第32話 何故か空気が悪いです。

 あのまま特になにごともなく、翌朝には家へ帰ってすぐまた大学、そしてまた帰ってきて夜になればヴァヴァをする。


 昨日の非日常的、高級ホテルでの一夜が嘘のように平凡な私の日常だった。


 ただ今日は打鍵音だけんおんシンフォニアムのギルドメンバーで揃って遊ぶ日だ。


 もうすぐヴァンダルシア・ヴァファエリスの目玉の一つである、期間限定ダンジョンが解放される時期となる。


 イベント開催は一週間前に告知されて、そのまま日も開けずに新実装ダンジョンがオープンして、各パーティーで攻略を競うことになるわけだ。


 最強ギルドを目指す上での、外せないイベントである。


 具体的な目標についても今日みんなで話し合って決める予定だった。


 ――鈴見総次郎すずみ・そうじろうより上を目指す、というのは私の気持ちとしてはあるけれど、それは私個人の私怨でありギルドの目標ではない。


 そもそも鈴見総次郎が所属している英哲えいてつグラン隊はトップギルドだ。

 鈴見総次郎がギルドメンバーとパーティーを組むなら、ほぼ間違いなく百位以内には入ってくるだろう。


 ギルドとしてもパーティーとしても四人で組みだして間もない私達にはかなり厳しい相手となる。


 割ける時間や課金アイテムのリソースを考えて、精々五百位以内が現実的な目標だろうか。


 ただ五百位以内のパーティーに所属しているヴァヴァゲーマーか。


 宣伝効果はほぼゼロに等しい。


 単純計算で一パーティーに四人で、二千人。


 昨今さっこんゲーマーに注目が集まる世の中になってきたとはいえ、それはあくまで本当に上位の一握りだけの話である。


 正直百位以内でも一部を除けば、ほとんど無名に近い。――せめて十位内かな。


 上位十パーティーは、公式から表彰がありパーティー名と参加しているプレイヤー全員の名前が公開される。


 もしそれくらい上にいければ、姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうの宣伝にも少しは協力できるはずだ。


 ――まあ高望みしてもしょうがない。まずはメンバーと相談だ。


 ギルドメンバーは、私を入れて四人。


 最近色々あった三人のことを考えると、複雑な気持ちになる。


 ――あれ、私、全員とキスしてるよね? ……大丈夫なのそれ? 倫理的におかしくない?


 あまり考えないことにした。


 とにかくヴァンダルシア・ヴァファエリスを起動して、メンバーを待つ。

 やっぱり最初にルルが来て、そのあとにアズキ、最後に時間ちょうどのタイミングでノノが到着した。


「今日はダンジョン潜る前に、そろそろ始まる期間限定ダンジョンイベントについてみんなに相談したいんだけどいいかな? ギルドのみんなでパーティー組んで挑みたいんだけど、どうかな?」


 私がそう切り出すと、


『アタシはもちろんいいよー』


 とノノが同意してくれて、


『わたしも、ユズさんとイベント参加したいです』


 とルルがメッセージを返し、


『ユズの目標のためには上位のランクに入れる成績を目指したい』


 とアズキの話が早い。


「みんな、ありがとう。うん、できたらいい成績でイベントを走りきりたい。ただもちろん私の都合だから……なるべく無理のない目標でやろうとも思ってる」


『んー? 具体的にどれくらいなの? アタシ、イベントってあんまり参加したことなかったんだよね。上位の報酬アイテムなんかは魅力的だったけど、固定パーティーとかなかったし』


「多分だけど、五百位以内だったら今の集まる頻度でも目指せるかな。……私も野良のらで募集していたとことイベント期間だけパーティー組んで、一回軽く参加したことあるってだけだから。あとは攻略サイトかいろいろ調べ回ってだいたいの目安で出しているだけなんだけど」


『僕も、ユズの予想は近いと思う』


 アズキがチャットで加わる。アズキはこの中でもプレイングは上級者で、イベントの経験も一番あるようだった。


『今一番周回が盛んなダンジョンがメタルスカル砂漠で、一周攻略の平均タイムは二十八分程度と言われている。僕たちパーティーは十四回攻略して平均二十三分、最速で十九分。これは悪い数字ではないけれど、上位陣の攻略タイムと比べると一段落ちる』


 どこから持ってきたかわらかないデータが、信憑性はあるのだろう。少なくとも打鍵音シンフォニアムの攻略タイムについては正確だ。


『僕の調べでは、攻略タイムが平均で十八分を超えるパーティーがおそらく三百はいる。もちろん攻略情報が潤沢に集まったダンジョンでの周回作業と、完全な新規ダンジョンでの成果はことなるけれど、この指標はパーティーの練度そのものと言って差し支えがない』


 テキストメッセージが一旦止まる。多分、最後の部分は私がまとめろということだろう。


「アズキありがと。うん、私もアズキみたいに細かいデータはなかったんだけど、読みとしてほぼ一緒。つまり……私達のパーティーは個々の技術もそうだけど、特に連携の面で上位層とはまだ勝負になっていない。だから中位層の中でも上の当たりで五百位以内っていうのが、目標としてはある程度現実的ってことかな」


『頑張って中の上くらいってこと?』


「まあ、端的に言うとそう」


『んえー、なんか夢がないっ! もっと頑張って上目指そうよ。アタシ、ユズともっとヴァヴァ頑張りたい!!』


 ノノが不満げに言うけれど、五百位以内というのもかなり頑張って入れるかどうかという位置なのだ。


 中位層とは言っても、普段から生活レベルでヴァヴァをやっているプレイヤー達の中で、しかもかなり真剣にイベントを参加する人達の中位層だし。


 ただノノに関しては課金額だけなら上位数名に入りそうなほどだし、アズキについても実力なら上位陣と遜色がない。


 ルルだってプレイングには問題ないし、万能職を器用に回すセンスはかなり光るものがある。そして先日キーボード操作に切り替えて、慣れてくればもっと上の技術を身につけられるはだ。


 だから実を言うと、そもそも攻略タイム一つ取ってももっと上の数値が出ていてもおかしくない――と私は思っている。


 メタルスカル砂漠だって、この四人なら十八分を切ってクリアできるはずだ。そのはずなんだけど。


「……なんかまだ、上手く連携取れてないんだよね。個人技術についてはなんとかなる範囲だし」


『連携って、アタシとユズはばっちり息合ってるよね!? もうこう、一心同体で』


「いや、パーティーの連携だからね?」


 四人パーティーなのだから、私とノノの連携だけ良くても仕方ない。


 ただノノの言うとおり、ギルドを組んでからはだいぶ息が合ってきているとは感じていた。

 もともとアタッカーとしても突っ走り気味のノノに、タイミングを合わせるのが上手くなってきた自覚もある。

 だから問題は他二人との連携だ。


『すみません、わたしがまだまだなせいで……。わたしもユズさんと上位に入りたいんですが』


 元気のないチャットを送るルルだったが、個人技術以上に主張の強いプレイングができないため連携がどうしても遅れてしまっていた。

 我の強いノノとも、あまり要求を口にしないアズキともあまり相性が良くない。


『僕は僕の仕事をするだけだから、上を目指すなら目指すつもりだ』


 などとメッセージ通りに、アズキは自分のプレイングは追求するけれど、他のメンバーとの連携は基本念頭にない。

 タンク職だからただ攻撃を引き受けてくれるだけでも十分なのだけれど、やはりタイミングなどはパーティー内で調整する必要がある。


「もしみんなが、もっと上を目指してくれるっていうならギルドメンバーで集まる頻度を多少増やす必要があると思うし、なによりもっとみんなで打ち解けなきゃいけないと思う」


『アタシは、もう少しくらいだったら集まれるかな』


『わたしもです』


『僕も時間はつくれる』


 三人とも前半は了承してくれるが。


「えっと、打ち解けるほうは?」


『……アタシは、みんなとも仲良くしたいと思ってるけど』


『ユズさんがそうおっしゃるなら、わたしも』


 少し待つがアズキからは返事すらない。


 ルルも言っていることは全然前向きに感じないし、好意的な反応なのはノノだけか。これもギルド結成からほとんど変わっていない気がする。


 ――いろいろあって多少仲も深まったと思っていたけれど、もしかして私と三人の仲が深まっただけだった?


 三人の仲は相変わらずかなり冷め切っていて、これではやはり連携がどうのなんて言う段階ではない。ゲームで上を目指すにおいて、パーティーが全員友達である必要もないし、仲良くある必要もないとは思っている。


 ただ現状はそれよりもっと前、なんていうか。


 ――空気が悪いっ!! なんでなの!?

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