてしなかったろう。
逆にここらへんは、この時間帯だと人通りはほとんどないし、もう一つ路地裏に入ればもう――。
――悲鳴だ。悲鳴を上げれば、誰かの耳に届くかもしれない。とにかく叫べ、逃げろ。
私は、ゲーマーだ。
どんな危機的状況に出くわしても、冷静に対処できる。ルルにだって散々襲われてきたけど、今までなんとか最後のところは逃げ切れていたじゃないか。
だけど、鈴見総次郎を前にして、肩をつかまれた瞬間、すっかりと身がすくんでしまった。
逃げ出すどころか、声も出ない。
「おっさん相手に散々遊んでんなら、賭けの前だけど俺とも遊ぶか? おいぃ、てめぇには他にもやってもらわなきゃならねぇことがあるからよ、きっちり体に教育して――」
荒い息と、欲に溢れた目玉は、怖気が走るほど不快だった。
今すぐ、手をはねのけたい。そう思っているのに――。
リアルじゃなんにもできない私が、泣き出しそうになったとき。
声がした。
鈴見総次郎の汚らしい腕を払いのけて、すっと私の前に誰かが立つ。
「ユズに、触るな」
「あぁ? んだよ、てめぇは。関係ないやつが入ってくんなよ、俺は今この女と」
「え? あ、アズキさん……?」
すらりと高い背に、肩上で切りそろえられた黒髪から、少しだけ白いうなじが見えた。
鈴見総次郎の前でも、まるで物怖じせずに胸をはっている。
――私の前にアズキが現れた。
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