第三十一話 黒妖精

残酷表現あり。

閲覧注意!


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「王妃様には格別のお引き立てを――」


「挨拶はいいわ。あなたには、国にとってとても重要な役目を与えたいと思っているの」


「っそれは、……とても、光栄です!」



王宮で働く侍女は、下働きのものたちとは違い貴族家の子女が行儀見習いとして務めるものだ。そのため、王宮には高貴な血筋が常に何人もいる。

王妃は、その中でバンナ・ロメイスに目をつけていた。長い歴史のある伯爵家から来ていた彼女は、黒妖精召喚の本にある『高貴な血筋の生贄』に最適だと思ったからだ。



王妃が、この怪しげな本を手に入れた経緯をお話しよう。


過去、黒妖精は人間に害なすものとして何度も封印されてきた。しかし、何百年か経つと人間はその凄惨な出来事をただの昔話としてしまい、黒妖精の巨大な力を欲し、私欲のために使おうと封印を解いてしまうのだ。


封印されてはその残虐さを忘れられ、召喚されて契約者の願いを叶えるとまた、黒妖精は人々を苦しめ虐殺し、時の勇者に封印されるということを繰り返す。


前回、黒妖精が世に出てきたのは千年以上前。当時の王によって封印されたため、長いことここハイディルベルクの王家でそれを守ってきた。

しかし期間が千年ととても長かったため、封印されている黒妖精だったが、意識を取り戻し、少しの悪戯なら出来るようになってしまっていた。


封印を解く人間を探していた黒妖精は、ある日黒く靄がかった人間を見つけた。それが王妃フリーデだ。

フリーデが王と結婚し王宮に住むようになって、黒妖精はその存在を知った。


見つけたときにはもう腹に子供がいた。毎日毎日鬱々としたを出していたが、第一王子出産後しばらくは、自分の血を引くこの息子が次の王だと喜んでいた王妃。しかしすぐに側妃として、元々王妃になるはずだったガブリエレが召し上げられたことによってまた靄は濃くなったのだ。


待てども待てども、王は夜伽に来ない。親切な誰かが王妃にこう言った。



「王は毎晩側妃様の部屋に入って朝まで一緒に過ごされています。」



そして側妃が懐妊したことを知らされる。


もしかして妊娠中ならばと思った王妃だったが、もちろん王は王妃宮に来ることはなかった。


そして第二王子の誕生。



その頃に、黒妖精は封印を解く方法、封印を解いたら好きな願いがなんでも叶うと記した黒皮の本を作り、少しだけ自由になる力を使ってそれを王妃の部屋に届けた。


王の渡りもなく、側妃が第二王子を出産したことで危機感を覚えていた王妃は、その怪しげな本に魅入られ、もしも我が子を差し置いて第二王子が王太子になるようなことがあれば黒妖精の封印を解こうと準備してきた。






「バンナ嬢、あとはあなたがいれば完成するの」


「王妃様のお力になれること、この上ない喜びです」


「そう言ってくれて嬉しいわ」



血で固めたロウソクも、なぜそれが必要かなどわからない蝙蝠の羽や蛇の生き血、蜥蜴の尻尾などの供物もすべて準備できている。



あとは五芒星の中で生贄を捧げるだけ。



王妃は、バンナ・ロメイスを連れて石室に降りていく。



「ここは? ……ずいぶんと、神秘的な…お部屋ですね」


「ええ。そこにロウソクが立っているでしょう? それをつけるから、真ん中にいてちょうだい」


「はい」



バンナが五芒星の中心に立つと、回りにある五つのロウソクに火を灯していく王妃。


すべてのロウソクに火が灯ると、箱の中から供物を出し机に並べていく。



「それは、なんですか?」


「ああ、気にしないで」



気味の悪いものを取り出した王妃に、思わず顔を歪めて聞いてしまったバンナだったが、答えはもらえなかった。



「もう、そんなこと気にもならなくなるわ」


「っ?!」



供物を並べ終わった王妃がまた別の箱に手を伸ばすと、その中には装飾された短剣がいくつも入っていた。


それを見たバンナは、嫌な予感がして震え上がる。


王妃は、短剣をひとつ取るとバンナに見せた。



「きれいでしょう? 色とりどりの宝石が飾られているの。あなたのために作らせたのよ?」


「わ、わたしの…た、め?」


「ええ」



何本か短剣を手にしてバンナに近づく王妃。


そのうちの一本を前に構えると、ゆっくりと、バンナの腹に突き刺した。



「ぐっ…?!」


「あなたは最高の生贄だわ」



王妃は、膝をついたバンナをゆっくり横たえる。


そしてもう一本……。



「いぃっ…!!」


「痛いかしら? ごめんなさいね。血だけもらうのではダメって書いてあったから」



さらにもう一本、もう一本と……。



「ぎいいいいいい!!!」


「あらあら元気ね」



そしてまた、短剣をゆっくりバンナの体に沈み込ませる。何本も、何本も……。







「もう、意識はないかしら?」



箱に用意した22本の短剣をすべて使い切り、絶命した彼女を見下ろす王妃。

その顔には、笑みさえたずさえていた。



「ふふふっ、はっ、ははっ!!」



髪を振り乱し笑い続ける王妃。


笑いながら、黒皮の本を手に取りページをめくる。



そして、そこに書かれている言葉を読み上げた。




「『黒妖精の呪いはこの生贄が引き受けた』!!」



すると、五芒星の中心から風が巻き上がり、すでにこと切れていたバンナの亡骸が空中で霧散した。


轟々と吹き荒れる風はしばらく続いた。


その間に、ロウソクも五芒星も供物も並べられた箱も消えていった。



そして――



「やっと出られたか」





そこには、黒く長い髪を揺らし、光を宿さない瞳で、立ち尽くしている王妃を見つめる男がいた。





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