死の森
「――じゃあつまり、この島の脅威って精霊五体以外はないってこと?」
『そうなりますね』
「ふーん。よかった」
次の試練へと向かいながら、アリスは亜空間にしまってあったオータと話す。引きこもり体質なのか、オータは通信魔術で会話するのみで出てくる気配はない。
別段アリスも、それを咎める気など無い。あのままウロウロされても邪魔だからだ。
道中でオータの知識を吸収しながら、足を進める。
(それじゃあ私の魔術をキャンセルしたのも、誰かなのだろう。レベル199ならば可能だろうし)
アリスがオータにこの島の脅威について尋ねたのは、〈
アリスのステータスバフにより、通常の魔術よりは性能が上がっていても、探索に特化させたりと故意に強くさせたわけではない。
レベル199の精霊がそれだけいるのならば、誰かしらに殺されても不自然ではないのだ。
どちらにしても、たかがBランク魔術だ。その程度をかき消す相手が来たとしても、アリスにとって不利にはならない。
「ベル、ルーシー」
「はい」
「はあい!」
「後ろから来てるふたつの国を潰しといて。私の
「りょ、でーす!」
「頑張ります!」
アリスはベルとルーシーに、後方から続いてきているであろう二カ国の対処を命令した。
この島にあるめぼしいものは、精霊くらいしかない。宝程度であれば、アリスもこれといって興味はないものの、戦力となり得るものがあるのならば手に入れたい。
ルーシーは自分とベルに変身魔術を付与する。そこらの村娘と変わりない姿は、誰も奇襲と疑わないだろう。まさか村娘に奇襲され、抵抗もできぬまま死んでいくとは想像できない。
ベルとルーシーは、やってきた道を引き返していく。
『な、何してるんですか!?』
「命令」
『そんなこと分かってますぅ!』
「邪魔されても困るし、先に殺しておこうかなって」
『なっ、それでも人間ですかぁ!』
「魔王だけど」
『そうでしたぁ……』
オータがアワアワとしながら通信魔術を投げる。抗議をするわりには、亜空間から出ようとはしないらしい。
アリスとしては、あんな即死効果を持つ部下を作ったオータにだけは、言われたくなかった。
さて、次の目的地は炎の精霊・イヴが管理する炎の森である。
木や草の代わりに、炎が森の形を生成しているのだ。遠くから眺めていればさぞ幻想的だろうが、大精霊のもとに辿り着くにはこの死の森を通り抜ける必要があるのだ。
アリス率いるパルドウィンメンバーは、この森を安全に通り抜けられる面子は少ない。魔術を付与したりすればすんなり行けるが、ダメージ量を計算して色々と付与するのは少々面倒になった。
一行は無事に炎の森に辿り着いていた。目の前にはその名に相応しい森が広がっている。
アリスは〈
「はい、じゃあみんな亜空間に入って~、お茶でもしてて~」
「はッッ!」
「ダニー様、この間の話の続きですが……」
「あぁ」
アリスのスキルで生成した亜空間へ、ぞろぞろと入っていく。ダニーもアレックスも、もはや慣れたものだ。当たり前のように収納され、くつろぐ気でいる。
あれだけアリスを毛嫌いしていたというのに、ここまで慣れてしまった。それだけ濃い体験をしてきたのだ。
アリスは全員がスキルの亜空間に入ったことを確認すると、入り口を閉じた。
「いくか〜」
そう言うとアリスは、炎が燃え盛る森の中へと足を踏み入れた。ごうごうと火が燃えて、アリスを襲っている。
しかし彼女は何食わぬ顔で、スタスタと歩き続けている。まるで普通の街でも散歩するかのようだ。
炎は侵入者を排除するべく動いているものの、その炎がアリスに効いているような様子は見られない。
『はあああああ!?』
「オータ、うるっさい」
『なっ、なっ、ありえないです! イヴの煉獄の森は、常に体力を奪う死の森なんですよ!?』
そもそもそんな効果がなくとも、燃え続ける森の中を歩くという行為が困難なことだ。普通の冒険者であれば、まず迂回路を探すだろう。
迂回したところで湖を囲うように森があるため、無意味な行為だが。
万が一、炎に対する耐性を得ていたとしても、今度は常時発動の体力減少効果が歩く者を襲うのだ。ここを通るには、それを上回る回復効果を手にしなければならない。
「へー、どれくらい持ってくの?」
『以前聞いた内容で変わりなければたしか……毎秒二割ほどです』
「なら大丈夫だよ」
『なら大丈夫だよ!?』
「私は一秒ごとに体力を四割回復してるからねえ」
『????』
もちろんアリスは、回復効果については問題ない。
問題があるとすれば、他の幹部たちだ。アリスは「亜空間にしまっておいてよかった」と安心する。
今そばにいる者たちの中で、回復能力を持っているものはいない。アリスが常にかけ続けているのもいいが、完璧に管理しきれるか分からない。毎分などならばまだしも、毎秒体力を奪われるとなればより厳しくなる。
数秒のミスで殺してしまったとなれば、今度は生き返らせねばならない。
体力とともに魔力も常に回復し続けているアリスだが、そう何度も気を使うのは面倒だった。
それに危険に晒してまで出しておく意味は無い。
元々パルドウィンの二人も、この島に来たという実績だけのための要員だ。探索は全てこちらでやるという同意の元、来ているはずなのだ。
「それにしてもそんなに隠しておきたいんだ、最奥の大精霊さんをさ」
『……えぇっと、ちょーっと意味が変わってくるというか……』
「どういうこと?」
『問題児といいますか、駄々っ子といいますか……』
「……あー、なんとなく言いたいことはわかったよ」
オータも一応、大精霊の下にいる精霊だ。思うところはあっても、言葉は選ぶ。
察してくれと言わんばかりに言いよどめば、アリスも内容を汲み取った。
それを聞いて、上に立つものはユニークでなくてはならない決まりでもあるのかな、とアリスは思う。
本人にも当てはまることだったのだが、彼女は気づいていない様子であった。
『イヴはそんな大精霊の
「なるほどねぇ」
そんな解説を交えながら、アリスは前に進む。大精霊がいると言う湖を目指していた。
すると、激しく周りが一気に燃え上がった。ごうごうと勢いを増す炎は、攻撃性は感じられないものの、まるで何かの襲来を予期しているかのようだ。
強い風も伴った炎は、アリスの行く手を阻む。
アリスは少しだけ鬱陶しい風に、顔を覆いながら止むのを待った。
「なにこれ?」
『……来たみたいですね』
オータがそう言うと、より一層激しく炎が動く。竜巻となった炎は空まで上り詰める勢いで渦巻いている。
一般人であれば吹き飛ばされているだろう激しい風を前にして、アリスは顔をしかめる。
オータの物言いから、これは誰かがやってくる前触れなのだ。
この死の森でやってくる相手といえば、浮かぶのは一人だけ。炎の精霊・イヴだ。
大精霊の右腕だけあって、派手な登場が好みなのだな――とアリスは思う。
数秒、十数秒と荒れていた竜巻は、ある時フッと消えた。
そしてその場にいたのは、まさに炎の精霊だった。
メラメラと燃える炎の頭髪、漆黒と真紅のコルセットドレス。美しい顔をした女だった。
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