第25話 幕間:前日の会談act2


 時折、電車の通り過ぎる音、振動が室内に響いた。

 その通過の多さから間違いなく都内、少なくともそれに類する場所であると明白。

 それ以上のことはわからなかったが。


 そして、徳人と後藤の会談は開始から既に1時間経過。


 話題は『ケイン・レッシュ・マ』という存在のことへと移っている。


「不老不死の存在は死を根本的に理解できない。故に、痛みを知らぬ人間が他者へ共感を抱く上で苦労するように、究極的に他者を理解できない……という説もあるのですけど、アレはもっと、根本的に捻じ曲がっている。それが、なぜ死にたいと思ったのか」


 滔々とうとうと語り始めた盧乃木徳人ののぎ のりひと

 口調は相手へ疑問を投げかける為、というよりかは相手の『ケイン・レッシュ・マ』への理解度を試す趣き。


「記憶を全て消してしまいたいから……というのは?昔なんかの文献で読んだ。奴らは死ぬたびに記憶の一部を失うとか」


 後藤も、その存在を知ってから当たれる情報は片っ端から当たった。ただし、下手な勘繰りを避ける為、有識者に直に話を聞いた事はなく、手を付けたのは流布された風聞の他、なるべく信頼のおける文献。

 いくらか推論の域を出ないものも含む。


「それは……死ぬたびに脳へ酸素が行き届かず、その一部が壊死、その後蘇生時に再生しても、その分、記憶が欠落したまま補完されないという、確かに裏の取れた話です。ただ、不老不死者ノスフェラトゥの始祖たる『ケイン・レッシュ・マ』だけはそれを免れる。焼かれた脳を丸々再生しても同一の記憶、人格を保持していた記録があります」


「……なるほど。じゃあ、あいつはずっと全ての記憶を保持したまま忘れることもできず生きてるわけだ。それなら死にたくなるのもわからんでは無いが……」


「そして、あれがなぜ死にたがるのを辞めたのか」


 徳人が話の主旨を替えた。

 むしろ、こちらが本筋と言わんばかりだ。


「それは、沙耶香がいたからじゃ無いのか?それが生きる糧になったってのはおかしな話か?」


「それはあまりにも人間的な思考だと思いませんか?後藤さん。アレはいつから生きてるか分からない化物ですよ」


 この言い草に、後藤は少し間を置く。

 偏見、とまで行かずとも、後藤には知り得ない憎悪故か、彼の解釈はケイン・レッシュ・マを悪く思う方へ流れすぎていた。


「化け物……化け物ね。まあ、感覚的には分かる。あいつの得体の知れなさは俺も実感してる。ただ……お前にはあいつを嫌うだけの確固たる理由があるように感じる。それを話してくれないか……」


「理由、理由……そうですね。それほど理解し難い理由でもないかと思いますよ」


 いたって滔々とうとうと。


「……って言うと?」


「その前に1つ、言っておかねばならない事が……1つ、大切な事を」


 ここまで冷静に語った少年の、しかし含みを持たせた言い方。それが抑揚のない喋り方とマッチしない。


——いや、返って年相応の自然体と言えるのかも知れない


 後藤の脳に湧いた解釈。

 己の内にストレスや憎悪を溜め込む思春期特有のソレ。

 この少年はただ、ソレを誰にも吐き出さずに拗らせただけなのではないか。


 その見方は、性善説的すぎるか?

 いやしかし、少なくとも後藤の目には目の前の少年の化けの皮が……剥がれて見えた。

 いや、彼自身が剥がして見せようとしているのか。


「なんだ」


 後藤は聞く。

 わずかに、ではあるが悩みを聞いてやるような口調で。


「僕、盧乃木徳人と姉の盧乃木沙耶香はですね、——の……」


——丁度近くの線路を電車が通り過ぎた


「……え?」


 この返しは音に紛れ肝心な所が聞けなかったからではない。彼の耳はその発言の重要な箇所をしかと捉え、その上で、思わず、そんな声が漏れた。


「それは……え……」


 動揺。


「多分、あなたなら、この事実だけで全部察しがつくんじゃないですかね」


「いや、待て、待ってくれ……じゃあ……」


 そして、狼狽えながらも頭を回した後藤はボソリと……


「兄貴……あいつ、何やって……」


「別に、父さんが——盧乃木美樹鷹ののぎ みきたかが憎いとか、僕はそんなふうに思ってませんよ」


「いや、でもお前!自分の父親を——

「刺しました。刺し殺しました」


 食い気味に、徳人はその事実を認めた。

 澄ました顔でもなく、その瞳は後藤の顔を見つめて、一層、その思考を訳のわからないものと感じさせる。


「これまでに数え切れないだけ人間の命を奪ってきましたが、結局、僕が覚えているのは、手の中に残っているのはあの時の感覚……」


 何も、言えなくなってしまった。

 父を殺した事をぬけぬけと白状した少年に対し、後藤は口から出す言葉が見つからなかった。

 結局、この件に関して、後藤はどこまでも部外者なのだ。


「父親を恨んでいないんだとしたら、母親のためか?夫と、おそらく沙耶香を恨んで死んでいった母親の」


 戸籍を調べた時に知った沙耶香と徳人の母親の名前。


 『盧乃木 和架ののぎ わか


 彼女は三十路になる前に、若くして病死している。そのため、徳人と関わった時間も相応に短く、それが彼の凶行の原因とは思っていなかったが、しかし後藤は考えを改めた。

 親から愛された経験のない後藤がその辺を正しく理解できていなかったのは、妥当な話かも知れないと、当の彼自身が今、思い知らされている。


「それもありますが、しかし、僕が嫌悪しているのはですね。これが、盧乃木家では延々と繰り返されてきたことっていう、その点なんですよ」


「繰り返す……?」


「ええ、繰り返してきたんです。『ケイン・レッシュ・マ』という怪物が望み、それに毒された歴代当主が押し進めた。最初に言いましたよね?盧乃木家は穢らわしい家系だと。だから、滅ぼすんです、根切りにするんですよ、僕、含めてね」

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