古書店探偵【地獄坂 夢亜】が推理する〔メタバース・ミステリーワールド編〕

楠本恵士

第1話・平安朝遺体移動事件

 人間が肉体の寿命を捨てて、自分のデータを仮想現実世界〔メタバース〕移して永遠の命を得た近未来──昭和五十年代〔1975年〕の下町。

 携帯電話の個人所有率も低く。

 インターネットから大量情報も一般的にはなく。

 科学捜査も発達していなかったそんな時代。


 未来への夢だけは溢れていて、子供は夕方は暗くなるまで外で遊び回っていられた──そんなノスタルジックな昭和の時代を模したメタバース内の【昭和五十年代エリア】


 道路が舗装されていない下町の一角にある古書店──『地獄坂堂』の二階に、ひっそりと探偵業の看板を出している探偵事務所があった。

八名垣やながき探偵事務所』


 古書に埋もれた倉庫を間借りした、狭い探偵事務所のアンティークな椅子に座って読書をしている一人の少女がいた。

 髪の一部をピンク色に染めて、古書を読みふけっている十七歳の少女の名前は『地獄坂 夢亜むあ』探偵事務所で助手兼電話番をしている。


 夢亜が次のページをめくった時に、いきなりドアが開いて黒ずくめの若い男が部屋に飛び込んできて怒鳴った。

「また、外を歩いていたら近所のガキに『ブラック指令だぁぁ! 水晶玉を奪え!』って意味不明のコトを言われて追いかけられたぞ! いったいなんなんだ? このメタバース世界は」

 夢亜は無言で、ヘリウムガスで浮かぶ円盤型の銀色の風船を『八名垣 獅子やながき レオ』の方に差し出す。


 クラゲみたいな風船を受け取ったレオが首をかしげる。

「なんだこの風船は?」

「今度、外に出る時はその風船を持って出てください……あっ、それからこの、赤いテルテル坊主も身に付けて……ガキ避けのお守りになります……たぶん」

「本当か? これがガキ避けになるのか?」

「銀色の風船の名前はブルーメちゃんです」


 レオが、浮かんだ円盤風船を指先でつつきながら、夢亜に質問する。

「ところで、リアルは世界での夢亜は、何歳で肉体を捨てて……このメタバースに、データを移したんだ?」

 古本を読みながら夢亜が答える。

「女性に年齢を聞くのは失礼ですよ……あたしは、永遠の十七歳です」

「確かオレの記憶だと、相当のババァ年齢だったような」

「それ以上の詮索は、怒りますよ……レオ先生だって、手放したリアルの肉体は消滅しちゃっているでしょう」


 その時──急にドアが開いて黄土色のロングコートを着た中年男性が、飛び込んできて叫んだ。

「レオォォォォォォ!」

 夢亜が言った。

「これは、お久しぶりです『剣原警部補』あなたも、こちらの世界に?」

「今は警部だよ……レオ、おまえも向こうにいた時と変わらないな」

 八名垣 獅子レオの叔父、剣原警部はこのメタバースでも厄介な事件を探偵事務所に持ち込んでくる。


 レオが指にハメている、夢亜から誕生日プレゼントされた獅子のリングを外しながら叔父の剣原警部に訊ねる。

「また、事件ですか? 叔父さん、このメタバースで」

 メタバースの住人は肉体を持たないので、リアル世界バースのような殺人事件は存在しない。


「さすが、我が甥っ子鋭いなレオ『遺体が時間の経過と共に移動していたら』おまえ、どう思う?」

「遺体が移動?」


 読んでいた本を閉じて、興味を持った夢亜が剣原に訊ねる。

「それって、どのメタバースエリアで起こった、怪異事件ですか?」

「平安時代の『平安京エリア』だ」

「あぁ、あの不衛生なエリア」

 そう言って夢亜は、椅子から立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古書店探偵【地獄坂 夢亜】が推理する〔メタバース・ミステリーワールド編〕 楠本恵士 @67853-_-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ