大罪人


 シーズの全貌が顕になったことによって、疑問のひとつは解消された。こいつが土中を掘り進む力は、後ろ足が穴の内側壁面を捉えて身体ごと回転させることで成り立っているということだ。



 ダフトが突き飛ばされた方向にはデール達が居るはずだったが、彼女らはシーズの突進を察知して一瞬だけ早く射線から回避出来ているみたいだった。


「ショウ!!そいつを穴へ帰しては駄目です!!」とデールは叫んだ。


「────なるほど、そうか!」


 ダフトの容態が気にかかるが、今は被害を最小限にとどめることが肝要だと判断。彼女の命令を遂行すべく、シーズが現れた穴の方へ走る。


 その動きに気がついたのか、シーズは踵を返して俺を追ってこようとした。


「やっぱりか、でも遅いっ!」


 デールは極めて冷静だった。先程の異様な射出速度は六つの脚部が全てスパイクになっている時だけ生み出されるものだと瞬時に見抜き、こちらへ指示を出したのだ。


 その証拠にシーズは今俺を追跡しようと試みているが、さっきの銃弾に比喩するような疾さはない。六本ある後ろ脚のうち二本しか大地を頼りにすることが出来ていないのだから。


 そうして俺はの方を抑えることに成功する。


 シーズは頭頂部側から生えている二本の前脚を洞穴に突っ込んでこちらへ追撃を加えてきたが、それを間一髪のところで躱し、緩やかに下っている洞穴を俺は全速力で下った。


「デール、これは思いのほかいい作戦かもしれない。特に、というところが素晴らしいッ!」


 思った通り、シーズは俺を追跡して地響きと共に穴ぐらを高速で突き進んでくる。


 山脈内部の広場にいる連中は俺が挽肉になったものと思ったに違いない。全く逃げ場がない場所で、後方からは超高速推進する回転物。


 しかし、逃げ場がないのはも同じだ。


「アクセラッ」向かってくるシーズに対面する格好をとって唱える。


 前方に一辺が二メートル程度の立方体の範囲に限定して、時を加速させる領域エリアを作り出す。


数秒後、俺を削り節にしようと向かってくる存在は、逆に目の前で頭から塵になった。


「はぁっ、はぁっ、疲れた…………さすがに、ここまで風化がすすんでいるのはまずいか」


 万が一、時魔法の行使が露見せぬよう、シーズの亡骸を肉片が残る時代まで巻き戻し、俺はその場を引き返した。相変わらず酷い臭いだった。



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「ショウくん!?どうして生きてるの!?」


 穴から戻ると真っ先に俺を発見して、声を上げたのは爪の餌食になったはずのダフトだった。


「それはこっちのセリフだよ!シーズは片付けた。逆にあんたは何でそんなにピンピンしてるんだ」


「僕は"硬化"の魔法を使えるんだ~。ただ硬くなるだけだから、あんまり強くないんだけどね~」とダフトは答えた。


 爪が彼に命中した時の音がおかしかったのはそのせいか。


「そんなことはない、あんたが庇ってくれなきゃ今頃俺は挽肉になってるところだ」


「ほ、ほんとにあいつを倒したの?ひとりで?」保護されていた銀髪の少女はそろりそろりとこちらへ近づいてきた。


「ああ、もう大丈夫だ」しゃがんで目線を合わせ、俺は彼女の頭の上に優しく掌を置いた。


「あっ、あのニンゲンさん…………ありがと」少し照れながら感謝の意を表明する彼女はとてもいじらしかった。


「俺たちにも名前があるんだ。俺はショウ、君は?」


「あたし、アルム。他のニンゲンも名前、ある?」


 俺がまだ地球に生きていた頃、同年代がこぞって子を育てていた理由が今なら少しは理解出来る。あいつらはきっと『可愛さの奴隷』になりたかったんだ。今の俺のように。


「ああ、あるよ。あっちの大きい男の人はダフト、あの女の人はデール、君を抱いてた人はサルって言うんだ」


「サルはきらい」食い気味だった。


 馬鹿でかい舌打ちを洞穴内へ響かせたサルの頬には、アルムに抵抗されたと思しい三本の引っかき傷が残っていた。


「ショウ、あなた本当にひとりであの怪物を?」デールは言った。


「ああ、この奥に死骸があるから確認するといい」そう言って俺は親指で穴の方を指した。


「そうですか。よくやってくれました、ありがとうございます。でも少し困ったことになりました……」とデールは俺から目を逸らした。


のことだろ?」とサル。


「なんだよ、それは」


「その小娘の住んでる地域のことだよ」


「私達はその子の同族、つまりを生み出し、ベンネ・ヴィルス山脈の東側へ押し込めてしまったのです」


「生み出した……?生み出したって言ったのか?」


「はい…………忌み嫌われて当然の業を私達は背負っています。ですから、竜人族に干渉することはトラッドの法律で固く禁じられていますし、私達はすでに大罪人なんです」デールは下を向いた。


 銀髪の少女は俺のもとを離れ、シーズが現れた穴の方へ走っていって、こう言った。


「竜人の里、案内する!みんな一緒にきて!」




「ああ、言ってるぞ」


「竜人と接触するだけでも大罪なのに、禁足地へ足を踏み入れるなんてとても────」


「いや、行くべきだと思うぜ」デールの言葉を遮ってサルは言った。


「どうして~?」とダフトは追及した。


「このままコットペルへ帰って俺らが口を噤んでもよォ、禁足地の老人どもが黙ってるわけがねェ。竜人族と接触したことがバレりゃ、どっちにしろ俺たちャ死刑囚だ。だったら小娘について行って、里の連中経由で国に特例を認めさせた方が賢いと思わねェか?」とサルは説明した。


 この悪党は自分が生き残るためには舌を巻くほどの切れ者になる。どうして窃盗などというケチな罪で捕まり続けていたのか不思議なくらいだ。


 それからデールは数十秒ほどの逡巡の後、またもや彼の発案を肯定することになる。

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