下手くそな恋

 アリスはリーベを連れて、エルフの領地にやって来ていた。供回りにはダークエルフであるディオンが一緒にいる。

 エルフの領地と言っても、大きく四つに分けられている。

 最も気品高く、魔術が得意で己の種族にプライドを持っている――ハイエルフ。

 森に住まい、狩人として生活しているウッドエルフ。

 そしてディオンを始めとする、戦闘を得意としたダークエルフ。


 アリスが現在、足を運んでいるのはそのどこでもない。

 異端者と言われエルフたちから忌み嫌われている、ハーフエルフの領地だった。

 ハーフエルフは人間と恋に落ちたもの達が多い。人の里にもエルフの土地にもいられなくなった彼らは、そのもの達同士で集まり、新たな種族を形成したのだ。


 今となってはそんな種族間のいざこざは、大きく行われていない。

 それもアリスの支配下に入ったことで、種族同士での争い事同士ではなかった。


「イルメラ……」


 アリスはハーフエルフの長である、イルメラ・ベールケの自宅に来ていた。

 ここにやって来るのは、二度目だ。

 そして、前回と全く変わらない光景があった。違うとすれば……イルメラは床に倒れているところだ。


 倒れていると言っても、襲撃や攻撃にあった訳じゃない。

 転がっている大量の酒瓶を見れば、その理由は何となく予想できるだろう。彼女は酒を飲み、倒れているだけだ。


「申し訳ございません…………」

「いや、ヴィンフリートを責める気はないよ。で、どうしたの?」

「それがですね……」


 部族長がこんな様子なので、毎回毎回相手をしてくれるのは二番手であるヴィンフリート・エルツェだ。

 くすんだ金髪に、グリーンの瞳。エルフの特徴といえる尖った長い耳は、比較的人間に近い。すこし尖った人の耳、くらいだろう。これぞハーフエルフという見た目だ。

 イルメラがこんな様子であるため、ヴィンフリートが代わりに何かをすることが多い。

 アリスがまだまだ統治を開始して間もない頃、エルフ達が配下になるという意思を見せるために、代表者が魔王城に訪問してきたことがあった。

 その際もイルメラではなく、ヴィンフリートがやって来たのだ。


 イルメラも優秀なエルフなのだが、少々酒癖が悪いのだ。

 原因は恋愛だ。恋した相手は人間なのだが、うまくいかないことがあるとすぐに酒に手を出してしまう。

 そして最近はさらに飲酒の回数が増えた。

 人間と交流を図る機会が多くなったことで、イルメラの悩みが更に増加したのだ。


「空回りしてる、と」

「部族のために頑張っていたので、あまり人付き合いというか……」

「うん……そっか……」


 アリスも深くは言及しなかった。

 以前ハーフエルフの領地に足を踏み入れてから、それなりの時間が経過している。それだというのに進展してないというのであれば、同情するほかない。

 戦いや部族をまとめ上げることには優れていても、恋した相手には滅法弱いのは、もうどうしようもない。


「アリス様。長くなりそうなら、俺が坊っちゃんを連れて回っていいですか?」

「うん。お願いね、ディオン」

「ディオン、ディオン! 肩ぐるましてください!」

「いいですよ~、落ちないようしっかり掴まってくださいね」

「きゃはは!」


 ディオンはリーベを連れて、イルメラの自宅を出ていった。

 ヴィンフリートはその様子を、じっと見つめていた。家を出ていく二人を見送るように。

 アリスの子供の話は、このハーフエルフの領地にまで届いていた。その話を聞いていれば、同行している子供が誰なのかよく分かる。


「……あれがご子息様ですか」

「うん。いい子だよ。私なんかを慕ってくれる」

「見ていれば分かりますよ。聡明で優しい子のようですね」


 人との関わりが深いハーフエルフだからこそ、リーベに対しての偏見などはなかった。

 ヴィンフリートは、見て感じたままの思いを、アリスへと伝えていた。

 目上のものに対しての世辞も入っているだろうが、それでもアリスは少しだけ、嬉しそうに口の端を上げた。


「しかし、今回は何用でこちらへ? ご子息様を見せて回っておられるのですか?」

「それもあるけどね。戦争も片付いたから、領地を見て回ろうと思って」

「なるほど……。お見苦しいところを……」

「イルメラとは初めて会ったときからこうだから、あんまりそうとも……」

「うっ、重ね重ね申し訳ございません……」


 苦しそうにヴィンフリートは謝罪する。

 人間の里と関わりを持てるようになれば、イルメラの恋煩いは解消するかと思われた。だが逆にそれが、イルメラの状態を悪化させてしまったようだ。

 イルメラは――国を、ハーフエルフを仕切ることに関しては、部族一番だとしても。恋に関しては、奥手で下手くそな女に過ぎなかったのだ。

 きっと、会話のタイミングを見つけたとしても、上手に世間話を出来ずにいたのだろう。

 気持ちも伝わらず、人間とハーフエルフの下手くそな会話。恋が進展するはずもない。

 イルメラは会話に失敗しては、また家に帰って酒を煽る毎日だ。


 アリスとしては、今度こそ、きちんとしたイルメラに会いたい。

 前回も魔術で無理矢理、シラフにさせたが……そういう状況を望んでいるのではない。

 魔術の助けも何もなくても、シラフのイルメラと話したいのだ。


「そうだなぁ。もっと気軽に、コミュニケーションが取れるツールがあればいいよね」

「はあ、アリス様のいう通信魔術でしょうか」

「うーん……」


 アリスと幹部が当たり前のように使用している通信魔術は、高度な技術だ。

 一般的なものと違って、遅延もなく、魔術の展開にあたり詠唱も必要ない。

 魔術付与の可能なアリスであれば、プロスペロに渡したように道具を用意することも可能だ。

 しかし恋煩いこれは、アリスに直接関わることではない。

 彼女が望むイルメラとの会話も、可能であれば……くらいの軽い気持ちだ。何か仕事を頼むわけでもないため、魔力を消費してアイテムを作成するほど、思い入れもなかった。

 だが人とハーフエルフを繋げたのは、アリスの責任だ。何かもっといい方法がないか、と思考を巡らせる。


「やはり喋るとなると、イルメラも言葉が詰まりますから」

「文章? あー、手紙か……」

「しかし手紙ですと、届くのに時間がかかります」

「いや、うん。いいかもしれないね」


 ぽそぽそとアリスが一人呟く。

 アリスが一人で結論を見つけ、納得しているようで、ヴィンフリートは置いていかれている。


「例えば手紙が、ここから帝国まで数日程度で届くとしたら?」

「そ、それが可能なのですか!?」

「うん」

「……きっと、素晴らしい発明になります」


 郵便や電話のようなものの開発。

 転移と通信魔術を応用させれば、それも可能だ。

 トレラント教の神は、国を救う神という肩書もなかなか威厳のあるものだ。世界を繋げる神ならば、もっと素晴らしいものだろう。

 たとえこれが使われる国で、トレラント教が知られていなくても、アリスのブランドという存在は多数の人間に知られることになる。

 国内の郵便ならばまだしも、他国とも繋がれるとなれば、流石のパルドウィンにもない技術だろう。


(高度なものでなければ、イザークやヴァルデマルでも生産できるはず。試しに幾つか作って、王国や帝国に設置してみるか)


 それに送受信に遅延が発生する――低レベルのものであれば、アリスじゃなくても作ることが出来る。

 後は使う魔術や作り方を、魔王城に出入りする魔術師達に教えればいい。

 そうすれば量産も可能だ。

 設置する場所、使用する人間が増えれば、その知名度は更に上がることだろう。


「あの、それは……、アベスカにも置かれますか?」

「ん? たぶん」

「エルフの国にも?」

「もちろん。せっかくなら試しにやってよ。イルメラに便箋もあげるし」


 便箋も用意しないとなぁ、とアリスは頭の片隅で思う。そのあたりも事業化すれば、きっともっと発展できるだろう。

 問題はその技術があるかどうか、だが。

 羊皮紙などを作るにしても、魔王戦争から立ち直り始めているアベスカなどでは、家畜がまだまだ少ない。紙を作るための動物は、十分にいないのだ。

 暫くは、パルドウィンなどから買い付けることになるだろう。


「……アリス魔王陛下、なんと言ったらいいか。本当に感謝申し上げます」

「気にしないで。そろそろきちんと、酒癖を直すに言っといてね……」

「は、はい……」

(さすがに三回目は、シラフで会いたいしねぇ……)


 結局、今日のところは、イルメラとまともに会話できそうもない。

 見て回る集落が多いため、ハーフエルフの場所で長居するわけにもいかなかった。

 〈転移門〉を開けば、何度も来られる。今回は諦めることにした。

 アリスはイルメラの自宅から出ると、キョロキョロと見渡して、連れてきていた二人を探す。


「おーい、ディオン~。リーベ~。行くよ~」

「もう、ですか?」

「おや、お気に入りかな?」

「とても、〝いごこち〟がいいですっ」

「同じエルフとしては、気に入ってくれて嬉しいですね」


 ディオンがそう言うと、領地に住んでいるハーフエルフから鋭い視線が刺さる。

 それもそのはず。ダークエルフは、エルフの中でも順列が高い。もっとも冷遇されているハーフエルフからすれば、その発言は腹立たしいものに違いないのだ。

 いくらアリスの支配下になって、その冷遇が緩和されつつあるとはいえ、長い間彼らが受けてきた仕打ちが早々に消えるわけもない。

 「ダークエルフのくせに……」「同じエルフだと?」「あいつはダークエルフの姫君だろうが……」などと、わざと聞こえる声量で、刺々しい言葉も届く。


「……ディオン」

「失礼。ハーフエルフよ、気を悪くさせたな」


 アリスは敵にならなければいい、と放置していた問題だった。

 だが今後、様々な種族が入り交じるのであれば、エルフ種の中でいがみ合っているのはどうにかしなければならない。

 ディオンが幹部入りした以上、更に重要となる。

 勇者のひと組が片付いた現状でなら、その問題に着手しても問題ないだろう。


 何をするにしても、問題の部族長であるイルメラはあの調子だ。

 アリスは、いくつか案を練っておいて、また今度話し合うことにした。


「またきていいですか?」

「そうだね、また今度来ようか」

「その際は是非、部族長からご案内させていただきます」

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