十皇伝説 〜世界を救った十人の【皇】が再び世界を賭けた戦いに挑む〜

平原誠也

十皇伝説

 その日、突如として世界は滅亡の危機に晒された。

 各地に終域と呼ばれる黒いドームが出現した。その中にはバケモノが跋扈しており内部に取り込まれた者は皆殺された。

 

 最悪なのは終域は放っておくと範囲が拡大する事だ。

 拡大を阻止するには内部のバケモノを減らさなければならない。だが、人類は無力だった。

 

 天恵と呼ばれる特殊能力も持った人間も例外ではなくバケモノに殺された。終域出現からわずか半年で人類は半減した。

 

 内部に取り込まれた国は大国といえど数週間で滅びた。

 もはや生きながらえた国家も疲弊し、戦える力は残っていない。

 世界は絶望に満ちていた。あとは滅びを待つだけだった。


 しかし、そんな絶望的な状況下でも諦めずに立ち上がった者たちがいた。

 その者たちは戦いの中で己の天恵を開花させた者たち。

 天恵に【皇】の名を冠する者たちだ。


【混沌皇】

【時空皇】

【境界皇】

【侵蝕皇】

【魔眼皇】

【聖霊皇】

【虚無皇】

【煉獄皇】

【天癒皇】

【狂歌皇】


 彼らは後に十皇と呼ばれた。

 十皇たちはその圧倒的な力で瞬く間に終域を滅ぼしていった。

 一国をたったの一体で滅ぼした空飛ぶ獅子、城を丸呑みにした三頭蛇。龍の息吹ブレスで大陸を終域内を焦土とかした龍。

 十皇にとってはそのどれもがもはや敵ではなかった。

 そうして約一年後、全ての終域は消滅し、十皇は伝説となった。

 

 その後、大陸は十の国に分割されそれぞれの皇が支配することになった。

 その決定に反対する者はただの一人もいなかった。

 大国の王であった者たちも自らの地位を捨て彼らが「皇」であると宣言した。


 それから約五年。平和な世の中が続いた。バケモノの脅威に悩まされることはなく民達は幸せに暮らしていた。

 都市の復興も進み脅威は無くなった。


 そんなある日、【混沌皇】アリス=ゼロエスは休暇のために自国、ゼロエス帝国の海岸線へと来ていた。

 アリスは漆黒の髪を靡かせながら波打ち際を歩いていた。


「平和だな。システル」

「ええ。平和ですねアリス様」


 付き従うは金髪碧眼の美女。海に来ていると言うのに身に纏うは漆黒の軍服。海風に靡く赤いマントが彼女の凛々しさを際立たせている。

 そんなシステルの場違いな装いにアリスはジト目を向ける。


「せっかくの海なのにお前は堅苦しいな」

「アリス様が浮かれすぎなのです。せっかくのワンピースが濡れますよ」

「戻ったらまた激務なのだ。今ぐらい浮かれさせてくれ」

「そうですね。平和なのですからそれぐらいは許されるべきですかね」


 システルも柔らかな笑顔を浮かべた。

 アリスは思う。


 ……いい笑顔を浮かべるようになったな


 システルはバケモノに両親を殺された。

 アリスがまだ【皇】ではなかった頃、バケモノに襲われていたところをアリスに救われたのだ。

 それからシステルは笑顔を見せなくなった。

 アリスから戦う術を学び、両親を殺したバケモノを殺すことだけを考えていた。

 

 アリスが【皇】となり終域を滅ぼしていく時には常にアリスについていった。

 故についた二つ名は【冷血】。常に非情でバケモノを殺す事だけを考えていたシステルにはお似合いの二つ名だった。

 しかし、十皇によって終域は滅ぼされた。システルの復讐は成し遂げられたのだ。

 それから少しずつシステルは笑顔を取り戻していった。

 この笑顔を見ればシステルを【冷血】と呼ぶ者はいないだろう。


 ……私はこの笑顔を守らなくてはならない。


 それを思えば皇としての執務など苦ではなかった。

 しかしアリスは無理をしすぎて倒れてしまった。当然システルに心配され休暇に来ているのだった。


「アリス様、こちらへ」


 システルが海岸に備え付けられた椅子へと案内する。

 アリスはそこに座ると、海岸線に沈みゆく太陽を眺める。


「夕焼けが綺麗ですね」

「そうだな」


 アリスはしみじみと呟いた。自分たちが戦い続けたからこそ今の平和があるのだと噛み締めながら。


「そろそろ冷えます。戻りましょうか」


 しばらく地平線を眺めたあとシステルが言った。

 すでに日は沈み切っており、海風が冷たくなってきた。


「そうだな」


 アリスは立ち上がり、海岸に背を向けた。

 そのとき。


 ――ケホッ


 アリスの人並外れた聴覚はその音を聞き逃さなかった。

 音がつくような速度で振り返ると、音の発生源へと向けて駆け出す。


「アリス様!?」


 システルはいきなり走り出したアリスに驚いたがこれでも副官だ。すぐに追いかける。

 無論アリスの方が速いので距離は開いていく。

 しかし、見失う前にアリスは足を止めた。


「システル! 医者を呼んでこい!」


 アリスの側には一人の女性が倒れていた。服はボロ切れ同然で身体中には生傷がある。全身から血を流しており生きているのが不思議なぐらいだ。


「システル!」


 システルは再度アリスに名を呼ばれ我に帰った。


「直ちに!」

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