第二十八話 別れと、王の決意


デューレン辺境伯邸から真西に行くと、アーヘン村がある。アーヘン村はデンシュルク帝国との国境が近いのだが、あるのは山林と大河で道はつながっていなかった。


今回、デンシュルク帝国の第三王子バルトロメウスは、ヘルシン症の様子を見るためこっそり越境してきた。ほんとうならその現状を伝えたらすぐ帰るはずだったのだが、デューレン辺境伯邸に向かう途中でエルメンヒルデと会ってしまったので身分も密入国もばれてしまった。


疫病の収束を見届け観光もしたので、そろそろ帰ることにしたバルトロメウス。帰路にとデューレン辺境伯は馬車を用意した。

辺境伯邸のあるケルンの町から南に下って西に向かい、デンシュルク側の国境の町リエーシュに続く道がある河沿いの町ブラントに着いた。



「世話になった」


「いえ、デンシュルクの王子殿下に我が領へお越しいただけて大変光栄でした」



デューレン辺境伯とバルトロメウスが挨拶を交わす。



「エルメンヒルデ嬢。此度は非常に有意義な旅だった」


「それはよかったですわ。出入国管理局のほうは大丈夫ですの?」


「まあ、適当に誤魔化すさ」



誤魔化されてはいけない役人だが、そこは腐っても王族なので何事もなかったことにするしかないだろう。

一応内々で、デンシュルクとハイディルベルクに報告は上がるだろうが、今回のことは背景を見ても罪に問われることはほぼほぼないだろう。

ハイディルベルク側の疫病対策一行であるエルメンヒルデたちと同行していたし、害をなそうとしての行動でないことは明らかなのだから。



「国王も回復なされたのだ。今度は是非我が国にも遊びに来てくれ」


「ええ。貴国の鉱石卸売りのお店は、いい取引相手ですから」


「ふっ。あなたらしいな。ハルトヴィヒ王子も連れて来い」


「……そうですわね」



次期王とも言われている王子を気軽に国外になど連れて行けないことはわかっているが、バルトロメウスはこの2人が好きなので、共に来ることができればいい、と思ってそのまま口にした。



「まあ、個人的にはなかなか難しいが、式典ではまた顔を合わせるだろう」


「ええ。そのとき、また」


「ああ。私は友人の幸せを願っているよ」


「ええ。私もですわ」



そうして、長いこと主人に振り回されげっそりやせ細った護衛ひとりを連れて、バルトロメウスは帰国した。







時を戻して少し前のある日のこと。


ハイディルベルクの夜も更けた頃、王は私室で第二王子と会っていた。机には酒やつまみが用意されている。

2人はときどき、こうして酒を交わすことがあった。私生活について、国政について、話題はさまざまだ。



「ジークムントが勝手をした」


「聞いております。手続きもせずにデューレン領まで向かったとか」


「ああ」



第一王子が勝手に王都を出たことで、何人もの使用人や護衛を処罰しなくてはならなくなった。

居ても大して役に立つわけではないが、それでも王子が居なくなるなど大問題だ。



「近衛が言っていました。エルメンヒルデを追って行った、と」


「ああ……」



王には、デューレン領に物資を運んだと言っていた第一王子。それで誤魔化せるわけもない。近衛から何人も護衛として連れて行っているのだ。

この件は、王宮騎士団からも報告が入っている。連れて行かれた第三近衛隊は、第一王子派もいることにはいるが、第二王子派だっていたのだ。事細かに、きちんとあれやこれやも報告書に起こしたものが回ってきている。



「さすがに王妃からシュティルナー侯爵家に話がいくとは思いませんが……」


「ああ。エルメンヒルデを取り込むのは無理だと、さすがにあれもわかっているだろう」



王は、王妃フリーデとはしばらく話をしていない。それは側妃であるガブリエレともだが、毒の件も解決していないことから、以前のように、一部の人間を除いて、気安く誰かと食事をしたりすることができなくなった。



「お前たちには苦労をかけるな」


「いえ、母も私も、弁えていますから」


「……ガブリエレを王妃にできればこんなことには……」



ポロりと本音が漏れる。

父のそういった話は、あまり聞いたことがなかったハルトヴィヒは、珍しいなと思った。



「王妃とは身分を超えた恋愛結婚だと」


「そういうことにせざるを得なかったのだ……。今でも、愛しているのはガブリエレだけだ」


「そう、なのですか」


「ああ……。お前の母には、ずいぶん辛い思いをさせた」



王は、結婚当時のことを思い出していた。


自身の父と母と同じように、愛し合っているガブリエレと結婚するはずだった。


それが、フリーデの策略によって壊された。


そして第一王子として生まれたのがフリーデの息子、ジークムントだった。


可愛い息子ではあるが、ジークムントに王位を渡そうと思ったことは一度もない。

ジークムントとハルトヴィヒを王の器として見たときに明らかな差があるのだ。



そしてこの夜、国王は決意するのだった。




「お前が成人したら、王太子に任命しようと思っている」







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